NEW

マスク着用の子どもへの影響－コロナ禍の研究を経て分かっていること/いないこと

2025年06月30日

（岩﨑 敬子） 保険会社経営

関連カテゴリ

1――マスク着用の健康への影響：感染拡大予防効果は確立していないが、悪影響も確認されず

1｜子どものマスク着用の感染拡大予防効果はまだ確立していない
マスク着用に感染症拡大予防効果があることは、コロナ禍の研究進展で改めて確認されてきた1が、その効果は、子どもたちの間でも確認されているのだろうか。これまでの研究では、子どもについても、マスクの着用によって飛沫の飛散を防ぐことができることは確認されている2。一方で、実社会において、子どものマスクの着用に感染拡大予防効果があるのかどうかについては、効果が確認された結果と確認されなかった結果の両方が報告されており、コンセンサスが得られているとは言えない。例えば、2023年2月までに発表された論文を調べたレビュー論文では、子どものマスク着用義務化による新型コロナウイルスの感染拡大予防効果は確認されなかったと結論付けられた3。また、2024年に発表された別の論文は、室内でのマスク着用は、中国の幼稚園での環境では未就学児の感染症の発症を減少させなかったと報告している4。
 
一方で、同じく2024年に発表された別の論文では、米国フロリダ州において、知事の命令に従ってマスク着用義務化が解除された小中高の学校では、新型コロナ感染症の症例数が約20％多かった（つまり、マスク着用には新型コロナ感染症の症例数を減らす効果があった）ことを報告している5。そして、2024年に発表されたレビュー論文では、マスク着用義務化はパンデミック時の学校環境で感染症を減少させるかもしれないが、エビデンスを明確にするためにはより綿密な研究が必要と結論づけられた6。大人の間でも、適切な着用を確認することが難しいなどの理由で、実社会でのマスク着用の感染拡大防止効果の確認には時間がかかったが、子どもの間では適切な着用を促すことはより難しい可能性が考えられる。そうした適切な着用の難しさは、実社会で子どもの間でマスク着用の効果が確認されにくい要因として考えられるだろう。
 
1 岩﨑敬子「マスク着用の健康への影響」基礎研レポート（2025年6月12日）
2 Moschovis, P.P. et al. (2023). The effect of activity and face masks on exhaled particles in children. Pediatr Investig. 2023 May 3;7(2):75-85. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37324601/, 20250602 accessed)
3 Sandlund, J. et al. (2024). Child mask mandates for COVID-19: a systematic review. Archives of Disease in Childhood,109:e1-e7.(https://adc.bmj.com/content/109/3/e1, 20250602 accessed)
4 Yang, W. et al. (2024). The real-world effectiveness of preschoolers wearing masks on campus to prevent respiratory infectious diseases: a cohort study. Front. Public Health. 12:1412884. (https://www.frontiersin.org/journals/public-health/articles/10.3389/fpubh.2024.1412884/full, 20250602 accessed)
5 Wang, Q. et al. (2024). Do masks protect children? Evidence from Florida’s mask mandate ban
using large-scale school transmission data. Proceedings of the 57th Hawaii International Conference on System Sciences. 4086-4095. https://scholarspace.manoa.hawaii.edu/server/api/core/bitstreams/5aecf09d-e381-4e2e-a8ca-669402a313e1/content, 20250602 accessed)
6 Viera, L. (2024). Effect of face mask on lowering COVID-19 incidence in school settings: A systematic review. J Sch Health, 94(9):878-888. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38867139/, 20250602 accessed)
2｜子どものマスク着用の身体的健康への悪影響を示す研究はほとんどみられない
子どものマスク着用の身体的健康への影響に関する研究蓄積は少ない。2020年11月までに発表された論文を調べたレビュー論文によると、それまでマスク着用の子どもの身体的な影響について医学的な値を収集して検証した論文は1件のみであった7。この1件の研究は、7歳から14歳の子どもを対象としており、5分間休憩し、5分間歩いた間のマスクの着用では、ガス交換（呼吸によって酸素が取り込まれ、二酸化炭素が放出されること）に影響がなかったことを報告している8。
 
