1|次元の異なる少子化対策の意味合い
未来戦略に盛り込まれた内容の全体的な感想として、筆者自身は児童手当の所得制限撤廃を除けば、それほどの違和感を持っていない。むしろ、「少子化対策」という看板の下、深刻化している児童虐待や子どもの貧困対策が言及されたり、遅れが指摘されていた育児を巡る性的分業の解消や住まい政策が盛り込まれたりした点はプラス材料と受け止めている
11。さらに、プレコンセプションケアを含めて、一貫した育児支援の必要性が強調されている点など、単なる「出産や子どもを増やすための少子化対策」になっていない点は高く評価できると考えている。
ここで簡単に日本の少子化対策の歴史を振り返ると、淵源は1990年の「1.57ショック」に求められる。この時、前年の合計特殊出生率(出産可能年齢な15~49歳の女性に関して、年齢ごとの出生率を足し合わせ、1人の女性が生涯、何人の子どもを産むのか推計した数字)が当時、最低だった1966年の1.58を下回った
12ことに端を発する。その後、初めの総合的な少子化対策である「エンゼルプラン」が1994年に策定されるなど、少子化対策が少しずつ進められてきた。
一方、少子化対策や子育て支援策は「家族政策」に区分される時がある
13。確かに日本では、この言葉は余り使われていないし、未来戦略でも全く見受けられないが、この分類に従えば、施策の内容は単なる「出産や子どもを増やすための少子化対策」という観点だけではなく、児童手当や保育サービス、育児や働き方を巡る性的分業の見直し、児童虐待や子どもの貧困問題、住まいの問題など、女性や家族に関わる広範な領域に広がることになる。
しかし、日本での家族政策は専ら「少子化対策」と説明された経緯がある。これは「育児は家庭が担うべき」と考える自民党保守派の反対意見や、財政支出を渋る財政当局などの反対を回避するため、「少子化対策」という言説が意図的に選ばれて来た
14ためであり、今回も「次元の異なる少子化対策」という看板の下、様々な家族政策が盛り込まれた。
その意味では、「家族政策を少子化対策で実施する」という今までの流れが踏襲された形であり、出生数の減少に対する危機感を背景に、次元の異なる少子化対策という看板の下、家族政策に関して、かなり思い切った対策が打ち出された印象を受ける。
さらに、そもそもの問題として、結婚や出産など個人の生き方や自由な選択に関わる部分を国家がダイレクトに操作することは難しく、国や自治体が対応できる対策としては、結婚や出産、育児を諦めないように選択肢を広げることしかない。この点が累次の少子化対策にもかかわらず、出生数が反転できない状況を作り出していると言える。これに対し、未来戦略では出産や育児に関わる部分だけでなく、働き方や住まいなど個人の選択肢を広げるような観点の施策が幅広く盛り込まれている点は評価できると考えている。
11 育児の性的分業については、2023年12月発刊の『社会保障研究』特集に加えて、筒井淳也(2015)『仕事と家族』中公新書などを参照。住まいの保障については、国立社会保障・人口問題研究所編著(2021)『日本の居住保障』慶應義塾大学出版会などを参照。
12 1966年は丙午に当たり、「この年に生まれた女性は気が強くなる」という迷信で出生率が下がった。
13 家族政策の定義や認識は多様だが、ここではOECD(経済協力開発機構)の社会支出の定義に沿って、「家族を支援するために支出される現金給付及び現物給付(サービス)」と位置付ける。国立社会保障・人口問題研究所の資料を参照。
14 家族政策が少子化対策に置き換えられる傾向については、日本の子育て支援策の言説を丁寧に実証した西岡晋(2021)『日本型福祉国家再編の言説政治と官僚制』ナカニシヤ書店の分析を参照した。