2|移動の高付加価値化
(1) 衛生面の安全性を高める
移動の高付加価値化を実現する鍵は、二つあると筆者は考えている(図表5)。第一の鍵となるのは、衛生面の安全性を高めることである。その手段は、二種類に分けることができる。
一点目は、「ダウンサイジング」である。ダウンサイジングする主体は、移動の時間、距離、回数(機会)、乗合人数、モビリティが含まれる。新型コロナの影響により、旅行はマイクロツーリズムが増え、通勤や出張の回数は減り、同乗する乗客数は減った。電車通勤をやめて、マイカーや自転車にチェンジする人たちも現れた。移動による感染リスクを下げたいという動機はあるものの、どうしても仕事や家庭等の都合で移動しなければならない人たちが、そのような移動を選択している。
それでは、ダウンサイジングの移動ニーズに対して、どのようなサービスが考えられるだろうか。例えば、コロナ禍において、タクシーの相乗りアプリを提供している「NearMe」(東京)は、特定の企業向けに従業員の通勤シャトルバスの運行を始めた
6。混雑した鉄道を避け、乗合人数を少人数にすることで従業員の感染リスクを下げるだけでなく、万が一感染者が現れても、同乗者のデータが残っていれば、追跡して対応することができるというものである。シャトルバス内部は、座席の配置にもゆとりをもたせ、利用者が降車した後に消毒を行い、移動サービスに衛生面の「安全安心」という付加価値をつけた。
また、教育分野でも、緊急事態宣言期間などに限定して、徳島県教委や山梨県教委などが、電車通学の高校生専用に臨時バスを運行して電車利用を回避させたり、分散を図ったりしたケースがある
7。これらの事例は、不特定多数で乗り合うことが当然だっ通勤通学に、「特定」「少数」という新たな概念とモビリティを持ち込む可能性があることを示している。
その他、鉄道事業者によるダウンサイジングとしては、特急車両で指定席を増やした事例がある。乗客同士の身体の接触や接近を避けることにより、衛生面の安全性と同時に、出発地から目的地まで座って移動する快適性を確約している。
衛生面の安全性を高める手段の二点目は、「非接触」である。既に、多くの鉄道やバスにはICカードが導入され、タクシー事業者の中にもキャッシュレス決済が広がっており、現金の受け渡しを回避する非接触は進んでいる。今後さらに大きな伸びが期待される非接触の方法は、「はじめに」で述べた検体を運ぶ自動運転車両のように、自動運転を利用した移動サービスであろう。ドライバーを介した感染リスクを避けることができるからである。
国内では、完全自動運転が実用化するにはまだ時間がかかると考えられるが、パーソナルモビリティの中には、既に装備されているものもある。例えば、デザイン性の高い近距離モビリティで知られるスタートアップ「WHILL」(東京)は、自動運転システムを搭載した近距離モビリティを開発し、今年6月から羽田空港第一ターミナルに導入されている
8。この近距離モビリティを利用すると、検査場近くから搭乗口まで自動運転システムで移動することができる。従来は、高齢者など長距離歩行が困難な乗客は車いすを利用し、空港スタッフが介助していたため、スタッフと接触する可能性があったが、近距離モビリティを利用すれば、介助なしで移動できるため、接触による感染リスクを下げることが可能になったという。このように、パーソナルモビリティを活用したり、走行空間を特定エリアに限定した形で導入したりすれば、自動運転機能を搭載したモビリティは、非接触型の移動サービスとして実現する可能性がある。