3|次元の異なる少子化対策の問題点(2)~財源対策の理屈付け~
支援金を中心とする財源対策にも大きな疑問が残る。本来で言えば、広く受益が行き当たる児童手当を増やす場合、税財源の確保が求められるが、今回は増税論議が早々に封印された。ここで政府の意図を「忖度」すると、「国民の増税アレルギー
17を踏まえると、増税の選択肢は困難」「さらに、防衛関係費に絡む増税論議も控えており、二正面作戦を取りにくい」「そうなると、財源確保の選択肢は社会保険料しかない」と判断したのであろう
18。
より分かりやすく政府の意図を表現すると、「少子化対策を打ち出す必要があるが、財源が足りないし、防衛予算の確保も積み残されている。このため、赤字国債よりもマシな選択として、社会保険料を使いたい」という考え方と思われる。
しかし、社会保険方式の教科書的な原則に従うと、保険料の拠出には何らかの給付が前提となっており、保険料の負担と給付が必ずしもリンクしない児童手当への充当は無理筋に映る。つまり、社会保険料は公的要素を持っているとはいえ、あくまでも「保険」であり、保険料を負担する時には何らかの形で保険給付と紐付くのが基本である。この特性は一般的に「権利性」「対価性」と呼ばれており、広く受益が行き渡る児童手当に対し、社会保険料を充当することが適当なのかどうか、疑問と言わざるを得ない
19。
そこで、政府の説明や文書を見ると、未来戦略や2023年6月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)では、「企業を含め社会経済の参加者全体が連帯し、公平な立場で、広く支え合っていく新たな枠組み」という文言で、支援金の必要性が言及されている。ここで言う「連帯」とは一般的に助け合いを意味しており、「医療・介護・年金保険という主に人の生涯の高齢期の支出を社会保険の手段で賄っている制度が、自らの制度における持続可能性、将来の給付水準を高めるために、子育て支援制度を支えよう」
20という考えが根底にあるとみられる。
分かりやすく言うと、「少子化対策を通じて、社会保障を支える将来世代が増えれば、将来の給付が安定するため、支援金を負担する現役世代も利益を受ける。その結果、負担と給付の関係が紐付くので、企業を含めて国民が幅広く負担すべき」という説明と思われる。換言すると、「医療保険からの拠出→少子化対策の実施→出生率の改善→将来世代からの保険料収入の増加→制度の持続可能性向上→現役世代が将来的に受け取る給付水準の向上」という経路が期待されていると言える。
しかし、この説明は社会保険料の充当(流用?)を正当化するための強引な理屈付けにしか見えない。もし上記のような論理で社会保険料の充当が正当化されるのであれば、その使途は少子化対策にとどまらず、幼児教育から義務教育、生涯学習教育、高等教育、雇用、住宅、障害児支援など様々な領域に拡大できる。思考実験的に極論を言えば、「将来の給付水準を高めるため、児童生徒を守る必要がある」というロジックの下、学校の耐震化対策とか、児童福祉施設周辺の防災対策やミサイル防衛にも社会保険料を充当できることになるのではないか。流石に社会保険料をミサイル防衛に回す場面は訪れないだろうが、こうした危うさを含んだ強引な論理に映る。筆者自身は「連帯」という概念とか、「幅広く負担」という考え方には賛成だが、少なくとも筆者が手に取った社会保障や社会保険の「教科書」からは大きく逸脱した説明となっていると言わざるを得ない
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付言すると、社会保険料が充当される子育て支援制度を経ても、出生率の上昇に貢献しなければ、負担するサイドは「将来の給付水準を高める」という反対給付(?!)を受け取れないことになるが、どこまで出生率引き上げの成算を持っているのだろうか。
このほか、支援金が医療保険に上乗せされる理由も不明確である。社会保険料には年金、医療、介護、雇用、労働災害の5種類が整備されているが、どうして医療保険料金に上乗せするのか、政府の文書を読んでも、その理由が十分に読み取れない。敢えて政府文書の行間を読みつつ、理由を「忖度」すると、年金や雇用では高齢者が保険料を負担しておらず、労働災害は事業主負担だけであり、介護保険料の引き上げ余地は限界を迎えている
22。こうした中、医療保険であれば高齢者も保険料を負担しているため、負担が勤労世代に集中しにくく、最近の社会保障のトレンドである「全世代」という流れに合致していると考えられたのだろうか。
実際の問題として、本当に上記のような判断だったのか、政府の資料や審議会の議事録、メディアの報道などを読んでも「どうして医療保険料に上乗せされるのか?」という点を理解できない。例えば、今回の政策形成過程を辿ると、関係閣僚や関係団体、有識者で構成する「こども未来戦略会議」は実質8回開かれただけである。内閣府こども政策担当相が主催する形で、関係団体や有識者が参加した「支援金制度等の具体的設計に関する大臣懇話会」に至っては計2回しか開かれておらず、消費増税まで約10年、介護保険導入まで5年程度の歳月を掛けた過去の経緯
23と比べると、今回の議論は拙速と言わざるを得ない。こうした事情の下、政府の資料や審議会の議事録などに目を通しても、政府の説明や意図を理解できない部分が多く、上記には筆者の推測あるいは忖度(?!)が多分に含まれている点はご容赦頂きたい。
さらに、以前であれば、強引な理屈で政策が決まったり、制度に不十分な点が残ったりした時には「税制抜本改革の時に議論」といった形で、次の改革まで繋げる布石が打たれることが多かったが、そうした気配が今回、全く見受けられなかった点で言うと、統治機構の劣化も感じざるを得ない。
