1|厚生労働省の検討会で論点整理
入居者に対する過剰な介護サービスの提供や、入居紹介業をめぐる事業など、有料老人ホームの運営や提供されるサービスに関する課題が浮き彫りになっております。こうした状況を踏まえまして、現場の実情や意見を踏まえながら、望ましい制度や、運用の在り方について構成員の皆様に幅広く御議論いただきたいと考えております――。有料老人ホームに関して、不適切な事案が相次いで報道されている
1のを受け、厚生労働省が2025年4月に設置した「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」(以下、老人ホーム検討会)の冒頭、このように厚生労働省幹部は挨拶しました
2。
この検討会は業界関係者や自治体幹部、有識者などで構成しており、行政の規制強化や透明性の確保などを議論。同年6月には委員の意見を整理した「課題と論点に対する構成員の意見・ヒアリング内容を踏まえたこれまでの議論の整理」(以下、議論の整理)が公表されました。議論の整理では、下記のような論点が列挙されています(概要を末尾に参考資料として掲載しました)。
1:有料老人ホームの運営及びサービス提供のあり方
・有料老人ホームにおけるサービスの質の確保等
・利用者による有料老人ホームやサービスの適切な選択
・有料老人ホームの定義について
・地域毎のニーズや実態を踏まえた介護保険事業(支援)計画の作成に向けた対応
2:有料老人ホームの指導監督のあり方
3:有料老人ホームにおけるいわゆる「囲い込み」対策のあり方
・住宅型有料老人ホームにおける介護サービスの提供について
・特定施設入居者生活介護について
議論の整理は検討会メンバーの意見やヒアリングの内容を論点ごとに網羅したような形であり、必ずしも一つの方向性に収斂させているわけではありませんが、論点を見ると、見直しの方向性が一定程度、読み取れます。
例えば、1つ目の「有料老人ホームの運営及びサービス提供のあり方」では、特別養護老人ホーム(以下、特養)などの介護保険施設に比べると、設備基準や夜間の体制、人員配置基準が緩い点を意識しつつ、「適切なサービス」の確保に向けた方策が論点として示されているほか、虐待や事故の防止対策を強化する必要性が示されています。
さらに、消費者保護の観点に立ち、入居契約時において説明されるべき事項の再検討に加えて、契約前の説明の徹底とか、入居者紹介事業の透明性確保なども規定。このほか、高齢者住まいに関わるサービス形態が多様化している中、食事や介護(入浴・排泄・食事)、家事(洗濯、掃除)の提供などを求めている現行の有料老人ホームの定義が実情に即しているか、という問題意識も披歴されました。サービスの見込み量や保険料を設定するため、市町村が3年ごとに策定する介護保険事業計画との整合性も論点として示されています。
2点目の「有料老人ホームの指導監督のあり方」では、届出だけで開設できる現行の規制の在り方などが論点として提示されており、規制の強化では「高齢者福祉の視点に基づいた行政の関与や、私的自治への修正の要請が、より強く働かざるを得ないのでは」「過度な規制で民間としての創意工夫や効率性を削ぐことのないよう慎重に検討するべき」という賛否両論が併記されています。
さらに、参入時の規制として、利用者保護の必要性が高い場合に登録制を導入する可能性のほか、有料老人ホームの事業者を規制する「標準指導指針」が行政指導にとどまっているため、強制力を強化する方策も示されています。
行政処分に関しても、悪質な事業者を処分する際の基準が存在しないため、自治体が対応に苦慮している点を引き合いに出しつつ、指導や勧告、公表が可能となる体制を整備したり、業務停止命令など行政処分を下したりできるようにする可能性も言及されています。
最後の3つ目では、有料老人ホームの運営事業者が入居者を囲い込むような形で、独占的に訪問看護サービスなどを提供する状況(いわゆる「囲い込み」)の対策の選択肢が列挙されています。具体的には、「住まい部分の利益を適正あるいは最大に見込み、併設事業所による介護・医療サービス部分の利益も最大に見込んでいるモデル」「住まい部分の利益を最小、もしくは赤字に見込み、併設事業所による介護・医療サービス部分の利益を最大に見込んでいるモデル」などを例示しつつ、過剰と思われるサービスで利益を極大化するビジネスモデルを問題視しました。
その上で、介護サービス計画(ケアプラン)を策定するケアマネジャー(介護支援専門員)の独立性や中立性の確保に向けた環境整備として、ケアマネジャーの独立性を尊重している旨を明記させる選択肢を提示。施設長や管理者に相当する責任者の研修、相談担当者の設置、入居予定者への重要事項説明の可能性なども列挙されました。
さらに、ケアプラン点検に当たる市町村の支援として、不適切とされるような事案が見付かった場合、簡単に情報を把握できる体制整備とか、同一法人がサービスを提供する場合に地域との交流を通じて透明性を高めることも論点として盛り込まれました。
このほか、有料老人ホームの内部で介護サービスを提供する「特定施設入居者生活介護」との整合性も示されており、実態として囲い込みが内部付けサービスになっているのであれば、特定施設入居者生活介護への移行を促す必要性も提示されました。
こうした論点を踏まえつつ、経済財政政策の方向性を示す2025年6月の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」でも「有料老人ホームの運営やサービスの透明性と質を確保する」という文言が入りました。
1 この関係で筆者は2025年6~7月、独自記事を連発している共同通信の市川亨編集委員と対談、鼎談する機会を持ち、本稿執筆で参考にさせて頂いた。イベントは2025年6月20日と同年7月25日に開催され、前者は市川氏、福祉ジャーナリストで元日本経済新聞編集委員の浅川澄一氏、筆者の3人によるリアル開催、後者は市川氏と筆者によるオンライン開催だった。いずれも主催は高齢者住宅新聞。この場を借りて、市川氏、浅川氏のほか、イベントを企画して下さった高齢者住宅新聞の小川真二郎取締役に謝意を述べたい。なお、市川氏とは、筆者が前の前の職場で勤務していた頃から交流させて頂いており、イベントなどの機会で市川氏に取材の過程を聞くと、内部文書などの物証を得たり、複数の証言を集めたりするなど、ジャーナリストとして誠実かつ丁寧に対応されている。このため、筆者自身としては、記事で取り上げられている情報の信頼性は極めて高いと判断している。
2 2025年4月14日、、老人ホーム検討会第1回議事録における吉田修老健局担当審議官(当時)の発言。なお、発言には入居紹介業が言及されており、今回の不適切とされる案件に関係している。例えば、有料老人ホームの入居紹介ビジネスは以前から存在するが、難病患者に関する紹介料が急騰していることが報じられている。今シリーズで取り上げている不適切とされる事案の影響で、難病患者の「奪い合い」が起きており、紹介料が平均の約6倍に相当する約150万円に高騰しているという。これを受けて、厚生労働省は2024年12月の通知で、入居希望者の介護度や医療の必要度に応じて手数料を設定しないように促した。2024年12月20日『シルバー新報』、同年11月4日『共同通信』配信記事を参照。