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設計上の主な課題
ただ、CBDCには課題も多い。主な課題
4(考慮すべき事項)としては、金融政策の有効性や金融システムの安定性に及ぼす影響、プライバシー保護とマネー・ロンダリング及びテロ資金供与などの不正利用対策(AML
5/CFT
6)とのバランス、システムの強靭性やサイバー・セキュリティの確保などがある。また、それらに関連する要素としては、付利の有無や発行額・保有額の制限、オフライン下での仕様といった様々な選択肢を挙げることができる。
例えば、付利の有無について、CBDCはデジタル社会の新たな決済手段となるだけだとして、銀行券と同様に、付利は不要だとする意見がある一方、金融調整の新たな手段として、付利を活用すべきだとする意見もある。後者の場合には、CBDCが銀行券の持つ決済機能に加えて、金融政策を実体経済に波及させるトランスミッション・メカニズムとして機能を発揮することが期待されている。
まず、プラス金利を付利する場合には、CBDCの金利水準が、預金金利の下限として働き得る。CBDCが、国家の信用力を背景として、信用リスクフリーであるのに対して、銀行金利は、信用リスクプレミアムの分だけ、スプレッドが上乗せされる。そのため、預金金利はCBDCの付利水準に対して、常に敏速に反応することになる。これにより、政策金利の伝播スピードが上がり、金融政策の有効性は高まることが期待される。
一方、マイナス金利を付利する場合には、ゼロ金利制約
7を克服する手段となり得る。銀行券が廃止され、CBDCがこれを完全に代替した場合、CBDCにマイナス金利が付利されると、資金は時間の経過と共に目減りして行く。そのため、消費者や企業には、価値が目減りする前に早く使わなければならないというマインドセットが生まれ、これが消費や投資といった需要の刺激となり、デフレ解消や景気底上げにつながるとの期待がある。他方、銀行券が廃止されず、CBDCと併存する場合には、CBDCにマイナス金利を付利しても、ゼロ金利制約が残る銀行券に資金シフトすることで、価値の目減りを防ぐことができるため、新たな需要喚起にはつながり難い。その結果、本来のマイナス金利政策の効果は薄まってしまうと考えられる。
このような政策金利の伝搬スピードの違いから、CBDCの導入に合わせて銀行券を完全に廃止すべきとの意見もあるが、仮に銀行券を完全に代替しても、リスクを取ってBitcoinや外貨などの代替資産に資金を移動すれば、マイナス金利を回避することは可能であり、必ずしも金融政策の効果が高まるとは限らないとする主張
8もある。ただ、多くの国民が使用している現金を完全に廃止することは、決済インフラの利便性を低下させ兼ねず、それを検討する中央銀行も今のところ存在してはいない。
また、リスク回避的な動きが強まれば、安全資産であるCBDCへの資金シフトは生じやすくなる。金融機関の信用不安などで取り付け騒ぎが起これば、オンライン特有のスピーディーな資金移動を可能とするCBDCにより、銀行券とは比べものにならない速さで、資金移動が進む可能性はある。そのような取付けリスクを防止し、金融システムの安定性を維持するための手段として、CBDCの発行額や保有額に制限を設けるという手法も考えられる。ただ、CBDCの発行や保有に上限を設けることは、CBDCの利便性を低下させる可能性があるうえ、生活環境が個々に異なる中で、上限をどこに設けることが適切なのか、新たな問題も生じることになる。
なお、CBDCには、発行や流通に関わる全ての情報が記録されるという大きな特徴がある。CBDCに集まる情報は、適切な分析を通じて企業経営や産業政策を改善し、イノベーションを起こす資源になり得る。また、資金のトレーサビリティが上がることで、脱税や犯罪などを抑止する効果も期待できる。ただ、それは個人のプライバシーの保護と表裏一体であり、トレードオフの関係にあるため、両者のバランスをどのように保つことが適切なのかも、社会的な要請に照らして決めて行かなければならない。
さらに、デジタルで流通するCBDCにとって、偽造やサイバーリスクは最重要な課題となる。紙幣である銀行券は、高度な技術で偽造が困難であることから大きな問題が起こることは稀であるが、デジタル媒体であるCBDCは、万が一、サイバー攻撃の被害を受けてしまうと、影響は甚大かつ瞬時に広がり、法定通貨としての信認が急速に失われる可能性が高い。また、リアル空間では、停電やネットワークの切断といった運用上の問題が生じる可能性も考慮して、オフライン環境下での使用も想定しておく必要がある。
CBDCの設計が難しいのは、これらの課題が個々に独立したものではなく、技術的な制約も絡んで、すべて互いに関連している点にある。すべての要望を同時に満たすような、望ましい組み合わせは存在せず、多面的で複雑なトレードオフの間で、各国の事情に即した整合的な組み合わせを見つける試みが続けられている。
4 10月19日のIMF「国際送金に関するパネルディスカッション」において、パウエル議長が指摘した課題
5 AML(Anti-Money Laundering)は、犯罪行為によって得た資金を合法的な手段で獲得したように見せかけ、資金の出所を分かり難くする行為への対策
6 CFT(Combating the Financing of Terrorism)は、テロ行為の実行を目的とした資金をテロリスト等に提供する行為を防止するための対策。
7 銀行券の利回りはゼロであり、中央銀行がどれ程強力なマイナス金利政策を導入したとしても、利回りがゼロ以下に下がることはないこと。
8 Bank of Canada Mohammad Davoodalhosseini, Francisco Rivadeneyra, Yu Zhu、"CBDC and Monetary Policy" February 2020
3――世界各国の研究開発動向