例えば、消費増税の経緯を振り返ると、2004年の年金改革に際して、基礎年金国庫負担を3分の1から2分の1に引き上げる方針が決まり、これが消費増税の一つの「布石」になった。さらに、2009年通常国会では、将来的な税制抜本改革の方向性が改正租税特別措置法に盛り込まれたことで、その後の政権は税制改革の議論に直面せざるを得なかった。
しかし、こうした「知恵」は今回の議論から全く見受けられない。例えば、支援金の問題点をクリアする一つの方策として、フランスのCSG(一般社会税)という仕組みを参考にし、社会保険料を社会保障目的の特定財源に切り替えるアイデアが有り得る。つまり、税であれば、負担と給付の関係が切り離されるため、児童手当などにも充当できるメリットがあるし、再分配の財源として、保険料を支払えない低所得者や、保険料拠出と反対給付が少なくなりやすい非正規雇用者などに対する給付にも回しやすくなる
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このため、2024年度予算での導入は無理にしても、例えば、今回の支援金を税制抜本改革までの暫定措置と位置付けるとともに、CSGのような税制の導入可能性とか、所得再分配機能の強化に向けた個人所得課税の見直しや消費増税の可能性も含めて、将来的な税制抜本改革を中長期的なテーマに位置付けることは不可能ではなかったはずである。
もちろん、CSGのようなアイデアは絶対的な解と言い切れないし、上記のような手練手管が必ずしもベストとは思えないが、合意形成や利害調整が図られる時には必要な手立てであり、こうした「知恵」が全く見受けられなかった点は極めて残念と言うしかない。
以上のように考えると、今回の決着は単なるパッチワークの積み重ねに過ぎないし、もし「規模ありき」「税は無理なので社会保険料で」「高齢者も負担する医療保険料で」という発想で支援金が制度化されたのであれば、安直と言わざるを得ない。主要新聞の世論調査でも社会保険料の充当に対し、7割近くの人が反対という結果が出た
26のは、こうした事情が影響しているのではないだろうか。
17 財政学では「租税抵抗」という言葉が使われる。山田真成・岡田徹太郎(2019)「日本における痛税感形成の要因分析」『香川大学経済論叢』第92巻第1~2号、佐藤滋・古市将人(2014)『租税抵抗の財政学』岩波書店を参照。
18 防衛関係費に関しては、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略を受けて、今後5年間で約43兆円を確保することが決まっており、▽国有財産売却などで得た資金をプールしつつ、5年間の防衛力増加に必要な経費を一括計上する「防衛力強化資金」の創設、▽厚生労働省所管の国立病院機構、地域医療機能推進機構からの積立金返納、国有財産の売却収入なども充当――といった財源確保策が決まっている。ただ、これらを積み上げても、必要経費の全てを賄えないため、2022年12月の与党税制改正大綱では、法人税や所得税、たばこ税を段階的に引き上げる方針が盛り込まれたが、詳細は今後の調整に委ねられている。
19 この点は一度、2023年5月24日拙稿「少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か」でも論じた。さらに、田中秀明(2023)「異次元の少子化対策の財源を問う」『社会保険旬報』No.2892、西沢和彦(2023)「少子化対策への社会保険料利用 8つの問題点」『Viewpoint』なども参照。
20 2023年5月22日、第4回こども未来戦略会議議事録における権丈善一慶大教授の発言から引用。
21 主な書籍として、堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版、加藤智章(2016)『社会保険核論』旬報社、堀勝洋(2009)『社会保障・社会福祉の原理・法・政策』ミネルヴァ書房など。社会連帯の発想については、Andrè Comte-Sponville(2004)"Le Capitalisme est-il Moral?"[小須田健、コリーヌ・カンタン訳(2006)『資本主義に徳はあるか』紀伊國屋書店]を参照。
22 高齢者に課されている介護保険料は所得、居住市町村で異なるが、全国平均の基準額は6,000円を突破しており、厚生省が制度創設時に「上限」として意識していた5,000円を上回っている。詳細については、2021年7月6日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る」を参照。
23 消費増税を含めた平成の社会保障改革に関しては、清水真人(2015)『財務省と政治』中公新書、同(2013)『消費税 政と官との「十年戦争」』新潮社、岸宣仁(1998)『税の攻防』文藝春秋などを参考にした。2019年7月10日拙稿「平成期の社会保障改革を振り返る」も参照。介護保険の歴史については、池田省三(2011)『介護保険論』中央法規出版、介護保険制度史研究会編(2019)『新装版 介護保険制度史』東洋経済新報社、和田勝編著(2007)『介護保険制度の政策過程』東洋経済新報社などを参照。2021年7月6日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る」も参照。
24 CSGについては、小西杏奈(2023)「フラットな税制が支えるフランス福祉国家の動揺」高端正幸ほか編著『揺らぐ中間層と福祉国家』ナカニシヤ出版、同(2013)「一般社会税(CSG)の導入過程の考察」井手英策編著『危機と再建の比較財政史』ミネルヴァ書房、尾玉剛志(2018)『医療保険改革の日仏比較』明石書店、柴田洋二郎(2019)「フランス医療保険の財源改革にみる医療保障と公費」『健保連海外医療保障』No.121、同(2017)「フランスの医療保険財源の租税化」『JRIレビュー』Vol.9 No.48などを参照。
25 2023年5月29日『日本経済新聞』、同年4月17日『毎日新聞』を参照。