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米連邦地裁、Googleへの是正措置を公表~一般検索サービス市場における独占排除

2025年10月22日

(松澤 登) 保険会社経営

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4|追加の行動上の救済策
(1) 広告の透明性と広告主コントロールの救済策
原告はGoogleが広告主に対して個別クエリレベルの広告データを提供することを主張している。Googleは個別クエリレベル以外の情報はすでに提供している。しかしクエリレベル、すなわち広告ごとのデータを提供することになるとその情報量は爆発的に増加する。かつ、追加のデータ開示が競争を刺激することを原告は示していないため、裁判所はこの救済策を否定する。

原告はまた、広告を掲出する際のキーワードの合致を厳格に求める2014年以前の状態に戻すよう主張している。現時点ではキーワードの一部合致のみで広告を表示する方法しかない。これにより広告の厚みが増し、Googleの収益が増加したという経緯がある。ただ、原告はキーワード合致の再厳格化が競争促進の観点から意味があると立証しなかったため、裁判所はこの救済策を否定する。

次に原告はGoogleに対して広告データのリアルタイムに開示することを求めている。責任裁判では広告主がリアルタイムデータを利用できるかどうかについての記述はない。この主張は前提を欠き、したがって裁判所は受け入れない。

さらに原告は、Googleが、入札制度に変更を加えた場合、原告および技術委員会に毎月、前月に行ったすべての変更の概要を示すレポートの提供を要求する。Googleは公表されない広告入札制度の修正を通じて、広告主を失わずテキスト広告の価格を引き上げてきた。この救済策はGoogleによる価格引き上げ行為の隠ぺいを抑制することを適正に求めており、Googleの過重負担とならない範囲で採用される。

(2) 公的教育基金
原告は公的な教育キャンペーンを行うべきことを主張する。しかし、原告は独占配布契約が利用者の検索エンジン選択に関する意識に何らかの影響を与えたとの関連性を示していない。また、具体性にも欠け、救済策としては採用されない。

(3) 媒体社関連の救済策
原告は媒体社のウェブコンテンツまたはデータのGoogleによる排他的なアクセスを禁止することを主張する。しかし、原告はGoogleが媒体社と排他的なコンテンツ配布契約を締結したという証拠を提示しなかった。したがって媒体社関連の救済策は否定される。
5|報復防止・行政的救済
(1) 報復防止の救済策
原告は、Googleが、ある人物がさまざまな行為を行い、または行おうとすることを知ったことによる報復をどのような形であれ禁止することを主張する。原告がこの禁止が必要なのは、Googleが独占的違法行為を繰り返すことを完全に防止する具体策がない以上、違法行為を繰り返す可能性があるためであると主張する。

しかし、先例によれば差止命令の発出にあたっては、正確にどの行為が違法であるかを明示的に示す必要があるとされており、本救済策の主張は法定の差止要件を満たしていない。

(2) 技術委員会
原告は、本判決の執行と遵守を促すために、裁判所が技術委員会を設立することを提案している。原告の提案によれば、5人の委員で構成される。まず原告国と原告州とが1名ずつ任命し、Googleが1名を任命する。この3名(常任メンバー)が多数決で他2名の委員を指名する。マイクロソフト裁判でも執行支援のため類似の機関を設立している。

技術委員会は事業売却の関する責任を負わないが、以下の重要な機能を果たすものとして設置される。すなわち1)原告に認定競合者候補を推薦する、2)認定競合者に適用される合理的なデータ安全基準を推奨する、3)ユーザー側データ開示にかかる適切な上限設定を助言する、4)ユーザー側データの適切なセキュリティとプライバシー保護について原告と協議する、5)検索結果シンジケーションの毎年の認定競合者の利用率上限の設定の算出数式の構築につき助言する、6)認定競合者の検索結果シンジケーション利用について監査する。7)Googleから入札制度変更についての開示を受けることである。

(3) 自己優先の禁止
原告は、自己優先を禁止することを主張する。たとえば、一般検索エンジン、検索アクセスポイント、生成AI製品またはデバイス上のAIを明示的もしくは暗示的に強制することを禁止することを主張する。

