3|多様な働き方など多様性を尊重する視点
(1)二者択一ではない多様なニーズに応じた働きやすい場の提供が重要
前述した通り、社内のインフォーマルなコミュニケーションやコラボレーションの活性化を促進するオフィスづくりは、企業内ソーシャル・キャピタルを育むために不可欠だが、一方で個々の従業員の能力や創造性を最大限に引き出すためには、個々の多様なニーズを尊重し、それらに最大限対応できる働きやすい場の多様な選択肢を従業員に提供できることが望まれる。柔軟性(flexibility)や多様性(diversity)を備えたオフィスデザインは、従業員に働き方の自由度を与え、多様な働き方をサポートすることで、従業員のオフィス環境に対する満足度や士気を高め、生産性の向上やイノベーション創出につながり得る。
従業員同士が交流しやすいオープンなオフィス環境では、集中して取り組む業務の妨げになったり、透明性が優先されて必要なプライバシーを確保できないなどのデメリットが生じるかもしれない。また、同じ従業員でも、その時々に取り組んでいる業務の内容や気分によって、働く場に対して異なるニーズを持つことはあり得るだろう。さらに、従業員の嗜好や性格特性により、オープンなオフィス環境で絶えずコミュニケーションを取りながら業務を行うことを好む人もいれば、そうではなく、自席で黙々と業務に集中したいという人もいるだろう。
すなわち、在るべきオフィス空間では、従業員同士の交流を促すオープンなオフィス環境と集中できる静かなオフィス環境の二者択一ではなく、両極端にある両方の要素(オプション)を共存させてバランスを取らなければならない。また、この相反する2つの要素の間には、例えば少人数で密度の濃いミーティングをじっくり行える分散した小さな部屋など、多様なオプションが存在するだろう。集中できるスペースにも、個室、自席を自分の嗜好でカスタマイズすることが許容される固定席、画一的な固定席、だれでも自由に利用できる集中ブースや集中コーナーなど、多様な選択肢が考えられる(図表2)。一方社外には、メインオフィスと在宅勤務の間に、サテライトオフィスやシェアオフィスなどのオプションが存在しており、それらのサードプレイスオフィスを活用することも考えられよう。
オープンなオフィス環境と集中できるオフィス環境をスペースとしてどのようなバランスで取り入れるのか、その中間にある多様なオプションのどれをどのくらいのスペースで取り入れるのか、などの判断には、従業員の多様なニーズを最大限幅広く反映させることが望まれる。従業員から「会社では周りが騒がしく集中して作業ができないので、自宅に持ち帰って仕事をしなければならない」、「社内には打合せを手軽にできるような簡易なスペースがないので、社外のカフェで打合せをしなければならない」というような意見が出るオフィス環境は本末転倒であり、創造的な環境には程遠いと言わざるを得ない。
クリエイティブオフィスでは、様々な利用シーンを想定した働く場の多様でバランスの取れた選択肢が従業員に提供され、従業員はその時々に取り組んでいる業務の内容、性格特性やその時々の気分など精神的ニーズに応じて、その選択肢の中からオフィス空間を自由に使い分けられることが極めて重要だ。世界最大級の総合不動産サービス会社である米ジョーンズ ラング ラサール(JLL)は、働くスペースやツールの選択の自由が与えられていることを「Empowerment(エンパワーメント)」と呼び、働く場所や働き方により多くの選択肢が与えられている従業員の方が、より高い「Engagement(エンゲージメント:会社との結びつきや愛着)を示す、と指摘している
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オフィス空間に多様性を取り込むと、完全にオープンなオフィス空間や画一的な固定席のみを並べたオフィス空間など、どちらか一方にスペックを統一した均質なオフィス空間に比べ、施工や維持管理の面でコスト高となるものの、多くの従業員からの支持を得て業務の生産性は大幅に向上し、トータルでの経済性は画一的なオフィス空間より高くなるとみられる。