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制度導入のメリット ( ビジネス機会の拡大 / 産業競争力の向上 / セキュリティの強化 )
1つ目は、ビジネス機会の拡大である。例えば、地経学研究所のアンケート調査
5によると、「日本に現状セキュリティ・クリアランス制度がないことにより、参画することのできなかった案件や会議などはありますか」との質問に対し、回答した73社のうち40社(54.8%)が「これまでなかったが、将来的に参画できないことが予想される」と回答している。
海外の政府や企業との取引においてSCを保有していることが、入札参加や会議出席の前提条件となっているものもあり、SCが無いと声すら掛からない案件も存在する。日本でSC制度が導入されれば、日本企業がこのような案件に参入することも容易になる。
2つ目は、産業競争力の向上である。日本にSC制度が導入されれば、企業は機微に触れるという理由で、これまで拒まれて来た機微情報にアクセスすることが可能となる。共同開発に臨む他国研究機関と、より踏み込んだ協力ができるようになる。とりわけ、軍事転用可能な人工知能やドローン、量子コンピュータといったデュアルユース技術は、民生分野でも重要かつ有望な技術となっており、そのような分野で機微情報の共有が進むことは、今後の成長機会を広げるうえで意義は大きい。
また、社会全体がデジタル化・情報化する中で、サイバー・セキュリティに対する重要性も増している。デジタルのシステムや製品に関して、市場投入後に発見される脆弱性のうち、修正プログラムが開発されて、一般開示される前のものは「ゼロディ情報」と呼ばれる。このゼロディ情報は、サイバー攻撃の強力な手段にもなる。SC制度がなければ、この機微情報へのアクセスが制限されることになり、リスク管理面で他国研究機関や企業に劣後することにもなりかねない。実際、米国では「自動運転に対するサイバー攻撃防御(AI、地図情報、画像解析技術 など)」に関するゼロディ情報は、「テスラやGMには開示されるがシリコンバレーに出入りしていても日本企業には開示されない可能性」が大きいといった指摘もある
6。SC制度の導入は、経済安保面で基幹インフラの安全性・信頼性確保が重要になる中で、製品の信頼性を高め、企業のブランド価値を向上させるものとなる。
さらに、海外のSC資格保有者を持続的な人材として、企業内部で資源化できる意義も大きい。例えば、米国では日本企業に転職した場合、SCの更新を認めていないため、資格保有者が更新のタイミングで転職している事態があるとされる
7。SC制度の相互承認が図られるようになれば、日本企業に在籍しながら海外のSC資格を継続できる可能性も高まる。企業はSC資格保有者を通じて、海外の機密情報にアクセスし、その知識を企業の研究開発に活かすことが可能となる。
3つ目は、セキュリティの強化である。上述のゼロディ情報を用いたサイバー・セキュリティ面の強化に加えて、自社で機微情報を扱う人や施設の適格性が事前に分かるため、重要な情報が漏洩するリスクを低減することができる。例えば、直近の2023年6月には、産業技術総合研究所の上級主任研究員が、フッ素化合物に関する技術を中国企業に漏洩させる事案が発覚した。この事件で漏出した情報は、安全保障上の機微情報ではなかったとされるが、情報管理の重要性が広く理解された。これまでにも、技術者が退職後に機密情報を持って他国企業に転職し、最先端技術を流出するといった事件が起きて来た。SC制度では、情報漏洩に対する罰則も強化されることから、抑止力として機能することにもなる。
5 地経学研究所「経済安全保障 100 社アンケート結果」(2022年度調査)
6 杉田定大「米中新冷戦の中での日本企業の生き残り戦略(2020年10月6日)
7 國分俊史(同2020)