4|少子化対策の財源確保論議が影響する可能性
第3の要因として、政府が検討している少子化対策の影響も想定される。周知の通り、岸田文雄首相は出生率低下を食い止めるため、「次元の異なる少子化対策」を進めることを表明。さらに、2023年3月の「こども・子育て政策の強化について(試案)」、同年6月の「こども未来戦略方針」(以下、未来戦略)では、児童手当の拡充などの施策が列挙された。この背景には出生率低下に対する危機感に加えて、「子ども予算の倍増」が一種の政権公約
6と理解されている面がある。
しかし、計3兆円以上と目されている財源確保のメドは立っておらず、今年6月の未来戦略では財源に関して、「国民の理解が必要」とした上で、下記の方向性が盛り込まれた。
2028 年度までに徹底した歳出改革等を行い、それらによって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用しながら、実質的に追加負担を生じさせないことを目指す。
歳出改革等は、これまでと同様、全世代型社会保障を構築するとの観点から、歳出改革の取組を徹底するほか、既定予算の最大限の活用などを行う。なお、消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない。
つまり、歳出改革を優先することで、増税の選択肢を完全に封印している。この背景には、増税に対する国民の反発に加えて、2023年度から始まった防衛関係費の倍増に関して、財源が確定していない
7ため、新たな増税論議を避けたいという判断もあると見られる。さらに財源対策に関して、未来戦略では、下記のような方向性も示された。
企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す。
このうち、「企業を含め」「公平」「広く負担」という言葉は社会保険料を意味している。通常、社会保険料は本人に加えて、事業主が同額を支払っているため、支援金という社会保険料の上乗せ制度を通じて、企業と個人が少子化対策の財源を賄う方向性が示されている形だ。
しかし、社会保険料の充当には批判が多く出ている。社会保険料は本来、負担と給付が何らかの形で紐付いており、広く受益が行き渡る少子化対策に関する主な財源に充当する方針については、「加入者が負担した保険料を他の者のために充当することは、保険加入者の権利をないがしろにする」「保険の規律を失わせる」といった批判が根強い
8。新聞の世論調査でも社会保険料の充当に対し、7割近くの人が反対という結果が出ている
9。
そこで、模索されているのが歳出抑制の可能性だ。この点に関しては、最初に引用した部分で「徹底した歳出改革等」「既定予算の最大限の活用」と言及されているほか、脚注でも下記のような文言が小さい字で盛り込まれている(一部文言を省略)。
高齢化等に伴い医療介護の保険料率は上昇するが、徹底した歳出改革による公費節減等や保険料の上昇抑制を行うための各般の取組を行い、支援金制度(仮称)による負担が全体として追加負担とならないよう目指すこと。このため、具体的な改革工程表の策定による社会保障の制度改革や歳出の見直し、既定予算の最大限の活用などに取り組む。
つまり、支援金制度を通じて、社会保険料から財源を確保するものの、既存予算の見直しや歳出改革も進めることで、支援金の追加負担を小さくすると書かれている。言い換えると、診療報酬や介護報酬の抑制、薬価削減、患者・利用者負担の追加引き上げなどを通じて、社会保障費を抑制する選択肢も検討することで、できるだけ少子化対策の追加負担を抑制する方針が書かれていると言える。
実際、この方針に沿った発言として、2023年5月の経済財政諮問会議では、民間議員が診療報酬、介護報酬を引き下げる必要性に言及した
10。2023年10月に開催された「こども未来戦略会議」でも、「支援金制度の導入で国民負担が過重にならないようにすることは極めて重要」とし、保険料負担の抑制に繋がる改革の具体化と工程化が不可欠との声が出た
11。
確かに診療報酬を1%削れば、概算の給付費ベースで約4,000億円、国費ベースで1,000億円程度、介護報酬を1%削れば給付費ベースで1,000億円程度、国費で250億円程度の財源を捻出できるため、少子化対策の財源問題は報酬改定率の抑制要因になり得る。
6 そもそも「予算倍増」が政権の公約として見なされるようになったのは、2021年9月の自民党総裁選にさかのぼる。この時、他の候補者とともに討論会に参加していた岸田氏が「子どもを含む家族を支援する政府予算の倍増」に賛意を表明。首相就任後の2022年12月には、次の骨太方針に向けて、「こども予算の倍増を目指していくための当面の道筋を示してまいります」と言明した。さらに、2023年1月の年頭記者会見では、児童手当の拡充などを例示しつつ、「異次元の少子化対策」に挑戦する考えを示した。上記の発言や動向については、首相官邸ウエブサイトに加えて、各種報道を参照。
7 ここでは詳しく触れないが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略を受けて、防衛関係費に関しては、今後5年間で約43兆円を確保することが決まり、初年度となる2023年度は対前年度当初比26.4%増の6兆7,880円と大幅増となった。さらに、財源を確保するため、▽従来は原則として公共投資だけに充当されていた建設国債を防衛関係費にも充当、▽国有財産売却などで得た資金をプールしつつ、5年間の防衛力増加に必要な経費を一括計上する「防衛力強化資金」の創設、▽厚生労働省所管の国立病院機構、地域医療機能推進機構からの積立金返納、国有財産の売却収入なども充当――といった財源確保策が決まっている。しかし、これらを積み上げても、必要経費の全てを賄えないため、2022年12月の与党税制改正大綱では、法人税や所得税、たばこ税を段階的に引き上げる方針が盛り込まれたが、詳細は今後の調整に委ねられている。
8 田中秀明(2023)「異次元の少子化対策の財源を問う」『社会保険旬報』No.2892を参照。さらに、西沢和彦(2023)「少子化対策への社会保険料利用 8つの問題点」『Viewpoint』に加えて、2023年5月24日拙稿「少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か」などでも同様の批判が示されている。このほか、社会保険料を充当するアイデアについては、▽低所得者ほど社会保険料の負担が重い、▽保険料は主に現役世代が負担するため、社会全体で子育てを支援するという理念に反する、▽社会保険方式では、男性片働きを前提としており、女性の社会進出の阻害要因になっている――などの点も問題視されている。
9 2023年5月29日『日本経済新聞』、同年4月17日『毎日新聞』を参照。
10 2023年5月26日の経済財政諮問会議では、民間議員を務める柳川範之東大教授が「様々な歳出の拡大が予想される中、徹底した歳出改革と保険料負担の上昇抑制が非常に重要になる。こども政策の強化も徹底した歳出改革を大前提にすべき」「特に今年は、次期診療報酬・介護報酬の同時決定をはじめ、懸案の改革を進める極めて重要な年であると認識しているので、社会保障改革を一層強力に推進していくべき」と述べた。同日会議の議事要旨を参照。
11 2023年10月2日、こども未来戦略会議議事要旨を参照。同会議は首相直属で少子化対策を話し合う組織体。