その後2021年にイタリアで子ども（0歳から10歳）を対象に行われた実験では、30分間手術用のマスクを着用しても呼吸に関する値の変化や呼吸困難の兆候との関連は見られなかったことが確認された9。同研究では2歳以上の子については12分間歩行した際の手術用マスク着用の影響も検証されたが、影響は確認されなかった。他にも、運動誘発症状のある子どもたち（9-16歳）を対象に行った研究では、6-8分のランニングマシンでの運動の際のマスク着用は、ガス交換を異常にする傾向は見られなかったことが報告されている10。このように子どものマスク着用の身体的健康への影響に関する研究蓄積は少ないものの、これまで、健康への深刻な悪影響はほとんどa報告されてきていない状況である。（日本小児科学会や米国疾病予防管理センターは、2歳未満の乳幼児については、窒息の危険等安全性の問題からマスク着用を推奨していない11。また、WHOとUNICEFは、5歳以下の子どものマスク着用を推奨していない12。）
 
a ここで「ほとんど」としたのは、物議を醸しているマスク着用の子どもへの危険性を指摘する研究報告(Walach et al. 2022)56 があるためである。この論文は、科学的な問題があるとして学術誌から撤回された論文が修正されて再度別の学術誌にて発表されたものである57 58。再度発表されたこの論文の妥当性についても批判があり、物議を醸している59 60。
 
7 Eberhart M. et al. (2021). The impact of face masks on children-A mini review. Acta Paediatr, 110(6):1778-1783. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8014099/, 20250602 accessed)
8 Goh, D. Y. T. Et al. (2019). A randomised clinical trial to evaluate the safety, fit, comfort of a novel N95 mask in children. Sci Rep, 9(1):18952. (https://www.nature.com/articles/s41598-019-55451-w, 20250602 accessed)
9 Lubrano R. et al. (2021). Assessment of respiratory function in infants and young children wearing face masks during the COVID-19 pandemic. JAMA Netw Open, 1;4(3):e210414. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7926283/, 20250602 accessed)
10 Mallet, M. C. et al. (2022). Facemasks do not lead to abnormal gas exchange during treadmill exercise testing in children. ERJ Open Research, 8(1): 00613-2021. (https://publications.ersnet.org/content/erjor/8/1/00613-2021.full, 20250602 accessed)
11 日本小児科学会(2021). 乳幼児のマスク着用の考え方(https://www.jpeds.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=117, 20250602 accessed)
12 World Health Organization and the United Nations Children’s Fund (2020). Advice on the use of masks for children in the community in the context of COVID-19. (https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/333919/WHO-2019-nCoV-IPC_Masks-Children-2020.1-eng.pdf?sequence=1, 20250602 accessed)

2――マスク着用のメンタルヘルスへの影響

2――マスク着用のメンタルヘルスへの影響：悪影響は確認されていない

マスク着用の子どものメンタルヘルスへの影響については、子どもはマスク着用によってコミュニケーションへのストレスを感じたり、着用自体を不快に感じたり、着用をはずかしいと感じたりするという報告はあるものの13、子どものメンタルヘルスを悪化させるという証拠はこれまで報告されていない14。反対にコロナ禍で行われた調査では中国の中高生の間で、メンタルヘルスとマスク着用に正の相関が見られた報告がある15。コロナ禍では、マスク着用が新型コロナ感染症への感染不安を和らげた可能性が考えられる。また、コロナ禍では、マスク着用は、感染拡大防止を通して学校閉鎖を防ぐことで、メンタルヘルスを守る働きがあった可能性があると指摘されている16,17。実際に、これまでの研究からは、学校閉鎖は子どもたちのメンタルヘルスに負の影響を与える可能性が指摘されてきた18,19,20,21。そして、マスク着用は、学校での感染の拡大や学校閉鎖を防ぐ可能性がある22,23ことも示唆されている。
 
コロナ禍でのマスク着用は、感染不安や学校閉鎖による影響を小さくすることでメンタルヘルスを守る可能性がある一方で、ポストコロナにおいては、メンタルヘルスの悪化がマスク着用につながる可能性が示唆されている。新型コロナ感染症の拡大による生活様式の変化は、子どもや大人の社交不安を高めた可能性があることが報告されている24,25,26。マスクは社交不安の強い人の間で、他人から容姿や行動を低く評価されることへの不安や恐怖を回避するために用いられる可能性があるため27、コロナ禍で高まった社交不安に伴い、ポストコロナにおいて、マスクを外すことが難しくなる可能性が考えられる。そして、こうした他人から容姿や行動を低く評価されることへの不安や恐怖の回避を動機とした行動は、長期的にメンタルヘルスに負の影響をもたらす可能性が指摘されている27ことから、こうした動機によるマスク着用については今後慎重な観察が求められる。
 
