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マスク着用のメンタルヘルスへの影響(2)-コロナ禍の研究を経て分かっていること/いないこと

2025年06月19日

(岩﨑 敬子) 保険会社経営

1――ポストコロナでマスク着用がメンタルヘルスに与える正の影響の可能性

コロナ禍では、マスク着用は感染不安を和らげることで、メンタルヘルスに良い影響を与える可能性が示唆されてきた。一方、これまでの研究では、社交不安が強い人の間で、マスク着用はその不安や恐怖を和らげることで、メンタルヘルスに正の影響を与える可能性があることが報告されている。例えば、日本で大学生を対象に行われた実験では、マスク着用によって、周りの人から見られることで感じる負の感情が減少したことが報告されている1。他にも、オーストリアで、社交不安が強い女子学生を対象とした実験では、マスクをすると、スピーチをする場面で、最高血圧が下がる(つまり、ストレスが軽減する)傾向が確認された2。これらの研究結果はマスク着用には着用者のメンタルヘルスを守る働きがある可能性を示唆する。これまでの様々な研究を確認したレビュー論文でも、既存研究は、マスク着用は社交不安の強い人にとって、その不安や恐怖を回避するための行動(安全行動)であるという概念化を指示するものであるとされている3
 
1 Kawagoe, T. & Teramoto, W. (2023). Mask wearing provides psychological ease but does not affect facial expression intensity estimation. R. Soc. Open Sci.10230653. (https://royalsocietypublishing.org/doi/full/10.1098/rsos.230653, 2025/5/13 accessed)
2 Tiewald, C. et al. (2024). A positive side effect of wearing face coverings for socially anxious females: Findings from a speech task, Heliyon, 10: 1, e23733. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405844023109418, 2025/5/13 accessed)
3 Saint, S.A. & Moscovitch, D.A. (2021). Effects of mask-wearing on social anxiety: an exploratory review. Anxiety Stress Coping, 34:5, 487-502. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34074171/, 2025/5/13 accessed)

2――ポストコロナでマスク着用がメンタルヘルスに与える負の影響の可能性

2――ポストコロナでマスク着用がメンタルヘルスに与える負の影響の可能性

マスク着用は、安全行動として、他人から容姿や行動を低く評価されることへの不安や恐怖から着用者のメンタルヘルスを守る可能性が示唆される一方、安全行動によってコミュニケーションをとる機会が減少する状況が長期化すれば、メンタルヘルスに負の影響を与える可能性があることも指摘されている4。具体的には、実験で、通勤時に電車やバス内で隣席の人に話しかけるように指示された人々は、話しかけないで静かに通勤するように指示された人よりも幸福だったという研究5をもとに、周りとのかかわりを減らすことでストレスを軽減させる行動は、本来得られるはずの幸福感を得られなくしてしまうかもしれないことが指摘されている4。また、安全行動をとると、安全行動をしない場合の結果を見る機会がなくなり、人々と強い人間関係を築くことを妨げてしまうことを指摘する研究や、安全行動が実際には不安感を強めてしまうことを示した研究も報告されている3
 
加えて、マスク着用は、感情を読み取りにくくしたり、声を聞き取りにくくしたりすることでコミュニケーションにストレスを与え、メンタルヘルスに影響を与える可能性も指摘されている6。マスク着用のコミュニケーションへの影響については、次回以降の基礎研レターで詳しく取りあげるため、興味のある方はそちらを参照願いたい。また、マスク着用は、一定時間認知能力を低下させる可能性があることが、チェスの国際トーナメントでのプレイヤーたちの手の判断を分析した研究から示唆されている7。認知能力はメンタルヘルスとの相関が示されてきているため8、こうした認知能力への影響を通したメンタルヘルスへの影響も考えられるかもしれない。
 
4 Robb, A. (2021). Why some people like wearing masks. BBC. (https://www.bbc.com/worklife/article/20210115-why-some-people-like-wearing-masks, 2025/5/15 accessed)
5 Epley, N. & Schroeder, J. (2014). Mistakenly seeking solitude. Journal of Experimental Psychology: General, 143(5), 1980–1999. (https://psycnet.apa.org/record/2014-28833-001, 2025/5/15 accessed)
6 Campagne, D.M. (2021). The problem with communication stress from face masks, Journal of Affective Disorders Reports, 3, 100069. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S266691532030069X, 2025/5/13 accessed)
7 Smerdon, D. (2022). The effect of masks on cognitive performance. Proceedings of the National Academy of Sciences. 119. 10.1073/pnas.2206528119. (https://www.researchgate.net/publication/365815117_The_effect_of_masks_on_cognitive_performance, 2025/5/15 accessed)
8 Jokela, M. et al. (2010). The association of cognitive performance with mental health and physical functioning strengthens with age: the Whitehall II cohort study. Psychol Med. May;40(5):837-45. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3178658/, 2025/5/15 accessed)

