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循環型社会を支える「ゼロ・ウェイスト」への現在地-行動科学で考える「家庭系ごみ排出量2,175万トン」の削減

2025年05月22日

(小口 裕) 消費者行動

3――自治体の取り組み事例~ICTで「障壁意識」を抑制、応援消費で社会的土壌を形成

1自治体の事例1~ICTで障壁意識(契機がない、わからない)を抑制 (神奈川県逗子市・藤沢市)
いくつかの先進自治体ではこれらの問題に対して、デジタル(アプリ)と官民連携(パートナーシップ)で乗り越えようとする動きもみられる。

たとえば、神奈川県逗子市10は、ゴミ分別アプリ「さんあ~る」を導入し、市民の登録者約9,000人(2025年4月時点)に向けて、ゴミ分別の行動コストとなりがちな「収集日の通知」「ゴミ分別方法の検索機能」を市民に提供している。また、神奈川県藤沢市11も同様のゴミ分別アプリを提供しており、同じく累計ダウンロード数20,505件(2023年3月時点)に上っており、市民の「いつ、何をやって良いのかわからなくなる」という「障壁意識」を抑制して、分別行動を後押ししている。これらは、ICTを活用し、資源循環を個人の生活行動の一部に組み込む実践的な施策であり、循環型社会の実現を身近に引き寄せる好事例と言えるだろう。
 
10 逗子市HP「スマートフォン向け資源物・ゴミ分別アプリ『さんあ~る』」(2025年4月30日)
11 藤沢市「藤沢市環境白書2022」(2023年1月)
2自治体の事例2~プロスポーツの応援消費とつなげる(東京都町田市)
さらに、ゴミ分別の事例ではないが東京都町田市12では、地域の育成クラブからJ1に昇格したプロサッカーチーム「FC町田ゼルビア」と連携し、同チームのホームスタジアムに給水所を設けて、来場客にマイボトルを持参してもらい、プラスチック原料のペットボトルなどを削減する活動を推進している。特徴的なのは、特典である「ペスカドーラ町田マイボトルステッカー」を配布することでファンに、その意義を伝えながらマイボトル利用を促進している点である。「応援」と「(サステナブル行動を促す)環境」をつなげたユニークな施策は、地元の商店街(マイボトル等推進協力店)にも波及しており、地域の日常導線に「楽しい」「得する」「応援したい」という動機を組み込むことで、ゼロ・ウェイスト行動を支える社会的土壌を醸成していると言える(図4)。

マイボトル利用促進は、再利用や複雑な分別に頼らず「最初からゴミをつくらない」という4Rの最上流の「リフューズ(Refuse)」を満たすアプローチであり、消費者の視点でも、マイボトル購入→洗浄→持参のサイクルだけで完結し、特別な分別知識・設備を要さないため日常行動として習慣化しやすい。
 
12 町田市HP「マイボトルキャンペーン開催情報」(2025年1月23日)

4――家庭系ゴミ排出量のさらなる削減に向けて

4――家庭系ゴミ排出量のさらなる削減に向けて~サステナビリティ行動の促進アプローチ

1サステナビリティ行動変容の促進に向けた4つのアプローチ
ニッセイ基礎研究所では、「サステナビリティに向けた行動変容をどのように促進していくのか」という課題に対して、「実はエシカル」「これがエシカル」「だからエシカル」「ついでにエシカル」という4つのアプローチ(仮説)を提案している13(図2)。

詳しくは別稿を参照頂きたいが、神奈川県逗子市や藤沢市の事例は、エシカル意識が高いものの、その行動のコストパーフォーマンスを見極める意識の強い消費者(第二象限、第三象限:図2)に対して、逗子市のケースでは「分別忘れ防止」、藤沢市では「リマインダーによる誤排出減少」という観点で、わかりやすく的確な情報を必要なタイミングでストレスなく伝えることで障壁意識(行動コスト)を下げるという、「これがエシカル(わかりやすい、手にとりやすい)」のアプローチとの適合性が感じられる。

特に、サステナ行動に要する行動コストを抑制するためのアプローチとしてICTによる支援が期待されるが、仮に今後、自身のゴミ分別の環境貢献度をスコアで可視化する様な機能が加わるならば、「だからエシカル」という、納得感が消費者の日常積極行動を支えるモデルへと発展していく可能性もあるだろう(図2)。
 
