サステナビリティとマーケティングは共存できるのか?-「陰徳の善」を「共に考える善」に変える企業の挑戦と期待

2025年05月29日

(小口 裕) 消費者行動

■要旨
 
  • 近年、マーケティングは単なる販売手法ではなく、企業の存在意義を社会とどう結びつけるかを問う「共感設計」の手段へと進化している。その核心にあるのが、企業の持続可能性を実現するための戦略的な枠組みとしての「サステナブル・マーケティング」だ。
     
  • この考え方は目新しいものではない。起源は1970年代、米国を中心に発展したマクロ・マーケティングにまで遡る。その後「持続可能な市場志向(SMO)」という理論が提示され、マーケティングが経済・社会・環境の三側面の調和を目指す実践領域として再定義された。
     
  • しかし、こうした欧米起源の理論が、そのまま実践的なアプローチとして、日本の消費者にも自然に受け入れられるかといえば、そこにはハードルが感じられる。その1つが、日本には「善行は語らずとも伝わるべき」とする「陰徳」という、古来からの文化的OSの存在であろう。
     
  • それでも変化の兆しはある。たとえば、ニッセイ基礎研究所の調査によれば「サステナビリティを配慮した行動を企業に求める」層は半数近くに達している。無印良品、ユニクロ、花王、楽天といった日本を代表するマーケティング先進企業は、サステナビリティを「(社会や消費者と)共に考える善」として再構築し、消費者との関係性を深める挑戦を続けている。
     
  • 求められるのは、単なる理論の輸入ではなく、日本文化に根ざした「変換(トランスフォーメーション)」である。たとえば、「静かな共感」「人との共創」「(商品のルーツとなる原材料や作り手など)源流への想像力」~そうした日本的特性に基づく再設計と粘り強い実践こそ、サステナブル・マーケティングを「独自の競争優位」へとつなげる鍵と言えるのではないだろうか。


■目次

1――はじめに~交差する「サステナビリティ」と「マーケティング」
  1|なぜ、サステナビリティ(持続可能性)を「マーケティングの視点」で考える必要が
   あるのか
  2|「持続可能性」と「マーケティングの出会いのルーツは1970年代に遡る
2――「サステナブル・マーケティング」とは何なのか
  1|「サステナビリティ経営」とはどう違う?
  2|私たちは「なぜ、どこに向かうのか」~求められる経営の「羅針盤」と「操舵輪」
3――持続可能性とマーケティングは共存できるのか?
  1|単なる理論の移植だけでは難しい~「文化に根ざした実装」が成立の鍵
  2|「善行は語らずとも伝わるべき」=「陰徳」という日本社会・文化のOS(Operation
   System)の壁
  3|消費者の変化~「企業は持続可能な活動に取り組むべき」「(そういう企業は)信頼
   できる」との声も
4――マーケティングで顧客や社会と「共に考える善」へと転換する~日本独自の新たな競争優位性
  1|「知られなければ存在しない」時代~企業が問われる消費者とのストーリー
  2|「語らぬ善」から「共に考える善」へ~日本独自の「サステナブル・マーケティング」へ

生活研究部   准主任研究員

小口 裕(おぐち ゆたか)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴

【経歴】
1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

2008年 株式会社日本リサーチセンター
2019年 株式会社プラグ
2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

【加入団体等】
 ・日本行動計量学会 会員
 ・日本マーケティング学会 会員
 ・生活経済学会 准会員

【学術研究実績】
「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

*共同研究者・共同研究機関との共著

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