2)CHIPの導入
その約2か月後に行われた中間選挙で民主党は大敗を喫し、上下両院とも共和党が過半数を奪取した。クリントン大統領自身は1996年の選挙で再選を果たしたものの、2期目を通して上下両院で共和党が過半数を占める状況に変わりはなかった。
よって1期目に頓挫した国民皆保険のように抜本的な改革ではなく、特に医療保障ニーズが高い分野で議会との合意が可能な対策が部分的に図られるようになった。その一つ
19が民主共和両党の協力で法案が提出された州児童医療保険プログラムである。Children's Health Insurance Programの頭文字からCHIP(チップ)と呼ばれる。
当時は約1,000万人の児童が無保険状態であり、その多くはメディケイドの加入資格を得るほど貧しくはない勤労家庭にあった。これらの児童を念頭に、連邦政府が助成金を支出して各州による医療サービスの提供を支援する制度がCHIPである。1997年に創設され、クリントン政権は1999年にInsure Kids Now(今、子供たちに保険を)キャンペーンを開始した。この時点で既に47州がCHIP導入済であり、2000年9月までには250万人以上の児童が加入見込みと述べられた。
CHIPは時限立法によるものであり、10年後の2007年に更新と加入資格拡大のため議会が法案を可決したものの、共和党のブッシュ大統領は修正案も含め二度にわたり署名を拒否した。一部共和党議員も賛同しての拒否権を覆す多数可決
20は成立せず、最終的には2009年3月までの短期延長となり、前年の大統領選挙で勝利し同年1月に就任した民主党のオバマ大統領によって署名された。オバマ大統領は、800万人の児童が無保険状態にある中、既に700万人をカバーしているCHIPへ新たに400万人を加えて計1,100万人とすることは、全ての米国民に保障を提供するという自らの公約への手付金であると述べた。
CHIPが低所得者支援策の一つであることに変わりはないが、メディケイドから対象家庭を拡げることでさらに一歩踏み込んだ子育て支援策でもある。その後のオバマ政権による医療保障制度改革においてもCHIPは生き残り、無保険者減少に向けた諸対策の中で低所得者の子育てを支援する機能としてメディケイドとともに重要な位置を占めることになる。
19 他にはメディケア・アドバンテージが挙げられる。これはメディケア・パートCとも呼ばれ、従来のメディケア(病院サービスのパートAと医師サービスのパートB)の保障を代行しつつ、歯科などの保障も加えて民間医療保険会社が受託するものである。保険料は商品によって異なる。
20 大統領によって拒否権が行使された法案であっても、上下両院が3分の2以上の多数で再可決すれば発効となる。
5――オバマケアと違憲判決を受けてのメディケイド拡張