13 Preest, E. B. A. et al. (2024). Children's experiences of mask-wearing: a systemic review and narrative synthesis. J Eval Clin Pract, 30:585–621. (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jep.13982, 20250602 accessed)
14 University of Utah Health. (2021). Kids, masks and mental health: Navigating the myths. (https://healthcare.utah.edu/healthfeed/2021/08/kids-masks-and-mental-health-navigating-myths, 20250602 accessed)
15 Xu, Q. et al. (2022). Association between mask wearing and anxiety symptoms during the outbreak of COVID 19: A large survey among 386,432 junior and senior high school students in China, Journal of Psychosomatic Research,153,110709.
(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022399921003548, 20250602 accessed)
16 National Geographic. (2022). Do masks really harm kids? Here's what the science says.(https://www.nationalgeographic.com/science/article/do-masks-really-harm-kids-heres-what-the-science-says, 20250602 accessed)
17 CBS 42. (2021). Are masks in schools harming our children? Alabama psychologists weigh in. (https://www.cbs42.com/news/health/coronavirus/are-masks-in-schools-harming-our-children/, 20250602 accessed)
18 Pacheco O.Y.J. & Toncel B. V. I. (2022). The impact of school closure on children's well-being during the COVID-19 pandemic. Asian J Psychiatr. 67:102957. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8641925/#bib6, 20250602 accessed)
19 Petretto, D. R. et al. (2020). School closure and children in the outbreak of COVID-19, Clinical Practice and Epidemiology in Mental Health, 16, 189-191.
(https://www.sciencedirect.com/org/science/article/pii/S1745017920000250, 20250602 accessed)
20 Marques de Miranda, D. et al. (2020). How is COVID-19 pandemic impacting mental health of children and adolescents? Int J Disaster Risk Reduct, 51:101845. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7481176/, 20250602 accessed)
21 Kishida, K. et al. (2021). Relationships between local school closures due to the COVID-19 and mental health problems of children, adolescents, and parents in Japan. Psychiatry Research, 306, 114276. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0165178121005710, 20250602 accessed)
22 Murray, T. S. et al. (2022). Association of child masking with COVID-19–related closures in US childcare programs. JAMA Netw Open, 5(1):e2141227. (https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2788457, 20250602 accessed)
23 Sombetzki, M. et al. (2021). Impact of changes in infection control measures on the dynamics of COVID-19 infections in schools and pre-schools. Front. Public Health, 9:780039. (https://www.frontiersin.org/journals/public-health/articles/10.3389/fpubh.2021.780039/full?utm_source=fweb&utm_medium=nblog&utm_campaign=ba-sci-fpubh-Impact-changes-infection-control-measures-dynamics-COVID-19-infections-schools-preschools, 20250602 accessed)
24 Hawes, M. T. et al. (2021). Increases in depression and anxiety symptoms in adolescents and young adults during the COVID-19 pandemic. Psychol Med, 52(14):3222-3230. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7844180/, 20250602 accessed)
25 Oka, T. et al. (2021). Multiple time measurements of multidimensional psychiatric states from immediately before the COVID-19 pandemic to one year later: a longitudinal online survey of the Japanese population. Transl Psychiatry, 11, 573. (https://www.nature.com/articles/s41398-021-01696-x, 20250602 accessed)
26 株式会社国際電気通信基礎技術研究所. プレスリリース. コロナ禍はメンタルヘルスの異なる要因に異なる時間で影響を及ぼす～社会からの隔絶が長期的に進行～ (https://www.atr.jp/topics/press_211111.html, 20250602 accessed)
27 Saint, S.A. & Moscovitch, D.A. (2021). Effects of mask-wearing on social anxiety: an exploratory review. Anxiety Stress Coping, 34:5, 487-502. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34074171/, 2025/5/13 accessed)

3――マスク着用のコミュニケーションへの影響

3――マスク着用のコミュニケーションへの影響：やや難しくさせる可能性がある

1｜マスク着用は子どもの個人同定や感情認識をやや難しくさせる
マスク着用は大人の個人同定や感情認識に影響を与える可能性があることが示唆されてきたが、子どもへも影響はあるのだろうか。これまでの研究では、マスク着用は、子どもの間でも個人同定や感情認識を難しくする可能性があることが示唆されている28,29,30,31,32,33,34,35,36。しかし、その影響の程度は大きくないことを示唆する研究もある。例えば、日本で3歳から5歳児を対象に行われた研究では、3歳から5歳児でも、マスクをしない状態の時にはほぼ100％相手の感情を正しく読み取り、マスクを着用した場合でも、正答率は約90％であったと報告されている37,38。また、米国で7歳から13歳を対象に行われた研究では、マスク着用は感情認識を難しくする傾向が見られたが、感情認識を難しくする程度はサングラスの影響と変わらず、マスクによって子どもたちの感情認識が著しく困難になるとは考えにくいと指摘されている31。
 
