マスク着用が周りの人の感情に与える影響-ポジティブな感情の伝染を弱める可能性

2023年01月30日

(岩﨑 敬子)

(村松 容子)

1――はじめに

コロナ禍で多くの人が日常的にマスクをつけるようになった。そして現在、日本では多くの人のマスク着用が常態化していると考えられる。マスクは、感染拡大を抑止する効果が期待できるが、マスクをした人の表情が読み取りづらくなる可能性がある。そこで、一般に、感情が周りの人に伝染するという心理学で情動伝染1と呼ばれる現象の効果が薄まることで、幸せな気持ちの伝達を阻害する可能性が考えられる。しかし、マスク着用の常態化が人々のウェルビーイングにどのような影響を及ぼすか国内外での研究蓄積は少なく、一致した見解は出ていない。特に影響が大きいと考えられる子どもへの影響の検証を行った研究は、国内でも国外でもほとんど存在していない。そこで、本稿では、ニッセイ基礎研究所が親子(小・中学生)を対象とした大規模WEB実験によって、マスクを着用の周囲の人々のウェルビーイングへの影響を検証した結果を紹介する。

本稿で得られた結果を先取りしてお伝えすると、以下の通りである。
 
  • 子どもの笑顔は、周りの人のポジティブな感情が高める傾向見られる。
     
  • 子どもの笑顔は、周りの人のポジティブな感情を高めるが、マスクをした子どもの笑顔の場合は、周りの人のポジティブな感情を高める効果は小さくなる傾向がある。特に周りの大人に比べて、周りの子どものポジティブな感情を高める効果は小さくなる可能性がある。
     
  • マスクの着用は、人々に笑顔を認識させにくくすることで、それを見た人々のポジティブな感情を高めにくくさせている可能性がある。
     
  • マスクの着用は、周りの人のガティブな感情を下げる効果を小さくする可能性がある。
 
1 医療法人社団平成医会2020.6.22「感情の伝染とメンタルヘルス」(https://heisei-ikai.or.jp/column/emotional-contagion/, 2023年1月19日アクセス)

2――調査概要

2――調査概要

本分析に用いたデータは、ニッセイ基礎研究所が、全国の24~64歳男女で、小学生から中学生の同居の子のいる方を対象2に、2022年10月に実施したインターネット調査で得られたものである3。調査回答は、有職者男性:無職者男性:有職者女性:無職者女性の割合が、なるべく全国の分布4に近づくよう配信した上で、ご協力いただける方から回収を行った5。回答数はこうして回収された親の回答者とそれぞれの子、各1,000名である。本稿で紹介する分析では、このうちアンケート調査中のWEB実験部分の回答の分析の同意を頂いた937組の親子(親子合わせて1874名)の回答について、分析した結果を紹介する。
 
2 株式会社クロス・マーケティングのモニター会員
3 本研究は、公益財団法人かんぽ財団令和4年度の助成による成果である。記して深謝する。
4 令和3年国民生活基礎調査の児童有の人の有職者無職者の分布
5 配信時に分布を考慮したが、回収時の割付は行っていない。

3――WEB実験の設計

3――WEB実験の設計

本アンケート調査にはランダム化比較試験(RCT)を含めた。RCTは、参加者を無作為に、比較対象のグループ(コントロールグループ)と介入を行うグループ(トリートメントグループ)に分けることで、介入の効果を測定する手法である。私たちの実験では、マスクを着用の影響を検証するため、マスクを着用していない状態の人物の写真を見るグループ(コントロールグループ)と、同じ写真にマスクを合成した写真を見るグループ(トリートメントグループ)に無作為に分けることで、マスクを着用することの効果を測定できるように設計した。

私たちのマスクの感情への影響を検証するRCTの実験設計は、図1で示したように、4つのステップに分かれる。まず、参加者はステップ1として、感情の状態を測定する質問に回答する。そして、ステップ2として、私たちが用意した16種類の画像の中からランダムに選ばれた1つの画像を1分間観察する。16種類の画像は、40代前後の男性、40代前後の女性、小学生の男の子、小学生の女の子の4名について、それぞれ、歯の見える表情(笑顔)の写真と、歯の見えない表情(無表情)の写真を用意した上で、マスクを着用していない状態の写真と、マスクを着用していない状態の写真にマスクを合成した写真を用意した。  画像の詳細及び、それぞれの画像に割り振られた実験参加者の数は、表1に掲載した通りである。

画像を見た後に、参加者はステップ3として、「画面に写った人はどのような表情をしていましたか?」という質問に対し、4つの選択肢(笑っている/泣いている/怒っている/無表情)の中から回答を選択する。そして最後にステップ4として、ステップ1と同じように、感情の状態を測定する質問に回答する。ステップ1とステップ4での感情の状態を測定する質問には、黒川ら(2014) 6の研究に従って、簡易気分調査票日本語版 (BMC-J)7,8,9を用いた。親が実験に参加した後には、親及び子本人の同意を得た上で、子(小学生から中学生)にも同じ実験に参加頂いた10,11
 
