職場におけるストレスチェックの現状~ストレスチェックの効果検証と、小規模事業所の実施や集団分析の実施が議題に

2024年05月24日

(村松 容子) 医療

1――ストレスチェック制度の効果検証・制度見直しの概要

従業員のメンタルヘルスは、古くから企業における課題として認識されてきた。長年、対策は、各企業や職場に任されてきたが、2014年に労働安全衛生法が改正され、2015年12月以降、常時雇用する労働者が50人以上の事業場においては、メンタルヘルス不調の未然防止である一次予防の強化を目的として年に1回ストレスチェックを行うことが義務付けられた(50人未満の事業場では努力義務)。しかし、現在のところ、メンタルヘルスを理由とする休・退職者数に改善は見られない。

このような中、「骨太の方針2023(経済財政運営と改革の基本方針2023)」で、メンタルヘルス対策の強化等の働き方改革を一層進めることとされ、2024年3月に厚生労働省内に設置された「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」で、ストレスチェック制度を含めたメンタルヘルス対策について効果検証と、その活用についての検討1がスタートした。

本稿では、メンタルヘルス不調者数、および企業におけるストレスチェック実施について、厚生労働省の公表資料から現状を紹介した後、ニッセイ基礎研究所が被用者を対象に行った調査から、労働者のストレスチェックへの受検状況を紹介する。また、「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」での議論の動向を紹介する。
 
1 2014年の労働安全衛生法の一部を改正する法律は、施行後5年を経過した場合において、改正後の労働安全衛生法の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとされている。これを受けて2014年改正労働安全衛生法の施行状況について議論された第134回労働政策審議会安全衛生分科会(2020年11月)で、今後、ストレスチェック制度について効果検証を行い検討していくべきであると指摘されている。

2――メンタルヘルス不調者は減っていない

2――メンタルヘルス不調者は減っていない

厚生労働省の「過労死等の労災補償状況(精神障害に関する事案の労災補償状況)」によると、精神障害の労災支給決定件数は増加傾向にあり、2022年度には710件と、これまでで最も多かった(図表1)。また、厚生労働省の「労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、メンタルヘルス不調によって連続1か月以上休業、または退職した労働者がいる事業場の割合は、約1割で横ばいで推移していたが、2022年は13.3%と、それ以前と比べるとやや高くなっていた(図表2)。連続1か月以上休業した労働者がいた割合は上昇傾向にあり、改善は見られない。
メンタルヘルス不調によって連続1か月以上休業、または退職した労働者の割合でみても、退職については横ばい、休業については2021年以降、やや上昇していた(図表3)。

図表2、3から休業者は増えている可能性が考えられる。ただし、メンタルヘルス不調による休業は、発生しないことが望ましいが、休業後に職場復帰できているならば、退職に至るよりは労働者にとって悪い状況ではない可能性があるため、今後も注視していく必要があるだろう。

3――ストレスチェック実施状況~公的統計

3――ストレスチェック実施状況~公的統計

1メンタルヘルス対策実施状況は規模によって異なる
メンタルヘルス対策を行う事業場は、2022年度に全体で63.4%だった(図表4)。事業場の規模別にみると、人数が多い事業場ほど実施している割合が高く、50人以上の事業場では9割を超えているのに対し、30~49人では7割強、10~29人では6割未満にとどまる2。メンタルヘルス対策を実施しない理由は、規模が小さい事業場においては、「該当する労働者がいない」が最も高い3(図表略)。
メンタルヘルス不調によって連続1か月以上休業、または退職する労働者は、図表3より1%未満であることから、50人未満の事業場においては該当する労働者をこれまで経験したことがない可能性はあり得る。しかし、メンタルヘルス不調を理由に休業や退職する労働者がいた場合、規模が小さい事業場ほど影響が大きい可能性があるため、これまで経験がなくても、メンタルヘルス不調の未然防止策は重要だろう。
 