また、マスク着用の感情認識への影響は、必ずしも大人と子どもで同じではない可能性があることも報告されている。例えば、カナダで個人同定について確認した研究では、マスク着用の個人同定を難しくさせる影響は、大人よりも子ども(6-14歳)の間でより大きい傾向が見られた36。他にも、イタリアで行われた、3-5歳、6-8歳、大人を比較した研究では、マスクによって感情認識が難しくなる程度は、3-5歳で最も大きかったことが報告されている32。同研究者たちは、1年後にも同様の研究を行っているが、1年後の研究では、マスクによって3-5歳児の感情認識が難しくなる影響の程度は、大人への影響の程度と変わらなくなったことを報告し、著者たちは、コロナ禍への子どもの適応能力の高さを指摘している39。こうした報告からは、マスク着用は子どもの個人同定や感情認識を難しくさせる可能性があるが、甚大な影響を与えているとは考えにくいといえるかもしれない。
 
28 Bourke, L. et al. (2023). The effect of face mask wearing on language processing and emotion recognition in young children. J Exp Child Psychol, 226:105580. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9637007/, 20250602 accessed)
29 Waizman, Y. et al. (2025). Behavioral and neural evidence for difficulty recognizing masked emotional faces. Emotion, 25(3), 706–724. (https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Femo0001444, 20250602 accessed)
30 Mastorogianni, M. E. et al. (2024). Masked emotions: does children’s affective state influence emotion recognition? Front. Psychol, 15:1329070. (https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2024.1329070/full, 20250602 accessed)
31 Ruba, A. L. & Pollak, S. D. (2020). Children's emotion inferences from masked faces: Implications for social interactions during COVID-19. PLoS One, 23;15(12):e0243708. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7757816/, 20250602 accessed)
32 Gori, M. et al. (2021). Masking emotions: Face masks impair how we read emotions. Front Psychol, 25;12:669432. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8185341/, 20250602 accessed)
33 Carbon, C. C. & Serrano, M. (2021). The impact of face masks on the emotional reading abilities of children-A lesson from a joint school-university project. Iperception, 19;12(4):20416695211038265. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8383324/, 20250602 accessed)
34 Schneider, J. et al. (2022). The role of face masks in the recognition of emotions by preschool children. JAMA Pediatr, 176(1), 96–98. (https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2786226, 20250602 accessed)
35 Miyazaki, Y. et al. (2023). Effects of wearing an opaque or transparent face mask on the perception of facial expressions: A comparative study between Japanese school-aged children and adults. Perception, 52(11-12), 782-798. (https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/03010066231200693?icid=int.sj-abstract.similar-articles.1, 20250602 accessed)
36 Stajduhar, A. et al. (2022). Face masks disrupt holistic processing and face perception in school-age children. Cogn. Research, 7, 9. (https://cognitiveresearchjournal.springeropen.com/articles/10.1186/s41235-022-00360-2, 20250602 accessed)
37 静岡大学. プレスリリース. (2023). ３～５歳児が顔の一部が隠れた相手の表情をどの程度読み取れるかを解明　－マスク着用下における子どもの感情理解の発達を支援する手がかりに－. (https://www.shizuoka.ac.jp/news/detail.html?CN=9142, 20250602 accessed)
38 Furumi, F. et al. (2023). Can preschoolers recognize the facial expressions of people wearing masks and sunglasses? Effects of adding voice information. Journal of Cognition and Development, 24(5), 623–635. (https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/15248372.2023.2207665#references-Section, 20250602 accessed)
39 Gori, M. et al. (2024). Lesson learned from the COVID-19 pandemic: toddlers learn earlier to read emotions with face masks. Front. Psychol, 15:1386937.
(https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2024.1386937/full, 20250602 accessed)
2｜マスク着用は子どもの音声認識をやや難しくさせる
発声者のマスク着用が子どもの音声聞き取りにどのような影響を与えるかについても、いくつかの研究で検証されてきた。検証結果はマスク着用の影響が確認されたものとされなかったものが入り混じっている。例えば、ギリシャで6-7歳児と大人を対象に行われた研究では、子どもの間でも大人の間でもマスク着用によって音声認識が困難になる傾向があった40。イギリスで8歳から12歳の子どもと大人を対象として行われた研究でも、子どもの間でも大人の間でもマスク着用によって音声認識が難しくなる傾向が見られた41。また、韓国で4-6歳を対象に行われた研究では、マスクがスピーチの理解を妨げる影響は、年齢が低いほど大きい傾向が確認された。この研究では、4歳と5歳児の間ではマスクがスピーチの理解を妨げる傾向が見られたが、6歳児の間ではマスクがスピーチの理解を妨げる傾向は見られなかった42。
 
