百嶋徹・ニッセイ基礎研究所上席研究員(以下、百嶋): 次に、自動運転システムの社会実装とスマートシティ開発との連携について議論したいと思います。趣旨について少し御説明したいと思います。
いわゆる「グリーンフィールド」と呼ばれる新規開発型のスマートシティでは、交通・モビリティ・物流や気候変動問題に関わる社会課題を解決するために自動運転システムを実装する場合、街全体を同システムが高精度に作動し得る「閉じたODD(Operational Design Domain:運行設計領域)」と捉えることができる上に、自動運転技術に適した道路交通インフラを最初から組み込んで、街をデザインし、開発することができる。要は、グリーンフィールド型スマートシティと自動運転との親和性は、非常に高いと言えます。さらに言えば、グリーンフィールド型スマートシティは、社会課題解決のための最先端テクノロジーを先行的に街まるごとで応用・実践できる絶好のフィールドとなり得るのです。このため、従来はサイバー空間(仮想空間)でのビジネスをメインとしてきた巨大デジタル・プラットフォーマーが、自動運転の実装を含め、フィジカル空間(実世界)での街づくりに乗り出してくることがあってもまったく不思議ではない、と私は考えていました
1。
実際、グーグルを傘下に持つ持株会社アルファベットは、子会社ウェイモを通じて自動運転技術の研究開発で先行する一方、昨年撤退はしましたが、カナダ・トロント市のウオーターフロント地域でカナダ政府やトロント市が推進する最先端のスマートシティ開発プロジェクトに子会社サイドウォーク・ラボを通じて参画してきました。中国では、河北省雄安新区
2で広大なエリアを対象とした大型のスマートシティ開発が進行中ですが、その中で自動運転の社会実装はバイドゥがけん引しています。また杭州市のスマートシティは、グリーンフィールドと言うよりブラウンフィールド型(既存街区)ですが、同市ではアリババが開発したスマートシティのデジタルプラットフォーム「シティブレイン」が導入され、AIを活用した道路交通情報のビッグデータ分析による交通取締・渋滞緩和が既に実現しています。
このように今、最先端のスマートシティ開発プロジェクトでは、最初から自動運転システムを街の交通体系に組み込むのが、世界的な潮流になってきています。さらにそこで巨大デジタル・プラットフォーマーなどの大企業が重要な役割を担っています。
一方、国内ではトヨタ自動車が富士山麓の工場跡地で建設中の「ウーブン・シティ(Woven City)」
3が非常に話題になっています。そこでは様々なパートナー企業や研究者と連携しながら、人々が生活を送るリアルな環境の下で、自動運転だけでなく、MaaS、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム、AIなどの幅広い先端技術やサービスの開発と実証のサイクルを素早く回すと言い、まるで街まるごと「リビングラボ(Living Lab)」
4みたいな話で大変興味深い。ウーブン・シティは、先端技術のスピーディーな社会実装で世界をけん引する米中に日本が一気にキャッチアップする突破口になり得る、本格的なオープンイノベーションの場として、私は非常に期待しています。
小木津先生はこれまで、前橋市の他に、全国の自治体でも実証実験をされていますが、海外を含めて、グリーンフィールド型のスマートシティで自動運転の実装をやってみたいというお考えはありますか。
1 先進的な街づくりやスマートシティ構築の在り方については、百嶋徹「地域活性化に向けた不動産の利活用」国土交通省土地・建設産業局『企業による不動産の利活用ハンドブック』2019年5月24日、同「スマートシティー 日本でも巨大プロジェクト進行 アフターコロナ対応も視野に」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2020年7月14日号、同「コロナと都市/DXの最終型はスマートシティで実現」不動産協会『FORE』2020年通巻118号を参照されたい。
2 2017年から大型都市開発が進行中。深セン経済特区や上海浦東新区に続く壮大な国家プロジェクトであり、習近平国家主席肝煎りの「千年の大計」と位置付けられている。全体の対象エリアは1,770㎢に及ぶ。一部竣工済みの地区でAI やロボットを導入し、自動運転バスや無人スーパーの実証実験が始まっている。中国の3 大IT 企業BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)は、いち早く雄安に拠点を設けて集結している。
3 トヨタ自動車が、静岡県裾野市の子会社工場跡地(約70.8万㎡)に建設しているグリーンフィールド型スマートシティ。網の目のように3本の道(自動運転モビリティ専用、歩行者専用、歩行者とパーソナルモビリティが共存する道)が織り込まれ合う街の姿から、この街を「Woven City」と名付けた。高齢者、子育て世代の家族、発明家を中心に、初めは360人程度、将来的にはトヨタの従業員を含む2,000人以上の住民が暮らすことが想定されている。
4 市民・生活者、自治体、NPO、企業などがサービス創出プロセスに参加し、生活者の利用行動の観察や評価、利用後
のフィードバックなどを行い、新製品・サービスを共創する取り組みを推進する場のこと。