日本の医療保険制度は、保険診療制であり、患者は定められた診療報酬の定率を負担することから、診療報酬が上がれば、原則として患者本人の負担額が上がることになる。普段であれば、市販薬で済ませるところを、妊娠中だから病院で相談しようと考えるとすれば、それは、まさに、普段より充実したサービスを求めていることであり、サービスを受ければ、医療費に反映されるのだ。
ところが、妊婦加算導入後、会計時に妊婦であることがわかって、上乗せされたといった声があったほか、コンタクトレンズを作るために眼科で検査する等、妊娠とは関係がないと思われる診療でも加算され、本来の目的とは遠い形での加算があったことがSNS上で話題となり批判が出た。
また、薬の飲み方は、授乳期も注意が必要なのに、授乳期には加算されないことや、注意が必要なのは同じなのに、お腹が目立つようになるまで、あるいは妊娠中であることを言わない限り、特別なケアも受けられないが加算もされないことから、メリットが伝わりにくかったと思われる。そのため、「診療が面倒なのは、妊婦だけではなく、高齢者や複数の持病を持った人も面倒なはず」といった声があがったものと考えられる。
そういった中、少子化対策に逆行する等の意見が社会問題となり、自民党の厚生労働部会の働きかけのもと、2019年1月からの凍結が決まった。
診療報酬は、厚生労働省の諮問機関である中央社会保険医療協議会(以下「中医協」とする。)で決められる。中医協は、支払側(保険者、被保険者の代表)、診療側(医師、歯科医、薬剤師等)、公益委員の三者で構成されており、診療報酬は、三者同意で決定されている。見直しが必要な場合は、中医協が改定の影響を調査・検証したうえで、次の改定のタイミングで修正してきた。しかし、妊婦加算の凍結については、厚生労働部会の議論を受けて厚労大臣が期途中で凍結を発表したもので、異例な形と言える
1。
凍結当初は、加算要件を厳格化し、改めて国民に周知を行った上で、2020年4月に制度の形や名称を変えて復活するといった話もあった。しかし、2020年2月7日の答申で、妊婦加算やそれに類する加算項目は廃止され、妊婦に限らずすべての患者を対象として、紹介先の医療機関が紹介元の医療機関に治療情報を提供する場合に診療報酬で評価する
2ことが決まった。
1 今回の「妊婦加算」と似たようなことが、過去にも起きている。2008年度に新設された「後期高齢者診療料」と「後期高齢者終末期相談支援料」である。「後期高齢者診療料」は、高血圧や糖尿病などの慢性疾患を抱える後期高齢者の外来診療においては、担当医(今でいう「かかりつけ医」)を決めて、その担当医が他の診療科の治療スケジュール作成や入院先の紹介など、継続して関わることを評価するために新設されたが、診療報酬が定額であったため、丁寧な診療ができないという医師の声があがった他、年齢による切り分けについて世間からの批判が集まり、2010年に廃止された。「後期高齢者終末期相談支援料」は、終末期における診療方針等について、患者本人や家族、医療従事者が十分話し合いを行うことを促進するものであったが、延命措置の中止を迫られているような気がする等、不安の声が広がったことから3か月で凍結された。
2 診療情報提供料III
3――新たな加算では、すべての患者について、紹介元の医療機関に治療情報を提供する場合を評価