ここまで、モノ、記号、コト、トキ、イミ
12と、消費の価値観の変化について述べてきたが、筆者は昨今の消費潮流は、前述してきたものとは異なる「ヒト消費」の局面にあると考えている。以前よりヒト消費という言葉自体は存在していたが、前述したハロウィンでの他人との交流や、気の置けない仲間たちとレジャーを楽しむといったように、「
誰が、誰に、誰と、何をするか」というその場にいるヒトが効用を生み出す起因となっており、その本質は前述した「トキ消費」と変わらないのである。
筆者が提唱する「ヒト消費」は個人の持つ魅力や物語をエンターテインメントとして捉え消費することを指す。既存の概念で言えばコラムニストの荒川和久が提唱する「エモ消費(エモーショナル消費)」が近いかもしれない。エモ消費
13とは"心が動く"、"心に刺さる"といったロジカルに説明できないけれど、そこから得られる精神的充足感を求める消費のことを意味する。エモ消費の例として荒川は、アイドル商法
14やクラウドファンディング、オンラインサロンなどを挙げており、自身の消費が役にたっているという自己満足感、大きなものを作成するうえで自身がその一部を担うという達成感、社会的役割を実感することで得られる承認欲求などが消費の動機づけになると論じている。他者支援という視点から見ればイミ消費の側面も擁していると言えるかもしれない。
筆者の考えるヒト消費には(1)応援消費と(2)物語消費の2つの側面がある。まず(1)応援消費であるが、他人を応援する事が応援する人自身(消費する人)の効用に繋がる消費である。応援というと震災後の被災者支援や新型コロナ禍の飲食店支援など、他者を支援する側面(イミ消費)を想起する読者が多いかもしれないが、ここで言う応援とは対象を味方したり、ひいきにするなど、後援・援助することを指す。昨今でいう「推し活」という言葉がこれに当てはまるだろう。推し活とは「自身が好きな芸能人や声優など、人を応援すること」を意味し、ユーキャン2021年新語・流行語大賞にノミネートされるなど一般に浸透してきている言葉である
15。AKB48のブーム以後アイドルグループの中で特定のメンバーを応援する際や、アニメやマンガなどのキャラクターグッズを購入したり、そのキャラクターの誕生日会を開くなど、嗜好対象に対する愛情表現のひとつとして、主にオタクと呼ばれる消費者を中心に使われてきた言葉である。昨今のエンターテインメント市場においては競合コンテンツと比較されることよりも、同一コンテンツ内(グループ・作品)で言わば人気投票の様に競われることが多くなった。AKB48のシングルCD選抜総選挙のように、人気のあるメンバーは、メディア露出やマーチャンダイズ展開の機会も増えるため、人気メンバーに選ばれるためにファンは投票やグッズ販売成績を伸ばすことで支援する。メディア露出やグッズが増えることでファンにとっても推しの活躍を目にする機会が増えるため、結果的に両者はWin-Winの関係となるのである。また、残念ながら人気のないメンバーやコンテンツであってもファンはロイヤリティの高い消費者としてコンテンツ存続やコンテンツを周知させるために献身的に努めるのである。
この推すという心理には推すファン側の主体性が必要になると筆者は考える。読者の方々にも好きな歌手や俳優がいるだろう。しかし、多くの場合はテレビに出演していれば視聴する、といったように受動的な行動の範囲で留まったり、ファンという言葉をロイヤリティのある熱心な愛好者という意味ではなく、気軽に好意を表す言葉として使用しているのではないだろうか。また、多くの消費者は自身とその芸能人の間に接点の意識を持ってはおらず、自分が何もしなくともその芸能人の人気があればテレビに出続けることができるし、彼らの活躍は自身の生活に何ら影響を及ぼさない、と考えている。我々の日常にはエンターテインメントが深く根付いており、芸能人に対する好意もエンタメ消費の一環に過ぎず、好意をもっていたとしても、その芸能人のグッズやCMに出演している商品を必ずしも購入するわけではなく、直接支出が生まれることは少ない。また多くの場合、彼らの人気は大衆からの支持か、一部の熱心なファンによって成立すると考えており、いわば芸能人に対する好意は、ある種他人事で無責任な好意と言えるだろう。
しかし、彼らを推している人々の中には、「推し」の活躍は自身の応援が影響している、という当事者意識をもっている者もいる。自分が何かしなくては、推しは活躍できないと考えており、推しが活躍すれば自分の事の様にうれしいし、推しの人気が低迷したり、スキャンダルに合えば自分の事の様に悲しいのである。文字通り自身の推しと「共闘」する意識を持っているのである。この、ファンが応援をしないと推しが活躍することができないという一種のシステムは、多くの市場で導入されるようになり、新人アイドル発掘を目的としたオーディション番組では総じて、視聴者投票の人気順でメンバーの当落がなされている。若者から絶大な支持を受けた『PRODUCE 101 JAPAN』や『Girls Planet 999』といった番組においても、参加者の大半は素人で元々は視聴者となんら変わらない若者であり、視聴者は心理的距離が近く友人やクラスメイトを応援する感覚でオーディジョン参加者を応援することができたのである。特にZ世代(1996~2012生まれ)を中心に応援消費や親近感消費への関心が高まっており、また社会や他者への貢献意識が高いことから、応援したいと感じるものに消費する傾向がある。ここで言う応援にはSNSで応援したい対象の情報を拡散したり、動画配信アプリで投げ銭(お金やお金に換金することができるアイテムなどを配信者へ送るシステム)をしたり、クラウドファンディング等も含まれるだろう。このような他人のために何かしたいという若者の共闘・応援の心理と自身の投票が参加者の夢を叶えるための助けになるというオーディション・システムの親和性は、若者の「推す」という消費者心理にマッチしているのである。
荒川がエモ消費としてアイドル商法やクラウドファンディングに触れていたが、役に立っているという自己満足や何かを達成するための一部を担い、支援したいという意識というよりも、誰かを応援することが直接自身の精神的充足に繋がる消費を意図しており、
自分のために他人を応援したいという意識が根底にあるのである。
12 イミ消費は全ての消費者が意識しているわけではないため消費潮流というよりは、現代消費社会における一側面と捉える方が正しいかもしれない
13 河合 起季「コト消費の次に来る「エモ消費」代表例3」PRESIDENT 2019年3月4日号
14 握手権やイベント参加権などのためにおなじCDを何枚も購入すること
15 その歴史や言葉の変遷については改めて別のレポートで詳しく説明するつもりである
8――ヒト消費-側面(2)物語消費-