復興パッケージの合意は高い注目を集めたが、その始動は、予定されていた21年1月よりも遅れる可能性がある。
MFFは、欧州議会の同意の上で、EU加盟国政府の代表からなる閣僚理事会が全会一致で決定する必要があるが、未だ欧州議会の同意を取り付けられていない。復興基金に関しては、欧州委員会に債券発行の権限を与え、すべての負債をカバーするためにEUの歳出上限を一時的にGNIの0.6%相当引き上げるため、全加盟国による批准手続きも必要になる。
欧州議会のサッソリ議長は、10月15日のEU首脳会議で、欧州議会の要望として、(1)復興パッケージのために合意した新たなEUの独自財源(後述)の導入のスケジュールの明確化、(2)資金配分にあたりEUの基本原則の1つである「法の支配」を確保する仕組みの強化、(3)MFFの歳出プログラムの390億ユーロの増額、130億ユーロ相当の復興基金の利払い費を歳出上限と別枠にすること、未利用の資金をMFFのプログラムを通じて配分する柔軟化条項を導入することなどを求めたが
2、加盟国政府の妥協を引き出すには至っていない。
対立点の1つである「法の支配」はEUの基礎とも言えるものであり、司法やメディアの独立の侵害が問題視されているハンガリー、ポーランドへの圧力として導入が求められているものだ
3。両国とチェコ、スロバキアのヴィシェグラード4カ国は、復興パッケージの首脳合意の段階で、法の支配を利用条件とすることを拒否したとされる。MFFは閣僚理事会の全会一致、復興基金の始動には全加盟国による批准手続きが必要になる。復興パッケージの基金の利用と「法の支配」の原則との結びつきを厳格にすれば、ハンガリー、ポーランドは拒否権を行使する可能性がある。
MFFのプログラムの予算は、5月の欧州委員会の提案から減額されており、特に研究助成のための「ホライズン・ヨーロッパ」、投資促進のための「インベストEU」など、復興基金からも配分されるプログラムの予算が削減されている。欧州議会の主張は、特別予算である復興基金のために、将来のために必要不可欠な予算が、本予算から削減されることは望ましくないというものだ。正論ではあるが、加盟国政府側は、7月に熾烈な駆け引きの結果まとめた合意案を修正する意思は乏しいようだ。
EU議長国のドイツは、欧州議会と加盟国政府との隔たりを埋め、復興パッケージを予定通り始動させるべく奔走しているが、コロナ禍の再拡大で対面で調整できないことで、膠着状態の打開が一層難しくなっているようだ
4。
2 European Parliament (2020)"Sassoli : It is up to you to get the negotiations moving again" 15-10-2020
3 ハンガリーでは2010年の第二次オルバン政権が憲法改正に必要な3分の2の議席を獲得後、ポーランドは、15年9月に「法と正義(PiS)」政権発足後、権威主義傾向を強めている。スウェーデン・ストックホルムに本拠地を置く民主主義・選挙支援国際研究所(International Institute for Democracy and Electoral Assistance ; International IDEA)が作成する世界民主主義指数(The Global State of Democracy Indices)でも、司法の独立性、メディアの健全性に関わる評価の低下が確認できる。
4 "EU budget deal ‘Virtually impossible’ without face to face talks", EurActiv 2020 年 10 月 27 日
多少の遅れがあっても意義が大きく損なわれることはない