1|高齢者等の移動ニーズの把握と施策への反映
まず、「生活者目線に立った移動ニーズの把握」についてである。丹波市の場合、高齢者や障害者の生活実態とニーズを把握するために、様々な関係団体や住民とのコミュニケーションを重層的に行っている。2-2|で説明したように、直接的な方法としては、(1)65歳以上の高齢者約1万人を対象にし、交通需要に関するアンケートを実施、(2)各種団体の推薦により、計6地域89人の市民と意見交換を行った。間接的な方法としては、(3)自治会長会、(4)自治会、(5)地域ケア会議、(6)障害者地域支援会議、(7)民生委員児童委員協議会――という多様なルートを通じて、関係者と意見交換を行った点が大きい。
確かに同市独自の事情として、「地域医療の存続」を求める大きな住民運動があったため、「住民が居住地区の診療所へアクセスできる」という生活密着型の目的が据えられていた影響も考えられるが、結果的には高齢者等の生活に役立つ移動サービスとして乗合タクシーが定着している。上記のような直接、間接の方法で重層的に住民の意見を集約した方法は、住民運動の有無に関わらず、他の自治体でも大いに参考になるのではないだろうか。
秦野市の例も独特である。もともとは市長が懇談会で聴取した高齢者の生の声が交通、福祉両部局に伝えられた。そこで、高齢介護課が高齢者の要望に応じ、「認定ドライバー養成研修」という形でボランティア送迎の担い手育成と活動支援を始めた。さらに、大根・鶴巻で始まった送迎活動においては、研修修了者らによる提案の他に、生活支援コーディネーターからも地域の高齢者の状況について情報を集めている。
ここで特筆すべきは、生活支援コーディネーターの存在である。生活支援コーディネーターは2015年の介護保険法改正で、市町村が新たに配置することが決められた。その役割としては、高齢者が地域で生活し続けられるように、高齢者が外出できる場所や支援団体等に関する情報を収集して、高齢者に紹介したり、関係者同士をマッチングしたりして、地域に支え合いの仕組みを構築することである。そのような役割から言えば、地域の移動問題に関しても、生活支援コーディネーターを中心として、移動困難者とボランティア候補をつなぐことが期待される
28。
この観点で、秦野市の取り組みについて考察すると、市は地域包括支援センターごとに一人ずつ配置している生活支援コーディネーターのネットワークを生かして、移動問題を地域課題として把握している。既にボランティア送迎が始まっている2地区以外でも、生活支援コーディネーターを通じて移動困難の情報が寄せられ、市が対応を検討しているという。
全国的に見ても、大部分の市町村の福祉部局では、高齢者の移動手段が大きな地域課題になっていることを把握している。例えば、厚生労働省の委託調査で2019年度、全国の市町村の介護保険事業担当者を対象に実施されたアンケートによると、高齢者の移動手段確保について「問題だと感じる」「やや問題だと感じる」と回答した市町村は計95%に上った
29。しかし、同調査によれば、介護保険財源を活用するなどして、高齢者等への移動支援や送迎サービスが「既にある」「実施することが概ね決まっている」と回答した市町村は19%、「具体的な予定はないが、検討している」は25.9%にとどまり、「検討はしていない」が48.7%となっていた。
要するに、多くの市町村では、少なくとも介護保険担当は高齢者の移動支援に関するニーズを把握しているものの、主体的に対策に乗り出すことができていないか、あるいは公共交通担当と情報共有、連携して取り組むことができていないと考えられる。従って、ニーズを施策に反映する段階で、大きなハードルがあると考えられる。このため、丹波市や秦野市のように、地域の様々な関係者から意見を聴いて、各地域で起きている移動の問題点を整理し、必要な支援を洗い出していくという次のステップが重要になる。
28 例えば、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2021)「介護保険制度等に基づく移動支援サービスに関する調査研究事業報告書」(厚生労働省老人保健健康増進等事業)では、生活支援コーディネーターの重要性が言及されるとともに、東京都八王子市と並んで秦野市の事例も紹介されている。
29 同上(2020)「介護保険制度等に基づく移動支援サービスに関する調査研究事業報告書」(厚生労働省老人保健健康増進等事業)