(2) 事例:最先端の壮大な新本社屋Apple Parkを構築したアップル
アップルでは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万㎡)に構築した、新本社屋Apple Parkに約12,000人の従業員が移転した
21。Apple Parkの総工費は50億ドル
22と言われており、自社ビルへの投資としては極めて巨額だ。
この新キャンパスの構築は、創業者の亡きスティーブ・ジョブズ氏が直接指揮・主導したプロジェクトだった。アップルから一時退いていたジョブズ氏が1986年に買収した、ピクサー・アニメーション・スタジオ
23において、ジョブズ氏は、従業員間のコラボレーションを促す先進的・創造的なオフィスデザインをいち早く取り入れ、創造的なオフィスづくりを指揮・主導した。Apple Parkについても、ジョブズ氏は、「創造とコラボレーションの拠点たれ」と思い描いていたという
24。アップルのChief Design Officer(CDO:最高デザイン責任者)であるジョナサン・アイブ氏が述べている通り、ジョブズ氏ほど、「従業員にとって活気あるクリエイティブな環境の創造と支援に多大なエネルギーを費やしてきた」経営者は、いないのではないだろうか。
Apple Parkのメインのオフィス棟は、世界最大規模の曲面ガラスですっぽりと覆われた、円環状(ドーナツ状)をした低層の4階建ての壮大かつ巨大な建物(床面積は約26万㎡)であり、宇宙船のようなリング形の建築のため、「リング(指輪)」と呼ばれる。Apple Park内には、リングの他に、Apple Store(アップル直営の小売店舗)、一般にも開放されるカフェを併設したビジターセンター、10万平方フィート(=約9,290㎡)規模の社員向けフィットネスセンター、セキュリティで管理された研究開発施設、「Steve Jobs Theater」と命名された席数1,000のシアターなどが設置されている。また、リング内側の広大な緑地部分(中庭)には、社員用として各2マイル(=約3.2km)の長さに及ぶウォーキングおよびランニングコース、果樹園、草地、人工池も設けられており、従業員の健康にも十分配慮した設えとなっている。
環境面では、乾燥に強い約9,000本ものカリフォルニア原産の樹木をキャンパス内に植樹している。またCEO(最高経営責任者)のティム・クック氏が「Apple Park内の建物は、世界で最もエネルギー効率に優れたものの1つで、新キャンパスは完全に再生可能エネルギーだけで運営される」と述べている。屋上部分に17メガワット分のソーラーパネルを設置したApple Parkは、敷地内で太陽エネルギーを運用する世界最大規模の施設になるという。この太陽光パネル設備や4メガワットのバイオガス燃料電池などの再生可能エネルギーで使用電力の100%を賄っている。また、自然換気型の建物としては世界最大で、1年のうち9か月間は暖房も冷房も不要になると見込まれている。これらの環境配慮の取組により、Apple Parkは、今や北米最大のLEEDプラチナ
25認証取得オフィスビルとなっているという。
最先端の建築技術や環境技術などを惜しげもなく駆使し、従業員の創造性やコラボレーション、健康の促進に重点を置いた、Apple Parkは、ジョブズ氏にとってクリエイティブオフィスの集大成だったのではないだろうか。アイブ氏は、「新キャンパスでは、最も先進的な複数の建物をなだらかな起伏の緑地と連結させることで、人々の創造、協力、協働の場としてふさわしい、開放的な環境を生み出すことができた」と述べている。また、クック氏は「ジョブズ氏は、Apple Parkを今後何世代にもわたってイノベーションの拠点とすることを企図していた」と述べており、ジョブズ氏は、会社がこだわり続けて変えてはいけない、世界を良くしたいという社会的ミッションや経営理念・企業文化の象徴として、Apple Parkを位置付けていたのではないかと思われる。
Apple Parkの事例考察から導出できる、日本企業へのインプリケーションは、従業員の創造性・コラボレーション・健康の促進を通じたイノベーションの継続的な創出、企業文化の醸成や経営理念の体現のためには、ワークプレイスへの戦略投資を惜しんではいけないということだろう。アップルのように、ワークプレイスへの投資に50億ドルもの巨額の資金を投下できる企業は、世界的にもそう多くはないだろう。日本企業にも50億ドル規模のオフィス投資を推奨するわけではないが、クリエイティブオフィスの重要性を十分に認識せずに、オフィス投資に根拠も無く保守的なスタンスを取ることだけは避けて欲しい。さもなければ、国際競争の土俵に上がることすら出来ないということを、日本企業は肝に銘じるべきではないだろうか。
21 2017年2月22日発表のプレスリリースでは、2017年4月から移転を開始し、移転の完了には6か月以上かかり、建設工事は2017年夏一杯まで行われる予定としていた。旧本社もクパチーノに立地していた。米国の大企業の本社は、広大な敷地に構築されることが多いため、本社施設全体を「キャンパス」と呼ぶことが多い。
22 アップルは公表していないが、多くのメディアが50億ドルと報道している。
23 ジョージ・ルーカス氏が設立した映像製作会社ルーカスフィルムのコンピュータ部門をジョブズ氏が買収し、ピクサーとして独立させたもの。2006年よりウォルト・ディズニー・カンパニーの完全子会社となっている。
24 アップル「Apple Parkを社員向けに4月オープン」『プレスリリース』2017年2月22日より引用。Apple Parkの施設概要、ティム・クック氏やジョナサン・アイブ氏のコメントに関わる以下の記述については、同プレスリリースを引用・参考とした。
25 LEEDプラチナは、米国発の国際的な建築物の環境性能評価制度「LEED」における最高評価レベルである(脚注19を参照)。