これまで述べ来たように、移動の総量が減少し、移動手段が不特定多数から特定少数へとシフトする中で、今後、人々が外出による日常生活や社会活動を回復し、移動を再生させていくためには、どうしたら良いのかについて、最後に考えたい。
まずもって大切だと考えられることは、地域の医療介護や福祉の関係者、行政、交通事業者などが、移動自体の重要性や価値を伝えていくことだろう。5で述べたように、移動(外出)は、特に高齢者にとって、心身の健康状態や精神面の健全さを保つために重要だという点である。積極的に外出し、人と交流し、社会参加することによって要介護リスク、フレイルへの移行リスクを低減し、認知症予防にもつながることを、広く知ってもらう必要がある。また、特に若い世代にとっては、移動して新しい出会いに恵まれたり、交流したりすることが、孤独や孤立の予防につながる。
外出自粛によって、要介護やフレイルの高齢者が増えれば、本人のQOL低下だけではなく、市町村などの介護費も増加し、財政をひっ迫することになる。コロナ禍が長期化し、既に外出抑制が習慣化した高齢者も多いと考えられるため、周囲の医療介護や福祉の関係者、市町村などが高齢者に声をかけたり啓発したりし、感染対策をしながら外出する方法を発信したり、きっかけを提供していくことが必要だろう。
2点目は、交通事業者が、提供する移動サービスの要素を、6で述べたように「特定」「少数」に近づける工夫をすることであろう。移動手段がシフトしているとは言え、例えばバス事業者が突然、タクシー事業を始める訳にはいかないので、使用する資産が同じ乗り物であっても、少しでも「特定」「少数」の方向に進める工夫をすることではないだろうか。例えば、鉄道やバスであれば、乗客を分散することが挙げられる。都市部を始めとして、現在でも多くの事業者が、乗客に時差出勤を呼びかけるアナウンスを行っている。また、既に高速バスなどでは利用され、現在、国土交通省が鉄道についても制度の導入を検討しているダイナミックプライシングも、乗客分散のツールとして期待できる。
また、市町村が新たな移動手段の導入を計画する場合は、5-1|で説明した乗合タクシーについて、導入を検討したり、既に導入済の場合は利用促進を図ったりすることも、移動ニーズの変化に即していると言えるだろう。
ところで、乗合タクシーは高齢者にとって、二つの活かし方がある。一つ目は、乗客として利用し、外出機会を増やすことである。これに加えて、もし地域の乗合タクシーが、ボランティアドライバーによる運行(運転)をしている場合は、二つ目の活かし方がある。すなわち元気な高齢者がドライバーを担うという方法である。高齢者にとってボランティア活動をすることは、相手や地域のためだけではなく、自身の介護予防や認知症予防につながることが、先行研究で示されているからである
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もし、事業者が乗合タクシーの運行(運転)を担っている場合は、元気な高齢者が運用のプロセスに参画する道もある。オンデマンド乗合タクシー「チョイソコ」を運行している愛知県豊明市では、地区の停留所の場所を決める際、住民同士で話し合って決めてもらっているという。そのプロセスにおいて、地域の元気な高齢者たちが「どこに停留所を置いたら困っている人の役に立つか」を話し合い、行動することで、主体的に地域づくりに関わり、活躍する機会を提供することになるという
14。他人の役に立つこと、感謝されることもまた、高齢者の死亡率低下や認知症予防につながることである。
今後の移動サービスに必要だと考えられる3点目は、人々に敢えて移動したいと思ってもらえるように、事業者が提供する移動サービスの付加価値を高めていくことである。移動は多くの場合、人々の本来の目的に伴って生じる派生需要と言われるが、交通事業者自身が、地域の他のアクターと協力して、移動目的となるイベントを開催するなどし、外出の動機付けをしていくことである。上述したチョイソコでも、運営会社の株式会社アイシンは、定期的に会員向けに地域で餅つきや健康イベントなどを主催したり、情報提供したりして、チョイソコを利用したお出掛けを呼びかけている。
移動機会の創出は、既に多くの交通事業者が既に取り組んでいるMaaS(Mobility as a service)の一環と言える。交通事業者が地域の飲食店や商業施設、医療施設等と連携し、移動以外の価値を付加するという方法である。交通事業者が、運行業務のことだけを考えるのではなく、自ら「楽しいお出掛け」プランを提案する積極的な姿勢が求められると言えるだろう
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8――終わりに