1|経済への下押し圧力
(1)英国
EU離脱が英国経済に及ぼす影響については、国民投票の段階から、様々な機関による試算が行われてきた
13。メイ前首相の合意がまとまった18年11月には英国政府とイングランド銀行(BOE)が報告書をまとめている
14。多くの試算に共通するのは、どのような形にせよ離脱は英国経済にとってマイナスだが、「合意なき離脱」の悪影響は最も大きいという点だ。「合意なき離脱」こそ「成功へのレシピ」とする離脱派のエコノミストの試算結果は例外的だ
15。
「合意なき離脱」直後の混乱は、離脱期限の延期で、対策のための時間的猶予が設けられたこともあり、当初想定されていたよりは穏当と見られるようになっている。しかし、CBI(2019)は、中小・零細企業では無駄なコストとなる懸念や、そもそも余裕がない、クリスマス商戦を控える時期で倉庫等の確保が困難といった理由から対応が進んでいないことを指摘している。ある程度の混乱は避けられないだろう。漏洩した政府の機密文書に基づいて、英紙サンデー・タイムス
16が報じた「合意なき離脱」により想定される影響では、「ドーバー海峡を通過する物流の混乱が通常の50~70%の水準に戻るまでに3カ月程度を要する」、物流の遅延による「ロンドンや英国南東部での燃料供給の混乱」、「生鮮食品の不足と価格高騰」、「医薬品の供給不安」、「社会的ケアのコスト上昇」さらに「アイルランド国境管理の復活」、「英国全土での抗議活動の拡大」などが挙げられている。
「合意なき離脱」の影響は、正確に予測することは困難だが、数年にわたり持続するとの見方も、多くの専門家らに共通する見解だ。
予算編成のためのマクロ経済予測、財政運営の監視機能を担う英国予算責任局(OBR)は、2年に1度まとめる「財政リスク報告書」
17で、「合意なき離脱」の場合の「ストレス・テスト」を行い、2020年度~22年度までの3年間でGDP比1.4~1.5%相当の年300億ポンド(3兆9000億円)借入が増加すると試算した。税収の下振れリスクは大きいと指摘している。
国連貿易開発会議(UNCTAD)
18は、9月3日、「合意なき離脱」が英国の貿易にもたらす損失について、EUへの輸出では、関税の引き上げ幅が大きくなる自動車や衣類、食品などを中心に少なくとも160億ドル(1ドル=106円換算で1兆7000億円)の損失が発生するとの推計結果を公表した。非関税障壁や国境審査、国境をまたぐ生産ネットワークに混乱が生じれば、損失はさらに拡大するという。UNCTADは、「貿易継続性協定」が未締結で、英国がEU加盟国として締結したFTAなどが消失するおそれがあるトルコ、南ア、カナダ、メキシコ、日本などとの貿易でも損失が発生すると推計する 。
シンクタンク「The UK in a Changing Europe」
19は、9月4日に、「合意なき離脱」への対策の進捗状況を整理した上で、起こり得る結果についての報告書をまとめている。「合意なき離脱」の結果は、家計や企業、政府の反応や、英国とEUの交渉の再開の見通しなどに依るため「予測不能」としている。
対策と企業の対応に関するCBI
20の報告書も、「合意なき離脱」の影響は何年にもわたり続くとし、「合意」の大切さを強調している。