7月14日にECB理事会は、デジタルユーロプロジェクトを立ち上げ、調査段階(investigation phase)を開始することを決定した。
調査段階は10月から24か月間にわたって実施され、目標はデジタルユーロの開発準備である
1。調査段階においては利用者のニーズに基づく機能設計に焦点があてられ、グループインタビュー(フォーカスグループ、focus groups)
2、試作機(prototype)、概念的作業(conceptual work)といったものが含まれることも明らかにされている。ただし、
デジタルユーロを発行するかについては決定を留保している。
ECBは、調査段階の特徴として以下のような事項を挙げている。
【デジタルユーロ調査段階(investigation phase)の特徴】
・デジタルユーロの目的に鑑みて、優先度が高い、リスクがなく(riskless)、誰でも使え(accessible)、効率的(efficient)であるような利用例(use case)を実験する。
・法的枠組み(EU legislative framework)にも光をあてる
・欧州議会やその他政策決定者と引き続き協力する
・デジタルユーロの市場への潜在的な影響を評価する
・プライバシー(秘匿性、privacy)を確保し、ユーロ圏の市民・仲介機関(intermediaries)・経済全体へのリスクを避けられる設計上の選択肢を特定する
・デジタルユーロの流通における監督された仲介機関の役割(モデル、model)を定義する
・市場諮問グループ(MAG:market advisory group)を組織し、利用者やサービス提供者(distributors)の意見を考慮する
・ERPB(ユーロ小口決済理事会、Euro Retail Payments Board)3でも利用者やサービス提供者の見解について議論する
調査段階では、まず今年の年末までに世界的な視点を踏まえて、
デジタルユーロ導入の政策目的や利用に関する議論が行われ、次に22年の前半(1-3月期か4-6月期)には、
秘匿性とEUの他の政策目的とのトレードオフが議論される。これらに続いて
金融システムや現金利用への影響についての議論、
デジタルユーロの流通体系(ecosystem)における官民参加の事業モデルについての議論を行うとしている
4。
デジタルユーロを導入する場合、調査段階で設計や機能の主要部分は決まると見られる
5。
また、この調査段階に先立って、ECBは、昨年10月に「デジタルユーロに関する報告書(Report on a digital euro)」(以下、「報告書」)を公表
6し、その後の
9か月間で予備実験(preliminary experimentation)を実施してきた。今回、
予備実験から得られた成果について「デジタルユーロの実験範囲と主な知見(Digital euro experimentation scope and key learnings)」(以下、「主な知見」)として公表している。
本稿では、3章以降でこの予備実験の内容についてECBが公表した事項を紹介したい。専門的ではあるが、筆者が注目した点や印象について述べると以下の通りである
7。
・実験は既存決済システムを利用したものから分散型台帳を利用するもの、それらの組み合わせなど幅広く実施された。
・特に「階層型」と呼ばれる中央銀行の下に仲介機関がおりそれぞれがデジタルユーロ台帳を管理する方法は、(その台帳がDLTか問わないなど)柔軟性・拡張性に長けており、仲介機関が付加価値を提供する余地も大きいため、実用化する場合には有力な方法であると思われる。
・秘匿性確保とマネロン対策8の両立、オフライン端末の機能においては課題も残されている。
・eIDの利用などEUが進めるデジタル戦略との平仄も意識されている。今後、デジタルユーロ発行の機運が高まれば、EUのデジタル戦略に沿った形で政府・中央銀行・民間が協力して取り組む代表事例となる可能性もあるだろう。
1 なお、開発には約3年かかる可能性があるとパネッタ理事のブログで言及されている。
2 集団から特定製品などについての意見を収集する方法。
3 2013年12月に設置された、ユーロ建てのリテール決済について統合された革新的かつ競争的な市場を創設することを目的とした組織。
4 このスケジュール感についてはパネッタ理事が欧州議会の経済通貨委員会委員長のティナグリ氏にあてた書簡で明らかにしている。
5 なお、上記書簡では、ユーロシステムのスタッフが(デジタルユーロに関する)見解をまとめた時点、ハイレベル・タスクフォースが最終評価を行い、理事会が設計の選択肢に関する決定を行う前に経済通貨委員会と意見交換を行うことを提案している。
6 報告書の内容については、高山武士(2021)「中央銀行デジタル通貨の「攻め」と「守り」-ECBによるデジタルユーロの取り組み」『基礎研レポート』2021-02-02の補論を参照。
7 3章以降では「主な知見」についての意訳や筆者の解説を内容が中心に述べていく。ただし、筆者はシステム構築の専門家ではないため、その内容を誤解している可能性もあり、必要があれば原文を参照して頂きたい(European Central Bank(2021), Digital euro experimentation scope and key learnings, July 2021)。なお、専門用語も多く英語の原文の方が意味をつかみやすい部分もあるため、適宜英単語も記している。3章の1-3節は基本的には「主な知見」の内容を(筆者の理解をもとに)記載したものだが、筆者自身の見解についてはその旨の注記を付した。また、注記については原文中にないものがほとんどであり、筆者の理解のもと補足したものである。
8 AML(アンチマネーロンダリング、anti-money laundering)、CFT(テロ資金供与防止対策、combating the financing of terrorism)と呼ばれるもの。本稿では単にマネロン対策と記載することにする。
2――取り組み状況