裁判所はこの救済策を否定する。原告が排除しようとする自己優先行為は責任裁判で違法とされた行為と同質のものではない。たとえば米国で行われる検索の20%はデフォルト設定されたChromeによるものだが、そのようなGoogleの自己選好が違法であると主張されたことはなかった。また自己優遇の救済策はGoogleの競争力を制約するという面でも行き過ぎである。たとえばGoogleがChromeでGeminiを自己優先することの禁止についてみる。これに関しては、他の巨大IT企業でもMetaがInstagramとFacebookで生成AIモデルを提供している。MicrosoftもCopilot をEdgeとBingに統合している。独占禁止法にかかる救済策を策定するにあたっては、通常の商慣習に干渉する意図を有してないことが重要視されるため、本救済策は採用されない。
6|判決の発行日・期間
判決の有効な期間について、原告は10年を主張するが、10年という期間では本救済策は陳腐化する恐れがある。他方、Googleの主張する3年では10年以上にわたってGoogleの独占が継続していたことを踏まえると不十分である。このことから裁判所は6年という期間を設定する。また発行するのは判決後60日とする。

7――検討

7――検討

1|構造的救済策の否定
最も注目されていたのが構造的救済策の採否である。本判決はGoogleに対して、ChromeおよびAndroidの売却を命じなかった。Microsoft裁判においては地裁で、Windowsと抱き合わせていた閲覧ソフトであるインターネットエクスプローラーなど一部製品の売却を命じたが、控訴審で破棄・差し戻しとなった。本判決はMicrosoft裁判の判断枠組みを基本的に踏襲しつつ、構造的救済策を否定した。

具体的な法的説明としては、行われた反競争的行為と採用される救済策に「重要な因果関係」があることを原告が立証しなかったことが挙げられている。本判決はGoogle製品の優秀性が独占状態を作り出した一因として認めており、この点から反競争的行為と構造的救済策の重要な因果関係が存在しないとして構造的救済策を認めなかった。Googleをはじめとする巨大IT企業で反競争的行為が問題とされるのは、まさに規模が大きいからである。そしてそれはプラットフォーム提供者特有のネットワーク効果もあるが、その前提として製品が優れていることがある。巨大IT企業では共通して、「優秀な製品」⇒「ネットワーク効果」⇒「独占」という流れがあり、この流れがある以上、構造的救済策の採用は今後も一般にむつかしいと考えられる。

また構造的救済策よりも「深刻でない救済策」が不十分である可能性があると原告が立証しなかったことが挙げられている。裁判所が採用した救済策がこれに該当するが、詳細は次項で述べる。なお、あくまで不十分である可能性を原告が立証できなかったのであり、立証責任の問題を別にして、本判決の措置で十分であるかどうかは現状では判断のしようがなく、今後の動向次第ということになろう。それほど本判決の判断の評価は難しい。
2|実施される救済策
上述のより深刻でない救済策としては本判決で措置するよう命じた主には3点、すなわち(1)Googleが排他的な配布契約を委託製造業者等と締結することの禁止、(2)検索インデックスデータやユーザー側データの認定競合者への提供、(3)一部の検索結果シンジケーションを認定競合者に実施することがある。

(1) 排他的な配布契約についてはGoogle自身が責任判決の後に修正を行っている。修正後の内容は委託製造業者等の任意のGoogle製品の配置に対して収益分配金を支払うといったものである(任意配布契約)。本判決でも述べている通り、任意配布契約では委託製造業者等がそのままGoogle製品をデフォルト設定する可能性が高く、これだけでは措置として不十分である。欧州では選択画面の表示を義務付けているが、これも効果が薄いことは判決が述べる通りである。そこで②③の対応が必要となる。

(2) 本判決では競合者を認定し、データ共有をすることでGoogleの競合者を育成し、独占状態を解消しようとする。本判決はGoogleの支配力の根幹として、巨大なクエリを基盤としたGoogle製品の優位さをおいている。そのため巨大なクエリに裏打ちされたデータ共有による優位性の解消を求める。検索インデックスのデータはGoogleがウェブ巡回し、インデックス化したものであるが、これを高品質化したのは巨大なクエリに基づくとの裁判所の認識がある。またユーザー側データも検索品質を向上させる重要な情報源とする。これにはGoogleのGlueと呼ばれるユーザーの反応を記録したシステムやRankEmbedと呼ばれるランキングモデルがある。これらシステムが構築したモデルや信号ではなく、これらシステムの基礎となっているデータについて、巨大なクエリが元になっていることからデータ共有を命じた。

