2|
ROS向上に資するCRE戦略の主要な事例
前節で述べた一つ目の経営視点に対応した、ROS向上に資する中期経営戦略をサポートするCRE戦略について、以下に考えうる主要な戦略例を挙げてみたい。
(1)主要事例1:イノベーション創出に資するクリエイティブオフィスの構築・運用
一つ目の戦略例として、イノベーション促進に向けたR&D拠点や本社などでの創造的なオフィスづくり、すなわちクリエイティブオフィス
16の構築・運用が挙げられる。グローバル競争が激化する中で、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくためのオフィス戦略が重要になっている。オフィス空間の意義は、人と人との直接のコミュニケーションとコラボレーションを通じて、画期的なアイデアやイノベーションが生まれることである。
先進的・創造的なオフィスづくりの共通点は、オフィス全体を街や都市など一種のコミュニティととらえる設計コンセプトに基づいているということである。具体的には、カフェ、広間、開放的な階段やエスカレーターなど、インフォーマルなコミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースを効果的に設置し、組織を円滑に機能させる従業員間の信頼感やつながり、すなわち「企業内ソーシャル・キャピタル」を育む視点を重視していることだ。加えて、省エネ・温暖化ガス削減など地球環境への配慮も志向している。そして最近では、従業員の心身の健康への配慮、すなわち「健康経営」の実践も追加すべき重要な要素となってきている。
先進的なグローバル企業は、既にこのような考え方を実践しており、欧米を中心にオフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に入っている。海外の先進企業では、全く新しい価値を創出して競争のパラダイム転換を起こし、既存の製品・サービスの価値を破壊してしまう画期的なイノベーション、いわゆる「破壊的イノベーション」
17を起こすような製品・サービスの企画開発には、外部組織の叡智・技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」
18の推進とともに、クリエイティブなオフィス環境の整備が必要条件であると考えられている。
創造性豊かで能力の高い人材は、仕事をライフワークととらえ、仕事と生活を融合一体化させる働き方を志向している。このような人材の確保・定着のためには、企業は、創造的で自由なオフィス空間の整備と柔軟で裁量的なワークスタイルへの変革を、セットで推進することが求められている。米シリコンバレーでは、ハイテク企業の間で人材の引き抜き合戦が激しく繰り広げられており、企業は、優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない。日本企業では、オフィス環境の整備の巧拙が人材確保に大きな影響を及ぼすとの危機感は、未だ欠如しているのではないだろうか。
クリエイティブオフィスの基本的な設計コンセプト、すなわち「基本モデル」は、前述の「先進的・創造的なオフィスづくりの共通点」で具体的に述べたようなものにほぼ固まりつつあり、近未来や次世代のオフィスでも、この基本モデルは大きく変わらないだろう。企業がクリエイティブオフィスの基本モデルを一刻も早く取り入れ、それに「魂を入れて」、構築・運用を始めるべき時代が到来していると言えよう。筆者は、クリエイティブオフィスの基本モデルという器に注入すべき「魂」とは、前述のワークスタイルの変革とともに、何よりも重要なのが各社の経営理念であると考える。そして、「魂を入れる」とは、経営理念にふさわしいオフィスのロケーションの選択、インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築、オフィスの愛称の選択などを実践することである
19。
経営トップには、クリエイティブオフィスを構築する段階で、オフィスに経営理念をしっかりと埋め込み、オフィスを経営理念や企業文化の象徴と位置付けて、全社的な拠り所となる求心力を持つ場に進化させていくことが求められる。そしてクリエイティブオフィスの運用段階では、ワークスタイルの変革を遂行しなければならない。クリエイティブオフィスの基本モデルに「魂」を注入するということは、基本モデルを各社仕様にカスタマイズして実際に起動させるプロセスであると言える。
クリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、未だごく一部にとどまっている。今「働き方改革」について国を挙げて議論されているところだが、経営トップは、先進的・創造的なオフィスづくりを働き方改革推進のドライバーに位置付けるべきだ。CRE部門は、事業、立地、ファシリティマネジメント(FM)、HRM、IT、企業財務などの各戦略と連携し整合性を取りながら、クリエイティブオフィスの構築・運用において主導的な役割を担い、経営トップを強力にサポートすることが求められる。
16 クリエイティブオフィスの考え方や先進事例については、拙稿「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号、同「クリエイティブオフィスの時代へ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日を参照されたい。
17 ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した考え方。破壊的イノベーションの概説については、拙稿「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年10月24日を参照されたい。
18 オープンオープンイノベーションについては、拙稿「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007 年8月号を参照されたい。
19 経営理念にふさわしい各々の具体例としては、オフィスのロケーションでは創業の地、内装を含めた不動産としての設えでは、フラットな組織を志向する経営トップが島型対向レイアウトではなくユニバーサルレイアウトを選択すること、オフィスの愛称では、創業の精神、今後の経営の方向性、オフィスの設計コンセプト等を連想できるようなもの(例:街をモチーフとした設計デザインであれば、「シティ」という言葉を入れ込む)、等が挙げられる。