以上、移動支援が問題になっている背景や国・自治体の取り組みを考察したが、これまで公共交通が衰退してきたのは、モータリゼーションや人口減少などの外部要因だけではなく、交通事業者や行政にも、移動ニーズの把握と、住民の生活に照らし合わせてサービスを見直す生活者目線が不足していた面があるのではないだろうか。
国土交通省が設置した「地域公共交通の活性化及び再生の将来像を考える懇談会」は、2017年7月にまとめた提言の中で、「モータリゼーションの進展や、勤務形態の多様化等のライフスタイルの変化、少子化による学校の統廃合等の地域社会の変化といった、公共交通の需要に影響する社会の変化に、地域公共交通が充分に対応しきれなかったため、利用者が減少してきた」と指摘している。例えば、▽地域の住宅や施設の立地状況などが変化しても、交通事業者が従来通りの路線図や時刻表を維持していた、▽乗降客が減少したにも関わらず、長大な経路を維持して非効率運営を招いた――といった事象が起きていなかったかどうか検証が必要であろう。そのためには、交通事業者自身が乗降データを収集しているか、あるいは収集しても分析できているのかどうか、見直す必要があると考えられる。
活性化再生法制定以降、地域公共交通の旗振り役になることが期待された市町村についても、積極的な姿勢が望まれる。2014年8月に取りまとめられた交通政策審議会(国土交通相の諮問機関)交通体系分科会地域公共交通部会の最終とりまとめでは、「公共交通の必要性に対する認識が乏しい、計画策定のノウハウが無い、地域公共交通の維持・改善は民間事業者の役割であるとの認識が依然として根強い等の理由で、連携計画の策定に消極的な市町村も多い」と指摘していたが、計画策定に取り組む市町村が少ない事情などを踏まえると、この指摘は今でも有効であろう。こうした状況では、生活者目線に立った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援は実現困難と言わざるを得ない。
市町村が実施してきた代替交通についても、同じことが言える。地域住民の移動ニーズを把握し、公共交通の不足部分をカバーする新たな手段を計画する、という検討プロセスを経ていないために、利用者が伸びない、所期の目的を達成できない、という状況に陥るケースがある。例えば、国土交通省国土交通政策研究所によると、コミュニティバスやデマンド交通を導入した自治体のうち、あらかじめ、既存の路線バスの運行状況等の現状を把握していた自治体は約7割だった。そのうち、路線バスによるサービス内容と、利用者の利用意向の乖離について、課題認識していた自治体は、約4割に過ぎなかったという
28。実態としては、「むしろ地域住民はバスに関心を示さず、自治体はただ補助金を出し、交通事業者は運営を任されるという構図」だったという見方もある
29。
各自治体が策定している地域公共交通計画(旧地域公共交通網形成計画)を見ても、各公共交通機関の運行状況を面的に整理し、住民の移動ニーズに対する質的、量的な調査分析が不十分なまま、「交通空白地域」解消のために、コミュニティバスやデマンド交通などを導入する、とまとめているケースが散見される。そのような手順では、「新たな交通手段を何にするか」「どのようなスキームにするか」という方法論が議論の中心になり、「住民がどのような移動ニーズを持っているか」「住民の生活を守るためにどのような移動手段が必要か」という目的に関する議論が後回しにされがちである。
今後、高齢社会に見合った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援の立案をしていくためには、自治体は実際に高齢者等が何の移動に困っているのか、なぜ既存の公共交通が利用しづらいのか、本当は何の目的で、どこからどこへ移動したいのか、またその頻度はどれぐらいか、等を丁寧に把握する必要がある。その上で、ニーズに応じて最適な交通モードや運行主体(委託先)、車両の種類等を検討し、既存交通との役割分担や乗り継ぎ、連携について工夫していくことが必要である。
そのプロセスで、例えば、ニーズの重要度は高いが量は小さいということが分かれば、代替交通を導入するよりも、高齢者等に直接、タクシー利用料を助成する方が効率的な場合もある。また、利用者の特性や利用目的によっては、介護保険の財源を活用して運営をサポートできる場合も考えられる。こうした生活者目線の政策立案の必要性については、「利用者重視の交通政策を行うのであれば、その政策が本当に利用者重視に結びついているのかを検証しなければならない」という先行研究の指摘と符合する
30。
では、高齢社会に見合った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援を実現する上で、どんな方策が考えられるのだろうか。以下、(1)生活者目線に立った移動ニーズの把握、(2)交通と福祉の連携――という2つの点で、今後必要な取り組みの方向性を指摘する。
28 国土交通省国土交通政策研究所(2018)「多様な地域公共交通サービスの導入状況に関する調査研究」。
29 野村実(2019)『クルマ社会の地域公共交通 多様なアクター参画によるモビリティ確保の方策』晃洋書房 p33。
30 松野由希(2018)『利用者視点の交通政策 人口減少・低成長下時代をいかに生きるか』勁草書房p172。
6――今後必要な取り組みの方向性