3――ポストコロナでメンタルヘルスの状態がマスク着用動機になる可能性

3――ポストコロナでメンタルヘルスの状態がマスク着用動機になる可能性

マスク着用はメンタルヘルスに負の影響を与える可能性がある一方、メンタルヘルスの状態がマスク着用に影響を与える可能性も考えられる。まず、コロナ禍と同様に、ポストコロナにおいても、感染症のリスクへの不安はマスク着用の主な動機とみられることから9,10、感染症リスクへの不安が強い人ほど、マスクを着用する傾向が見られると予想される。他にも、マスク着用が安全行動となる可能性があることからは、社交不安が強い人ほどマスクを着用する可能性が示唆される。日本で新型コロナウイルス感染症の流行前に行われた調査では、人に見られることへの不安感が大きい人は、そうでない人に比べてマスクを着用する傾向が見られたことが報告されている11。また、中国で大学生を対象に行われた調査でも、社交不安が強い人ほど、マスクを着用する傾向が見られた10
 
加えて、日本で2022年末に行われた調査では、素顔を見られることの不安が脱マスクへの抵抗と相関している可能性があることが示されている12。この研究の著者たちは、コロナ禍で長期的にマスクを着用してきたことによって、顔を見せることの不安感が高まっている可能性を指摘している。また、日本で行われた調査では、マスクを着用している方が女性の顔が魅力的に見えると考える人が多くいることも確認されているa,13。他にも、米国に住む人を対象にした調査では、自分の顔を魅力的だと感じている人ほど、マスク着用を回避する傾向があるとの報告もある14。こうしたマスクの着用動機に関する報告は、不安感がマスク着用につながる可能性を示しており、メンタルヘルスの状態がマスク着用動機となることが示唆される。
 
a この研究では、実際には、魅力的な顔はマスクをすると魅力が下がるということも確認されている。
 
9 日経クロストレンド(2023)シニアの3人に2人が「今後もマスク着用」 同調圧力以外の理由も(https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00672/00009/, 20250603 accessed)
10 Xia, T. et al. (2023). A study of the relationship between social anxiety and mask-wearing intention among college students in the post-COVID-19 era: mediating effects of self-identity, impression management, and avoidance. Front Psychol. 21;14:1287115. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38078258/, 2025/5/13 accessed)
11 宮崎由樹 他(2021)社交不安・特性不安・感染脆弱意識が 衛生マスク着用頻度に及ぼす影響,心理学研究92巻第5号, 339-349 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/92/5/92_92.20063/_pdf/-char/ja, 2025/5/13 accessed)
12 亀岡晃佑 他(2025)要請緩和後の脱マスクへの抵抗における不安要因の検討, 心理学研究 96巻第1号, 1-10 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/1/96_96.23010/_pdf/-char/ja, 2025/5/13 accessed)
13 Miyazaki, Y. & Kawahara, J. (2016). The sanitary-mask effect on perceived facial attractiveness. Japanese Psychological Research, 58:3, 261-272.  (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jpr.12116, 2015/5/13 accessed)
14 Cha, S.E. et al. (2023). Post COVID-19, still wear a face mask? Self-perceived facial attractiveness reduces mask-wearing intention. Front. Psychol. 14:1084941. (https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2023.1084941/full, 2025/5/13 accessed)

4――ポストコロナのマスク着用とメンタルヘルスの関係のまとめ

4――ポストコロナのマスク着用とメンタルヘルスの関係のまとめ

コロナ禍と同様に、ポストコロナにおけるマスク着用とメンタルヘルスの関係についても、マスク着用からメンタルヘルスへの影響及び、メンタルヘルスからマスク着用への影響の両方が示唆されてきている。図1に示したように、マスクには感染不安からメンタルヘルスを守る可能性があることに加え、他人から容姿や行動を低く評価されることへの不安や恐怖を軽減させることでメンタルヘルスを守る影響が示唆されている。一方でこうした安全行動としてのマスク着用は、他者との結びつきの機会を妨げたり、反対に不安感を高めたりすることでメンタルヘルスに負の影響を与える可能性も示唆されてきている。また、メンタルヘルスからマスク着用への影響としては、感染が不安だからマスクを着用する、もしくは、他人から容姿や行動を低く評価されることへの不安や恐怖が強いからマスクを着用するといった、負の影響が示唆されている。
また、本稿で紹介したポストコロナにおけるマスク着用とメンタルヘルスの関係に加えて、前項で紹介したコロナ禍におけるマスク着用とメンタルヘルスの関係もあわせてまとめたのが、以下の表1である。
これらのマスク着用とメンタルヘルスの関係からは、社会全体で、マスク着用の個々人の判断を尊重し、かつ、マスク着用の要因である様々な不安感を小さくしていくことは、思いがけない人と人とのつながりの機会を増やすことを通して、個々人の不安感の低下以上に人々のウェルビーイングの向上につながることが示唆される。

保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子(いわさき けいこ)

研究領域:保険

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴

【職歴】
 2010年 株式会社 三井住友銀行
 2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
 2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
 2021年7月より現職

【加入団体等】
 日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
 博士(国際貢献、東京大学)
 2022年 東北学院大学非常勤講師
 2020年 茨城大学非常勤講師

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