熊谷代表は当時、このテレワーク制度について「ただし、これはあくまで現段階での施策。最終的な勤務体制や行動様式をどうするかは、コロナが収束するまで決めない。それが私の方針です」
27「業種や職種によっても異なるが、現在グループの大きな指針としては週5日のうち『3日出社、2日在宅』にしている。人類が経験する初めての在宅勤務なので、この比率は組織の状態を見ながら柔軟に変えていきたい」
28と述べ、グループ推奨としての勤務体制である「3日出社、2日在宅」は、コロナが収束するまでのウィズコロナ期のその時点(2020年5月)での暫定的な判断であって、今後も恒常的にFIXするわけではなく、組織の状態や環境の変化により出社・在宅の比率は柔軟に見直していくし、その最終判断はコロナ後に行う、ということを明確に示唆していた。実際、今年2月にコロナ感染対策の完全撤廃に伴い、この週2日の在宅勤務推奨を廃止し出社勤務を原則とする方針へ見直した(後述)。
また熊谷代表は、「今回リモートワークを経験した企業の中には、『100%在宅勤務にして、オフィスは解約する』とか『地方に移転する』といった意思決定をするケースが出てきていますが、私は今決めるべき話ではないと思っています。現時点で極端なアクションを起こしてしまうと、アフターコロナの動きに対応できず、取り返しがつかなくなる可能性があるからです」
29とも述べている。
一方筆者は、2021年拙稿にて「オフィスの現状の利用率(在席率)が極めて低いからといって、メインオフィスなどの座席数さらにはスペースを大幅に削減するなど縮小均衡型の施策を拙速に講じて、一時的な移行期間であるウィズコロナ期の低いオフィス利用率に合わせたオフィススペースに固定化してしまうことは、組織スラックを備えないリーン型の意思決定に他ならずリスクが極めて高い」「本来はアマゾンやグーグルのように、ウィズコロナ期にコロナ後を見据えた確固たる骨太のオフィス戦略を打ち出し実行すべきだが、さもなければアフターコロナを迎えるまでは、固定資産(不動産)としてのオフィススペースに関わる意思決定をペンディングにしておくことが、次善の策となるのではないだろうか。不動産の投資や削減に関わる意思決定には、中長期の設備投資計画や賃貸借契約などが関わるため、当然のことながら、短期的な目先の視点ではなく中長期の視点が欠かせず慎重さが求められるからだ」と指摘したが、筆者のこの主張は、上記の熊谷代表の考え方と全く整合的だ。「コロナ後への移行期であるウィズコロナに合わせた拙速な意思決定では、コロナ後の動きに対応できなくなる」との熊谷代表の考え方・方針は、経営者として極めて真っ当で合理的・定石的な判断であり、特筆される。一方、短期志向の経営の下では、このような定石的な経営判断を下すことが難しくなるとみられる。筆者は、このような定石的な経営判断の巧拙の積み重ねが、ボディーブローのように、中長期の企業競争力に大きく効いてくる、と考えている。
筆者は、2021年拙稿にて「オフィスワークとテレワークのベストミックスについては、企業は、固定的な数値のルール化により従業員に柔軟性の低い働き方を強いるのではなく、ガイダンスや推奨値の提示により組織スラック型の緩やかな運用を行うことを心掛けるべきだ」と指摘したが、同社が2020年5月に示した前述のテレワーク制度は、まさにそのお手本のようなやり方だ。同社は、後編にて詳述するように、筆者が提唱する「2つの重要性」の1つ目の「メインオフィスの重要性」を大切にしているため、テレワークの推奨は週2日(よって出社は3日)としてオフィスワークにやや重きを置くガイダンスを経営の意思として示しつつ、2つ目の重要性である「働く環境の選択の自由」をより一層担保すべく、テレワークの目安は週1~3日(よって出社は2~4日)とレンジで示すことで緩やかで柔軟な運用に努めようとしているとみられる。いずれも「推奨」や「目安」として示すことで、経営側から働き方を従業員に決して厳格に強いるのではなく、従業員の働き方の選択の自由をできるだけ尊重するとの経営思想がうかがえる。オフィスワークを大切にする経営方針の下でも、週の勤務日数が必ず「出社>在宅勤務」となるような勤務体制を従業員に強いるのではなく、従業員の個々の事情に応じて、例えば「出社2日、在宅勤務3日」など「出社<在宅勤務」を選択できる余地を残しているとみられる。メインオフィスをワークプレイスの中核に位置付けつつ多様な働き方の選択肢も提供して「2つの重要性」を同時実践しようとする、テレワーク制度の巧みな運用が特筆される。
25 グループ各社により在宅勤務実施日数は異なる。また、糖尿病などの持病を持っていたり、妊娠していたり十分な健康配慮が必要な従業員、および同居する家族が同様の場合は、健康状態を問わず対象外とする。
26 GMOインターネットグループPRESS RELEASE 2020年5月25日「withコロナ時代における『新しいビジネス様式 byGMO』へ移行」より引用。
27 熊谷正寿「GMO代表『最速で在宅勤務を始めても、オフィス縮小は急がない理由』」プレジデント2020年8月14日号より引用。
28 日経産業新聞2022年1月5日「週2在宅勤務で『未来家賃』抑制 GMO熊谷社長に聞く」より引用。
29 注27と同様。