1 | 移動サービスに対する需要と消費者意識
本対談(上)でも触れたように、CASEや脱炭素といったキーワードに注目が集まり、異業種からの新規参入が増え、モビリティ業界は活性化している。しかし、企業がオンデマンド乗合タクシー事業に乗り出す場合、運賃収入だけでは収益性や事業性を確保することは難しいと考えられる。理由として、大きく二つ、需要側の事情を挙げることができる。一つ目は、オンデマンド乗合タクシーが導入される地方では、移動需要そのものが小さいということ、二つ目は、非日常的な旅行は別として、消費者が、日常的な移動に支出する単価が安いということである。
一点目については、オンデマンド乗合タクシーが検討される地域では、人口減少や高齢化、モータリゼーションなどにより、旧来の路線バスが撤退したり、もともと運行されていなかったりするケースが多く、移動需要が小さいからである。都市部のようにまとまった需要がなく、一定の輸送量を確保できなければ、乗合サービスが事業性を確保するのは難しい。
二点目は、消費者が移動サービスに支払う単価の安さにある。過去には、交通事業者が運賃値上げをした結果、乗客離れで負のスパイラルを招いた経験がある。鉄道や路線バスなどの公共交通事業の運賃の決定方法は、道路運送法で定められた上限認可制である
1。各事業者は、必要な運送原価に適正な利潤を加えて「総括原価」を割り出し、これを超えない範囲の運賃水準を申請している(総括原価方式)。先行研究によると、過疎地などで公共交通の乗客が減少して以降、交通事業者はこの制度に基づいて賃値上げをしたが、かえって乗客逸走を生み、その後は事実上、値上げが凍結されてきたという
2。
大量輸送時代に安価な運賃が定着し、その後、市町村が導入したコミュニティバスの中には無料のものまであり、「公共交通は安いもの」という消費者意識を一層、強めた可能性がある。その結果、公共交通の事業モデルは「低運賃+公的補助」という構造が定着した。これはコロナ禍になっても変わっておらず、結果的に、行政の赤字補填額が膨らみ続けている
3。
株式会社アイシン(以下、アイシン)の加藤氏も、全国約30か所でチョイソコの展開にこぎつけ、市町村と交渉してきた経験から、運賃が1回500円を超えると、急激に需要が落ち込むと打ち明けている。加藤氏は「お金がない訳ではないが、(往復)1,000円出すぐらいなら、もうちょっと我慢して、まとめて行こうという考え」(
対談(中))だと表現している。
総務省の家計調査の結果でも、交通にかける1世帯当たりの支出金額(二人以上世帯)は、世帯主65歳以上で見ると月平均3,816円(2019年平均。自動車、自転車への支出は除く)、75歳以上では3,313円(同)である。65歳以上の単身世帯では2,371円(同)である。このような家計の状況であれば、仮に1回の利用で往復1,000円かかるなら、標準的な世帯であれば、乗車機会を絞るという選択になりやすいだろう。
したがって、オンデマンド乗合タクシー事業を行う事業者は、赤字前提の社会貢献事業ということでない限り、アイシンのように、多数の地域に横展開することでコストを下げたり、サービスを多様化して収益源を増やしたりする工夫が必要になる。
アイシンは、今後もチョイソコの導入地域拡大を目指し、コスト幅を削減していく戦略である。また、チョイソコのプラットフォームを使って、弁当の貨客混載から電話による高齢者の見守りサービス、道路の破損状況のデータ収集と自治体への送信など、地域ごとに多様なサービスを行っている。ただし同社においても、まだこれらに取り組んでいる途中段階である。豊明市におけるチョイソコ事業「チョイソコとよあけ」でも、自力では赤字が大きく、同市から年間約1,600万円の負担金を受け取っている。
アイシンはこの他、利用者層拡大などを目的に、2022年度に埼玉県入間市で実証実験として車椅子対応車両を導入する予定である。この計画は大変興味深い。これまで車いす使用者等、介助が必要な人を対象とした移動サービスは、福祉有償運送を行うNPOなどが担ってきたが、チョイソコもこの分野に参画しようというものである。各地で後期高齢者が増加している中で、車いす使用者が利用できる移動サービスの供給が増えることは歓迎されるものであり、実証実験を通じたノウハウと課題の蓄積が期待される。
1 2006年の道路運送法改正では、「地域における需要に応じ当該地域の住民の生活に必要な旅客輸送の確保その他の旅客の利便の増進を図るために乗合旅客の運送を行う場合」の例外規定として、地方公共団体や事業者、住民などの関係者の間で協議が整ったときは、届出によって運賃を決めたり、変更したりすることができる「協議運賃」の制度が設けられた。
2 加藤博和「日本の地方部における公共交通プライシング転換の方向性~総括原価方式から協議運賃へ~」『土木計画学会研究・講演集』 Vol.62,CD-ROM(7341),2020.11
3 公的負担の膨張については、 坊美生子、百嶋徹「自動運転は地域課題を解決するか(中)~群馬大学のオープンイノベーションの現場から」ジェロントロジー対談(2021年11月18日)参照。