2|患者の隔離や清潔な環境の整備で対応
20世紀、中でも第2次世界大戦後、こうした感染症は特効薬やワクチンの開発を通じて、かなり克服された。特に、1948年に設置されたWHO(世界保健機関)による国際保健協力の下、天然痘、ポリオ、マラリアの撲滅運動が実施されたことで、急性感染症の脅威を相当、減らすことができた。
しかし、薬やワクチン、抗生物質を手に入れる以前の人類が取った方法を大別すると、「患者の隔離」「清潔な環境の保持」の2つだった。前者の事例としては、ヴェネチアなど北イタリアの都市国家を挙げることができる
10。これらの都市ではルネサンス期、アジアとの交易で栄えた一方、間断なくペストなどの感染症に見舞われたため、感染が疑われる貿易船を40日間、検疫で隔離する措置を採用するようになった。元々、英語で「検疫」を表す「quarantine」という単語はイタリア語で「40日」という意味であり、ルネサンス期の北イタリアの都市国家が感染症の拡大を水際で阻止するため、感染が疑われる船の乗組員を40日間隔離、監視したことに由来している。これらの都市では同じ時期、公衆衛生の専門部局も設置された。
一方、後者の「清潔な環境の保持」の起源について、公衆衛生の歴史に関する書籍
11に従うと、排水施設などを整備していた古代文明に遡るといい、近代的な公衆衛生システムの起源としては、19世紀のロンドンに求められる
12。産業革命以降、急速な都市化が進んだにもかかわらず、ごみや下水、汚泥などの処理システムが整備されておらず、しばしばコレラなどの伝染病が発生した。その際、コレラ菌が発見されておらず、その発生原因も明らかになっていなかったため、空気中の粒子が感染を生むという「瘴気説」が有力視されていた。
これに対し、ジョン・スノーという医師はコレラ患者の生活を調査するだけでなく、発生した患者の居住地を地図に落とし込むことで、感染した地区の住民が同じ水を飲んでいることを突き止め、不潔な飲み水が原因であることを明らかにした。つまり、コレラの感染患者を多く出した地区の共通点に着目し、その原因を取り除いたのである。スノーの研究については、瘴気説が広く信じられていた当時、必ずしも広範な支持を得なかったが、近代的な公衆衛生の先駆の一つとして見なされている。
こうした「患者の隔離」「清潔な環境の保持」は今回の新型コロナウイルスに関する対応策と共通している。新型コロナウイルスに関しては、現時点で有効な治療方法やワクチンが開発されておらず、PCR検査を通じて把握された陽性者のうち、軽症者や無症状者はホテルで隔離されている。さらに、日常的な予防策としても、小まめな手洗いやアルコール消毒が励行されており、伝統的な感染症対策が復活していることになる。
10 北イタリアの都市国家の事例については、Carlo M. Cipolla(1976)"Public Health and the Medical Profession in the Renaissance"[日野秀逸訳(1988)『ペストと都市国家』平凡社]を参照。
11 George Rosen(1958)"A History of Public Health"〔小栗史朗訳(1974)『公衆衛生の歴史』第一出版〕を参照。
12 イギリスの公衆衛生については、Lee Jackson(2014)"Dirty Old London"[寺西のぶ子訳(2016)『不潔都市ロンドン』河出書房新社]、Steven Johnson(2006)"The Ghost Map"[矢野真千子訳(2007)『感染地図』河出書房新社]を参照。