2――英国はEUから前例のない好条件を引き出し、主権奪還の成果を誇る
新協定の1200ページにわたる全文の公表は12月26日にずれ込んだ。合意を発表した24日の段階では、英国、EUは、それぞれ協定の概要を紹介する文献のみを公開したが、それぞれの文書から受ける印象はかなり異なり、双方の交渉への姿勢が伺われる。
英国側の文書
1では、今回の協定で、EUから関税ゼロ、数量規制なしという前例のない好条件を引き出しつつ、4年半前の国民投票での公約の主権の奪還を実現する協定をまとめた成果を誇っている。
実際、英国がEUから異例の対応を引き出したことは間違いない。短期間での協定の合意、柔軟な発効手続きも、主権の奪還の遅れを意味する移行期間の延長を拒否した英国の要請にEUが応えたものだ。
英国の文書は、合意は、EU法ではなく、国際法に基づくもので、欧州司法裁判所の関与も、EU法への順守の義務も負わないことも強調している。国民投票では、EU離脱のベネフィットとして、EUとのヒトの移動の制限の回復、EU予算への拠出金の奪還が注目されたが、議会主権、慣習法の伝統を持つ英国にとって、EU法の優位の原則、欧州司法裁判所の管轄権からの離脱は、より本質的な問題でもあった。移行期間が終われば、EUとのヒトの移動の自由は終了し、新たなポイント制に基づく移民制度に移行、EU予算への拠出も終了する。新協定は、EU法の支配を終わらせるものでなければならなかった。
EUが、FTAの条件として求めた競争条件の公平性の確保でも、英国側の文書には、EUは、補助金や、社会・労働、環境・気候などの領域ではEUの規制強化に英国も追随するdynamic alignmentの要求を取り下げたこと、いかなる形でも、欧州司法裁判所が関与しないことを強調している。替わりに、ともに高い水準を維持するnon-regressionを約束し、乖離が生じた場合には、調停を求め、一方の措置で他方が被った損失に対して報復措置を講じる権利を双方に認めることで決着した。
紛争解決のメカニズムの互恵性、平等性も強調されている。双方の協議でも合意に達しない場合、独立した仲裁パネルを設置、違反が認定されても修正や補償に応じなければ、他方は義務を停止できる。英国は、EUが第3国に開放しているプログラム
2には、相応の金銭の拠出により継続して参加することを認められるが、これに関わる紛争処理も独立仲裁機関が担う。
筆者は、そもそも、英国がEUに求めたのが「カナダ型FTA」であったことに対して、EUの規制強化への一方的な追随を求めるのは過剰であり、実現は難しいと考えていた
3。交渉の結果からは、EUは、当初、敢えて高い要求を突きつけて、妥協の余地を確保し、最低限のラインを維持したように思われる。
主権の奪還の象徴として、最後まで対立点として残った漁業では、EUの「共通漁業政策」からの離脱と独立した沿岸国家としての権限回復を誇っている。交渉の結果は、EUに英水域で現在と同じ漁獲量を認める移行期間は5年半、漁獲割当の返還の割合は25%となり、EU側が当初提示した14年よりも短く、18%よりも引き上げられたという。漁業権を巡る対立は、離脱の成果として領海の主権を回復したい英国と、限定的かつ段階的な返還で激変を緩和したいEUの対立の構図はわかりやすいが、この分野でもEUは予め譲歩の余地を確保していたように思う。漁業がGDPに占める割合は英国、EUともに0.1%以下に過ぎない。EU加盟国で、この問題に関心を持つのはフランス、オランダ、スペインなどの一部に留まる。漁業権での対立が解消できず、協議が決裂することは考え難かった。