(3) 高度安全運転支援システム「ガーディアン」の開発に同時並行で取り組む背景
TRIがショーファーの開発に挑む一方で、人間が運転することを前提に広い走行領域に適用され得る、高度安全運転支援システムであるガーディアン(Guardian)の開発に同時並行で取り組むのは、完全自動運転が社会実装され、交通事故が大幅に減少する時代が長期的に訪れたとしても、そこに至る期間においても、自動車メーカーとして手をこまねいているわけにはいかない、というスタンスからだ。この点が、これまでも世の中に多くのクルマを送り出してきた自動車メーカーと、最初から主として無人運転による新しいモビリティサービスの提供を目指して、自動運転技術の開発に取り組む、デジタル・プラットフォーマーなど異業種からの新規参入組との、大きなスタンスの違いではないだろうか。
ガーディアンは、「人間の能力を置き換えるのではなく増大させるという考え方」で開発されており、「これから起こりうる事故を予測、ドライバーに注意を喚起し、ドライバーの操作と協調して修正制御を行う場合を除き、ドライバーは常に車のコントロールを行うことになり」、「人間と自動運転システムがチームメイトとしてお互いのベストの能力を引き出すようなシームレスで調和的な運転システム(※車両制御)である」
27。完全自動運転システムのショーファーと同様のテクノロジーが、惜しげもなくあえて安全運転支援システムのガーディアンに注入されており、自動車メーカー各社が既に搭載している、衝突被害軽減自動ブレーキ機能などのADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)をより強力に進化させたものとなる。
この点は、AIの利活用について極めて有益な示唆を与えてくれる。「AIは、人間の労働(ここではクルマの運転操作)を奪うのではなく、人間と共生する良きパートナーとして、人間の潜在能力を引き出し能力を拡張させるために利活用すべきである」
28と筆者は考えているが、ガーディアンは、まさに人間の能力を拡張させるためのAI利活用の先進事例である、と評価できよう。
また、ギル・プラット氏は「自動運転の最も重要なメリットは、車を自動化させるということではない、ということです。そうではなく、ヒトが自立して自由に動き回れることだと考えます。自動運転とは、まず出来る限り多くの命を極力早く救えるようにし、かつドライビングをより安全に、しかし一方でより心を揺さぶるようなものにすることです」
29とCES2019にて述べており、「自動運転で"Fun-to-Drive"(※運転する楽しさ)を目指している」
30。この点も、異業種参入組との大きなスタンスの違いだろう。ガーディアンは全走行を通して、道路状況やドライバーの反応をドライバーに意識させずに見守るとともに、ドライバーのミスや弱点をカバーすることにより、ドライバーは、車を自分の体の延長のように自由にコントロールしているように感じるが、実際には、ガーディアンがドライバーに運転を教え、ドライバーをフォローしているのだという
31。
一方、デジタル・プラットフォーマーなど異業種参入企業は、むしろ運転タスクから人間を解放し、車内空間での新たな生活/ビジネスシーンを提案することにより、クルマを「再定義」「再発明」
32し、自動車関連産業に「破壊的イノベーション」
33を起こそうとしているのではないだろうか。
さらに、ギル・プラット氏は「『ガーディアン・フォー・オール(Guardian for all)』という取り組みも最近始めました。『ガーディアン・フォー・オール』という考え方は 開発したシステムをトヨタのクルマだけでなく 他社のクルマにも使ってもらうという考えです。私たちだけのガーディアンではなく、みんなのガーディアンなのです。人命が、一番大切だと信じているので、私たちは、全てのクルマ会社に この技術を提供したいと思っています」
34と述べている。トヨタ自動車は、2015年に同社が単独保有している燃料電池関連の全特許の実施権を無償で提供することを発表して以降、「新技術・先進技術の占有より普及を優先する知的財産戦略」へ、自動車産業においていち早く転換したとみられ、「ガーディアン・フォー・オール(ガーディアンを全ての方に)」もその一環とみられる
35。
