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ドル離れとユーロ-地位向上を阻む内圧と外圧-

2025年09月30日

(伊藤 さゆり) 欧州経済

■要旨
 
  • 第2期トランプ政権(トランプ2.0)の関税政策は、第2次世界大戦後、自らが中核となって形作ってきた自由貿易体制の根幹を揺るがしている。
     
  • ドルを基軸とする国際通貨体制は直接的な攻撃の対象とはなっていないが、トランプ2.0の政策は、ドルの支配的な地位を支えてきた金融政策、金融システム、財政、制度、政治、司法などの安定性や、国際通貨の役割を果たすことへの通貨当局の意思や米国債の安全性に疑いを抱かせる面がある。
     
  • それでも、「ドル離れ」は限定的だ。米国は、経済力や、金融市場の流動性と厚み、地政学的、軍事的パワーで圧倒的な優位にある。ドルに比肩する国際通貨の不在、代替資産などの「受け皿」不足も「ドル離れ」が限定的な理由である。
     
  • ユーロを取り巻く環境の変化は、ユーロが支配的な国際通貨となることを阻んできた安全資産の提供能力、金融市場の流動性・厚み、地政学的、軍事的パワーの強化への動きを引き起こしている。しかし、構造の転換は十分な規模、速度で進みそうにない。
     
  • 欧州が米国に安全保障で依存し、経済・金融面で緊密に結びついていることはドルの代替としてのユーロの可能性を狭める面もある。財政リスクに関わる米国とユーロ圏の不人気競争では、国債市場が国ごとに細分化され、信用力にもばらつきがあるユーロの方が、財政危機が意識されやすい。足もとではフランス発ユーロ危機再燃のリスクが警戒される状況にある。
     
  • ユーロは新自由主義的な世界、冷戦終結後のハイパーグローバリゼーションの時代に誕生し、第2の国際通貨としての地位を維持してきたが、新たな国際秩序の下での地位向上には統合の新次元に踏み出すだけの、政治的な意思とリーダーシップが求められる。
     
  • 現時点では、総論のレベルでは、欧州の結束は維持されているが、各論に入ると各国間の利害対立が表面化し、進展が阻まれるというのが経験則だ。しかも、現在の欧州は、安全保障の危機の渦中にあり、米国からの予測困難な攻撃や、中国との競争という「外圧」と、各国国内における政権への支持の低下という「内圧」が高まっている。政策目標の実現力に不安を抱かざるを得ない。
     
  • トランプ2.0による米国の変容はユーロの地位向上の好機となり得るが、その実現の道筋は狭く、厳しい。


■目次

1――はじめに
2――トランプ2.0の政策とドルの信認
  1|ドルの優位性
  2|トランプ2.0の政策の潜在的な影響
  3|ドル離れの実相
3――ユーロの地位向上の難路
  1|ユーロの課題克服に向けた動きとその限界
  2|米欧関係の緊密性と連動性
  3|フランス発ユーロ危機再燃のリスク
4――おわりに

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり(いとう さゆり)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴

・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職

・ 2015~2024年度 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017~2024年度 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
           「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022~2024年度 Discuss Japan編集委員
・ 2022年5月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
・ 2024年10月~ 雑誌『外交』編集委員
・ 2025年5月~ 経団連総合政策研究所特任研究主幹

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