一方で、英国で4-8歳の子どもを対象に行われた研究では、マスクが子どもの感情読み取りを妨げる影響が確認されたが、言語理解への影響は確認されなかった28。また、マスクによってスピーチ理解を妨げる影響が確認された研究でも、教室の残響や雑音の軽減によって、スピーチの理解を促すことができることを指摘している42。こうした研究からは、マスク着用の子どもの音声認識を難しくする影響はある程度限られたもので、環境や話し方の工夫によって和らげることができる可能性があるといえるだろう。
 
40 Sfakianaki, A. et al. (2021). Effect of face mask and noise on word recognition by children and adults. 10.36505/ExLing-2021/12/0055/000528. (https://www.researchgate.net/publication/356305466_Effect_of_face_mask_and_noise_on_word_recognition_by_children_and_adults, 20250602 accessed)
41 Schwarz, J. et al. (2022). Semantic cues modulate children’s and adults’ processing of audio-visual face mask speech. Front. Psychol, 13:879156. (https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2022.879156/full, 20250602 accessed)
42 Kwon, M. & Yang, W. (2023). Effects of face masks and acoustical environments on speech recognition by preschool children in an auralised classroom. Applied Acoustics, 202, 109149. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0003682X22005230#b0055, 20250602 accessed)
3｜マスク着用の乳幼児と大人のコミュニケーションへの影響は限定的
マスク着用は、より年齢の低い乳幼児と保護者の間のコミュニケーションには、どのような影響を与えるのだろうか。これまでの研究では、マスクを着用しても、乳幼児はある程度個人を認識できることが報告されている。例えば、北米の6-9カ月の乳児を対象にした研究では、マスクを着用した顔に見慣れた場合でも、マスクを着用していない顔に見慣れた場合でも、その後にその人物がマスクを着用していない顔を見た場合には、顔を記憶している傾向が示された。一方で、マスクを着用した顔に見慣れた場合でも、マスクを着用していない顔に見慣れた場合でも、その後にその人物がマスクを着用した顔を見た場合には、その顔を記憶している明確な傾向は示されなかった43。同研究では、乳児が大人の顔のどこを見ているかも分析しており、乳児は、元々顔の上の方を見る傾向があるが、マスクをしているとその傾向が強まっており、乳児の状況適応が示唆された。　これらの結果から、この論文の著者らは、マスク着用は乳児の顔の処理と記憶に影響を与えるようだが、乳児はマスクを着用した顔を記憶することができ、マスクを外した状態でもその見慣れた顔を認識することができると指摘している。

また、日本で行われた5-8カ月の乳児を対象とした研究では、マスクをつけた状態でも、赤ちゃんは母親と未知の女性を区別できることを確認している44。他にも、イタリアで行われた12か月の幼児とその保護者を対象とした研究では、赤ちゃんと保護者のやり取りを観察した結果、マスクを着用した場合には、幼児が保護者を見る時間が長くなる傾向は見られたものの、負の感情が高まることはなく、マスクの有無によって、全体的なコミュニケーションに違いは見られなかったことを報告している45。こうした研究結果からは、マスク着用による乳幼児と保護者の間のコミュニケーションへの影響は限定的と言えそうだ。
 
43 DeBolt, M. C. & Oakes, L. M. (2023). The impact of face masks on infants' learning of faces: An eye tracking study. Infancy, 28(1):71-91. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9869981/, 20250602 accessed)
44 小林恵(2023) マスク着用が乳児の顔処理発達へ及ぼす効果―母親顔選好からの示唆―. The Japanese Journal of Psychonomic Science, 42(1), 149–154. (https://www.jstage.jst.go.jp/article/psychono/42/1/42_42.26/_pdf/-char/ja
45 Capelli, E. et al. (2024). Exploring the impact of parents’ face-mask wearing on dyadic interactions in infants at higher likelihood for autism compared with general population, Journal of Experimental Child Psychology, 247, 106037. (https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022096524001772, 20250602 accessed)

【次ページ】マスク着用の子どもの成長への長期的な影響

1 2 3

保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子（いわさき けいこ）

研究領域：保険

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学　

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)

経歴 ＋ －

【職歴】
　2010年 株式会社 三井住友銀行
　2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
　2018年 ニッセイ基礎研究所　研究員
　2021年7月より現職

【加入団体等】
　日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
　博士（国際貢献、東京大学）
　2022年　東北学院大学非常勤講師
　2020年　茨城大学非常勤講師

関連レポート

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)

関連カテゴリ・レポート

基礎研レポート

子ども・子育て支援

医療

健康・ヘルスケア