(3)残余利益モデル(RIM:Residual Income Model)
このモデルは、財務諸表の損益計算書における将来の純利益から株主が期待する通常の利益(株主資本コスト:株主資本×株主資本割引率r)を差し引いて残余利益とし、それを株主資本割引率rで割り引いて将来の残余利益の現在価値を算出し、それを財務諸表上の株主資本に加えて「株主資本の現在価値」を算出する。単純化して式で表すと以下のようになる。
株主資本の現在価値 = 財務諸表上の株主資本 + 将来の残余利益の現在価値
この式は「株主資本の現在価値」を評価するのに、財務諸表上の株主資本を出発点とするので、とても分かりやすい。つまり、「企業価値の向上」は「株主資本の現在価値の増加」を意味するので、「将来の残余利益の現在価値」がプラスで増加することと同義となる。
しかし残念ながら、増益や増配については、企業の発表や各種ニュース、アナリストレポート等で確認できるが、「将来の残余利益の現在価値」は簡単に算出することはできない。
そこで株主持分の現在価値の代替として時価総額を用いてみたいと思う。株価は企業業績以外にも金融市場動向や政治状況や自然災害等にも影響されるため、日々変動し、理論的な本質的価値(ファンダメンタルバリュー)から乖離する。実際、この本質的な価値に照らして現在の株価が割高か割安かという判断はファンドマネージャーやアナリスト等のプロが切磋琢磨し、情報収集した上で、各種分析や予測をし、個々の銘柄の売買等を行っている。本質的価値の算出は簡単ではない。
ただ、本稿で問題にしているのは「中長期的な企業価値の向上」があるかないか、それが十分かどうかである。株式市場のある程度の効率性を前提とすると、株価はファンダメンタルバリューを中心に変動していると考えられる。
従って、残余利益モデルでの「将来の残余利益の現在価値」がプラスかマイナスか、十分なプラスかについては、ある程度の期間をとって計測すれば、その企業が「中長期的な企業価値の向上」という目的を達成しているかどうかの評価の目安にはなると考えられる。
そこで、残余利益モデルで「株主資本の現在価値」を時価総額とすると以下のような式になる。
株式時価総額 = 財務諸表上の株主資本 + 将来の残余利益の現在価値
つまり、以下のように変形できる。
将来の残余利益の現在価値 = 株式時価総額 ― 財務諸表上の株主資本
ここで「将来の残余利益の現在価値」がプラスかマイナス、その度合いはどの程度かを見るという評価をするのであれば、株式時価総額と財務諸表上の株主資本のどちらが大きいかという話になるので、実は以下の数値が1より大きいかどうかという評価とほぼ同じ評価となる。
株式時価総額 / 財務諸表上の純資産(≒株主資本)
= 株価 / 一株当たり純資産
= PBR
つまり、PBRが1より大きければ、時価の方が純資産より大きいということになり、「将来の残余利益の現在価値」がプラスとなり、企業価値を向上させていることになる。
一方、PBRが1未満だと企業価値を毀損していることになる。勿論、投資家が見誤っているという見方もできるが、長期間に亘ってPBRが1以下の場合は、「企業価値の向上」という目的は未達ということになるだろう。PBRは「企業価値の向上」を判断する上で、とても便利な評価基準となる。
尚、PBRは以下のような式にも分解できる(すべて一株当たり)。
PBR(株価/純資産)=ROE(純利益/純資産)× PER(株価/純利益)
つまり、PBRはROE(企業の現状の収益力)×PER(投資家が期待する将来の成長力等)なので、PBRが高水準であれば、企業の収益力は高く、将来の成長性もあると投資家が期待していることになる。PBRを上げるには、企業はその両方とも達成しなければならないことになる。
3――上場企業はコーポレートガバナンスの目的をどのくらい達成しているのか