2 村松容子「企業における「メンタルヘルス対策」~健康経営における柱の1つ」ニッセイ基礎研究所基礎研レター(2016年2月22日、https://www.nli-research.co.jp/files/topics/52295_ext_18_0.pdf?site=nli
3 厚生労働省「第1回 ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会(2024年3月)」資料(職場におけるメンタルヘルス対策の現状等)等参照のこと。最も高いのが「該当する労働者がいない」、次いで「取り組み方がわからない」「専門スタッフがいない」等が続く。50人以上の事業場では「専門のスタッフがいない」が最も高く、次いで「該当する労働者がいない」「取り組み方がわからない」が続く。
2|メンタルヘルス対策の中心はストレスチェックの実施
メンタルヘルス対策として実施している取組みは、いずれの規模においても「ストレスチェックの実施」が最も高い4(図表略)。

ストレスチェックとは、「心身のストレス反応」に関する質問、ストレス反応に影響する因子として「周囲のサポート」に関する質問、その他「仕事や家庭の満足度」に関する質問から成るアンケートで従業員がそれぞれ受検する。「心身のストレス反応」が高い者、または「心身のストレス反応」が一定以上あり、かつ「ストレスの原因」及び「周囲のサポート」に関するストレスが著しく高い者を、高ストレス者と判定し、改善策をとることが推奨されている。主に2つの活用方法がある。1つは、アンケートに答えることで、従業員自身が自分のストレス状態を知るもので、高ストレス者は医師等による面談を受けたり、上司と業務負荷について見直しをする等によって早い段階で対処するために活用する。もう1つは、職場が、部署等の一定の集団ごとに集計結果を分析し(集団分析と呼ばれている。)、集団ごとの職場環境の改善を図るために活用する5
 
4 厚生労働省「第1回 ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会(2024年3月)」資料(職場におけるメンタルヘルス対策の現状等)等参照のこと。
5 ストレスチェック制度に期待される活用方法の詳細は、例えば、村松容子「ストレスチェック制度は、どこまで浸透したか、今後どこまで浸透するのかニッセイ基礎研究所基礎研レポート(2018年10月15日、(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/59874_ext_18_0.pdf?site=nli)」)等参照のこと。
3|ストレスチェックの実施状況
ストレスチェックの実施は、現在のところ、50人以上企業は義務であるのに対し、50人未満は努力義務に留まる。そのため、実施状況も50人以上かどうかで大きな差がある。

厚生労働省の「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、2017年度以降、50人以上の事業場では8~9割で横ばいで推移している(図表5)。2022年度については、2021年度と比べて5ポイント以上低下している。50人以上の事業場においては、2021年度にメンタルヘルス対策に取り組む割合が高かったことから、ストレスチェックの実施についても2021年度が特に高かった可能性もある。コロナ禍では、これまでと異なる働き方を強いられた事業所も多く、労働者のメンタルヘルス不調が懸念された。今回の結果だけでは裏付けは得られないが、2021年度は、メンタルヘルス対策に例年よりも関心をもつ事業所が増えたものの、コロナ禍が落ち着く中で対策も一時的なものとして合わせて収束した可能性が考えられる。今後の推移を注視しておく必要があるだろう。

50人未満の事業場も含めた全体では、最も高い2022年度でも4割だった。2015~2018年度に実施した企業が増え、以降は横ばいで推移していることから、実施が努力義務となっている50人未満の事業場で、やや遅れて導入が進み、以降は横ばいで推移しているようだ。

集団分析の実施状況についてみると、全体と50人以上の事業場の差は小さく、いずれも7~8割となっていた。残りの2~3割は、ストレスチェックを実施しても部署等の集団ごとの特性については見ていないことになる。さらに、時系列でみると、2020年をピークとしてここ2年は低下している。集団分析を行わない理由は、「集団分析の必要を感じなかった」が最も高く次いで「集団分析を実施する時間的余裕がなかった」「集団分析を実施するマンパワーや経費を確保できなかった」等が続いた6(図表略)。
以上のとおり、企業のメンタルヘルス対策は、ストレスチェックを中心に取組みが進んできているようではあるが、制度スタート時以降、実施や活用が拡大しているわけではない。
 
6 厚生労働省「第1回 ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会(2024年3月)」資料(職場におけるメンタルヘルス対策の現状等)等参照のこと。
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