ガーディアンが運転支援システムとして単独で搭載される場合、前述の通り、ドライバーが常に車のコントロールを行うことから、運転自動化レベルは図表1の定義によれば、レベル2に相当すると推測されるが、トヨタ自動車では、このようなケースにとどまらず、レベル4以上の完全自動運転システム用の「冗長システム」(システムに障害が発生するケースに備えて、予備装置を配置・運用しておくもの)としてガーディアンが搭載されるケースも想定している。ギル・プラット氏は、「ガーディアンは、トヨタの、もしくは他社製の自動運転システムを監視する手段として追加もできます。これはガーディアンのキーとなる能力です。なぜなら、昨年のCESで発表しているように、私たちは、ガーディアンを、Mobility as a Service(MaaS)向けに開発するe-Paletteに標準装備として組み込むことを計画しているからです。これにより、モビリティサービス会社は、どのような自動運転システムを使っても、トヨタのガーディアンを一種のフェイルセーフ、すなわち(※レベル4以上の)ショーファー型自動運転システム用の冗長システムとして使うことができます。つまり、ガーディアンはトヨタにとって、いわばベルトとサスペンダーのような二重のシステムであるということです」
36とCES2019にて述べた。
ガーディアン・フォー・オールによる先進テクノロジーの普及を含めたガーディアンの開発哲学から、可能な限り多くの人命を救うという、自動車メーカーとしての社会的責任を果たそうとする、トヨタ自動車の強い気概・高い志が感じられる。
このように、トヨタ自動車は、難易度の高い最先端のレベル4以上の完全自動運転システムであるショーファーの開発に果敢にチャレンジしつつ、出来る限り多くの人命を極力早く救うための当面の現実解として、広い走行領域に適用され得る、高度安全運転支援システムであるガーディアンの実用化・普及を急ぐという、自動運転技術の「二刀流戦略」を取っている。この二刀流戦略は、両システム間でテクノロジーの共用がなされている点で極めて合理的であるとともに、同社の高い志に裏打ちされたものであり、社会的意義の極めて高い取り組みとして高く評価されるべきだ。
27 注12と同様。ただし、(※ )は筆者による注記。
28 AIの利活用の在り方に関わる筆者のこのような考え方については、拙稿「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日、同「AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」『ニッセイ基礎研所報』2019年Vol.63、2019年6月を参照されたい。
29 注12と同様。
30 トヨタイムズ2019年8月2日「AI界のカリスマ、トヨタの自動運転を語る」より引用。ただし、(※ )は筆者による注記。
31 トヨタ自動車ホームページ2019年1月8日「CES 2019 トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)ギル・プラットCEOスピーチ参考抄訳」などを基に記述した。
32 アップルの創業者のスティーブ・ジョブズ氏は、2007 年1月に初代iPhone を発表する際に、「電話を再発明する(reinvent the phone)」と宣言した。
33 ここでは、「将来の顧客を見据えて全く新しい価値を創出することにより、競争のパラダイム転換を起こし従来製品の価値を破壊してしまう抜本的なイノベーション」という意味で用いた。
34 注30と同様。このような考え方は、ギル・プラット氏がCES2019にて発表した。
35 筆者は拙稿「第4章イノベーション促進の触媒機能を果たすソーシャル・キャピタル」『ソーシャル・キャピタルと経済─効率性と「きずな」の接点を探る─』(大守隆編著)ミネルヴァ書房、2018年にて、米テスラモーターズによるEV関連の、およびトヨタ自動車によるFCV(燃料電池車)関連の、特許無償開放について、「これまで自動車産業では見られなかった動きが出てきている」と指摘した。さらに、トヨタ自動車は、2019年4月にハイブリッド車(HV)開発で培った車両電動化技術の特許実施権を無償提供することを発表した。
36 注12と同様。ただし、(※ )は筆者による注記。