(3) 検索結果シンジケーションは検索結果を認定競合者に提供するものである、上記(2)がクエリに基づく基礎データを提供するのとは別に、クエリの反応である検索結果そのものを提供させる。特に裁判所が重視するのは、Googleが得意とするロングテールクエリ、ローカルクエリ、およびフレッシュクエリである。これらは巨大なクエリが存在しなければ競合者は応答できない。これら検索結果を提供させることで、競合者が十分な競争力を短期間に備えることを裁判所は期待している。
3|生成AI
ここ数年のAI、特に生成AIの発展は目覚ましい。物事を調べることと、文章や画像を作成することなどに生成AIが利用されている現状を鑑みると生成AIのかなりの機能が検索機能に近しいものと考えられる。事実、Googleの検索結果ページに「AIによる概要」が掲示され、また新しいスマートフォンにはGeminiアプリがプリストールされている。

もし、物事を調べることが、一般検索から生成AIにとってかわられる途上にあるのだとしたら、一般検索のみを判決の対象にすることは現状を無視していることになる。他方、今後の予測は本判決にある通り「水晶玉を覗く」こととなる。その意味で本判決では生成AIにつき一般検索を一部代替・補完するものと位置づけ、排除措置の対象に含むこととした。このことは責任判決で触れられた論点ではなかったことから各種報道でも注目を集めていた。本判決は生成AIのすべての側面を評価するものではなく、あくまで一般検索の延長線上にあるものとして規律をかけている。

ここでのより根本的な問題はGoogleのGeminiは支配的な生成AIモデルではないことである。本判決によれば米国でのChatGPTのシェアは85%とのことである。たとえば欧州のAI規則において最も問題視されているのは、誤情報や幻覚などのシステミックリスクである6。単独のモデルがシェアのほとんどを確保していることは、そのモデルのひずみの部分が増幅されるということであり、生成AIの規制にあたって適切なのかどうかが問われる。本判決ではGoogleへの責任判決を受けたものであることから、ChatGPTへの判断を下すのは適切ではないことは当然である。ただ、生成AI単独で見たときには、シェアの少ないGeminiへの規制というのが妥当なのかは議論があろう。
 
6 基礎研レポート「EUのAI規則(3/4) ―適合性審査、汎用モデル」https://www.nli-research.co.jp/files/topics/80095_ext_18_0.pdf?site=nli 参照。

8――おわりに

8――おわりに

本判決の検討中に調査したネット情報では、ユーザー側データの処理システムであるGlueやRankEmbedといったモデルが本判決で公表されたことが話題になっていた。これらはGoogleの検索品質向上の肝となるシステムである。Googleにとっては開示したくない情報であっただろう。ただ、本判決を読む限りでは、これらシステムの構築したモデルやモデルの算出結果の提供は回避されており、これらシステムが基礎とするデータのみの提供にとどまっている。

つまりGoogleにとっては最も避けたい結果(=モデル自身の提供)を避けるために、システムの開示を余儀なくされたといえそうである。

裁判所としては、ここまで開示させたのだから、競合者に対してGoogleレベルの検索品質を出すように求めたいと考えるであろう。しかし、本判決で述べる通り、すべてを開示させることは模倣にとどまり、イノベーションを阻害する恐れがある。したがって本判決では認定競合者の創意工夫が求められるのであり、その意味ではGoogleの競合者が十分に育たない可能性は残る。

本判決の設定した6年間という期間内に競合者が育成できなかった場合どうなるかはわからない。再び訴訟になることも考えられるし、あるいは一般検索の概念が大きく変わっている可能性もある。報道によれば一般検索テキスト広告に関する最終判決が審議されている7。特に構造的救済策については本判決が示した方向性が大きく変わることはないと考えられるが、引き続き注視していきたい。
 
7 前掲注3参照。

保険研究部   研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月 取締役保険研究部研究理事
 2025年7月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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