6 黒川 博文,犬飼 佳吾,大竹 文雄(2014) 「感情の変化が時間選好に及ぼす影響:プログレス・レポート」行動経済学 7  45-49
7 田中健吾、2008.「簡易気分調査票日本語版 (BMC-J) の信頼性および妥当性の検討」大阪経大論集 58 p 271‒275
8 Thomas, D. L., and E. Diener, 1990. Memory accuracy in the recall of emotions. Journal of Personality and Social Psychology 59, 291.
9 この尺度は、4 種類のポジティブな感情に関する語句 (うれしい/心地よい/幸福である/楽しい・面白い)と、5 種類のネガティブな感情に関する語句(イライラ している/不愉快だ/怒り・敵意を感じる/気分が沈んでいる・憂鬱である/何となく心配だ・不安だ)が含まれている。そして、それぞれの質問について回答したそ の時の気持ちで、7 件法(0=全く当てはまらない; 6=非常に当てはまる)で回答頂くものである。このうち、ポジティブな感情を聞く設問 4 問を利用し、その 4 つの 回答を足し合わせて、ポジティブな感情の変数と定義し、ネガティブな感情を聞く設問5問を利用し、その5つの回答を足し合わせてネガティブな感情の変数と定義した。子への質問の際は、感情に関する語句を簡単にした上で、5件法で訪ねた他、「答えたくない」を選択することも可能とした。「答えたくない」をポジティブな感情の変数を作成する場合はその設問のいずれかで、ネガティブな感情の変数を作成する場合はその設問のいずれかで選択した人は除外して分析している。子の回答者について、ポジティブな感情/ネガティブな感情の変数を作成する場合は、親の変数と最大値および最小値を合わせることを目的として、0点から6点の間を1.5点おきの点数としてポジティブ変数を作成して、分析を行っている。
10 子に回答頂く際は、ステップ2では、わらっている/ないている/おこっている/「わらっている」「ないている」「おこっている」のどれでもない/答えたくないの5つの選択肢から回答頂いた。図1~図3では、親への質問への回答と合わせて、「わらっている」は「笑っている」、「ないている」は「泣いている」、「おこっている」は「怒っている」、『「わらっている」「ないている」「おこっている」のどれでもない』は「無表情」として掲載している。また、「答えたくない」を選択した子の回答者(70名)の回答は除外して分析を行った。また、親と子に表示される画像は、それぞれランダムに選ばれているため、親子でも同じ画像が表示されるとは限らない。
11 本実験では機械的にランダム化を行っているが、後の項で紹介するポジティブな感情やネガティブな感情の介入前の数値(ステップ1で計測した値)について、グループごとに違いが生じている点には、注意が必要である。

4――実験結果

4――実験結果

1| マスクの有無とポジティブな感情の変化
まず、歯の見える表情の写真を見た場合とそうでない場合(歯の見える表情を「笑顔」、そうでない場合を「無表情」としている)及び大人の写真を見た場合と、子どもの写真を見た場合について、親の回答と子の回答を分けずに、全体として、マスクの有無によるポジティブな感情の変化の違いを確認したのが、図2である12。図2からは、今回用意した写真の中では、子どもの「笑顔」の写真を見た時に、マスクの有無にかかわらず、参加者のポジティブな感情が高まった傾向が確認される(図内赤矢印はマスク無の子どもの笑顔を見た時のポジティブな感情の増加幅、図内ピンク矢印はマスク有の子どもの笑顔を見た時のポジティブな感情の増加幅)。また、子どもの笑顔の写真を見た場合に、ポジティブな感情が高まる度合いは、マスクを着用することによって、小さくなる傾向もみられる(図内赤矢印の長さがピンク矢印よりも長い)13
 
12 本稿で紹介する分析では、大人の写真、子どもの写真ともに、男性の写真と女性の写真の区別は行っていない。
13 親と子を合わせたデータを用いて、介入後のポジティブな感情の値を被説明変数、介入前のポジティブな感情の値、マスク有画像ダミー、笑顔画像ダミー、子どもの画像ダミー、マスク有画像ダミー×笑顔画像ダミー、マスク有画像ダミー×子どもの画像ダミー、笑顔画像ダミー×子どもの画像ダミー、マスク有画像ダミー×笑顔画像ダミー×子どもの画像ダミーを説明変数とした線形確率モデルの推定を行うと、笑顔画像ダミー×子どもの画像ダミーの係数は正で統計的有意である(有意水準1%)。また、マスク有画像ダミー×笑顔画像ダミー×子どもの画像ダミーの係数は、有意水準15%で負で統計的に有意である。このことからも、今回用意した写真の中では、子どもの「笑顔」の写真を見た時に、参加者のポジティブな感情が高まった傾向と、子どもの笑顔の写真を見た場合に、ポジティブな感情が高まる度合いは、マスクを着用することによって、小さくなる傾向が示唆される。
2| 親が写真を見た場合と子が写真を見た場合のマスク着用のポジティブな感情への影響の違い
さらに、親の回答者がそれぞれの写真を見た場合と、子の回答者がそれぞれの写真を見た場合に分けて、マスク着用の影響を確認したのが、図3である。図2から全体としてポジティブな感情を高めた効果が確認された子どもの笑顔の写真を見た回答者に注目すると、親の回答者の間では、マスクをした写真を見た場合も、マスクをしていない写真を見た場合もポジティブな感情が高まっている一方、子の回答者の間では、マスクをしていない写真を見た場合には、ポジティブな感情が高まったものの、マスクをしている写真を見た場合には、ポジティブな感情はほとんど変わっていないことが確認できる(図内赤矢印はマスク無の子どもの笑顔を見た時のポジティブな感情の増加幅、図内ピンク矢印はマスク有の子どもの笑顔を見た時のポジティブな感情の増加幅)。このことから、子どもの笑顔は、周りの人のポジティブな感情を高めるが、マスクをした場合は、周りの子どものポジティブな感情を高める効果は小さくなる可能性があることが示唆される14
 
14 注12に記載の推定を、親の回答者と子の回答者のサンプルに分けて行ったところ、マスク有画像ダミー×笑顔画像ダミー×子どもの画像ダミーの係数は、親の回答者のサンプルを用いた推定では-0.33で統計的に有意でない(有意水準15%)一方、子の回答者のサンプルを用いた推定では-1.38で統計的に有意な値(有意水準10%)であった。このことからも、子の間で特にマスクの影響が大きいことが示唆される。
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