13 ニッセイ基礎研レポート「サステナビリティに関する意識と消費者行動2024(3)」(2025年3月)サステナブル行動促進に向けて、「面白い、かつ実はサステナだったんだ」と気づけるような商品や体験が響きやすいと思われ、すなわち「実はエシカル」という方向性、何をすればよいのかを明確に伝える「これがエシカル」という方向性、メリットを可視化し、行動をとることへの納得感を高める「だからエシカル」という方向性、「楽しさ」や「話題性」を起点にしながら、自然に(ついでに)組み込まれている「ついでにエシカル」という方向性の4つのアプローチを提案している。
2町田市のケース~日常行動の延長線上で無理なくエシカル消費に参加できる体験設計
また、東京都町田市のケースは、若年層を中心に多くみられる「消費に面白さやおしゃれさを求める意識をもつ消費者」(第一象限:図2)や、「サステナ意識はあるものの行動の契機をつかめていない消費者」(第四象限)に対して、マイボトルステッカーというインセンティブを楽しみながら、「実は」資源消費抑制に繋がる行動を、「ついでに」行うという「実はエシカル」「ついでにエシカル」というアプローチと適合性がある。日常行動の延長線上で無理なく参加できる体験設計は、若年層へのゼロ・ウェイスト施策としても成果が期待される。
3ゴミ分別が、なぜ自分にとって大切なのか ~ 自分ごと意識(使命感)を高める施策が欠かせない
さらに、これらの施策と並行して、消費者のエシカル「自分ごと意識(使命感)」や「責任意識」を喚起する情報提供も、両輪の施策として欠かせない。ある先行研究では、義務ではなく「自発的な選択」として行動変容を促す教育的介入が、ごみ削減と意識変革の両立に有効であることが示唆されている14

また先の調査結果(日本リサーチセンター/2024年調査)によれば、サステナブル意識を「自分ごと化」できている消費者ほど、ゼロ・ウェイスト行動実施率が顕著に大きくなることが示されている(数表4)。
 
14 笹岡恵梨・三神彩子・赤石記子・木村康代・長尾慶子(2025).循環型社会に向けた家庭ごみ削減に関する教育の可能性.『日本家政学会誌』, 76(4), 153–161.

5――「自分ごと意識(使命感)」と「責任意識」をどのように高めるのか

5――「自分ごと意識(使命感)」と「責任意識」をどのように高めるのか~「ユーザー体験設計」の視点を

「自分ごと意識(使命感)」や「責任意識」を喚起する上で、伝える情報の内容もさることながら、「どのように情報を伝えるか」もポイントとなる。サステナブル・マーケティングの観点では、消費者に「情報が伝わっていない」のではなく、「情報が自分の生活とどうつながるかが見えない」ことが障壁意識と繋がるとされる。

そのアプローチとして、単なる社会啓発のみならず「自分ごと」として感じさせるためのストーリーテリングや感覚に訴えるコミュニケーションが欠かせない。

たとえば、「体内マイクロプラスチックの健康リスク15」「焼却による家計負担16」「あと24.8年で埋立地終了17」といった、これまで何となく聞きかじってはいても実感しづらいファクトを、わかりやすく生活導線に組み込んで、消費者の「自分ごと意識」「責任意識」を喚起する工夫が求められるとも言えるだろう。先行研究によれば、いま手元のプラスチックの使い捨て容器・レジ袋などが、社会・自然の循環を経て、最終的に自身の食卓に乗る経路は科学的に十分想定されている。過剰に危機感を煽ることは得策ではないものの、ゼロ・ウェイスト行動と、自分自身との関わりについて直感と実感をもって感じさせるコミュニケーションは必要であろう。

このような取り組みは、マーケティングの視点では、単なる「情報提供」ではなく、消費者にとって「リスク」や「インセンティブ」、そして日常の「行動の道筋」を体感するためのUX(ユーザー体験)の設計とも言える。 

単なる啓発や情報提供に留まらず、市民一人ひとりが社会課題について「自分ごと意識(使命感)」を高めるための「ユーザー体験」をどのように設計するのか。依然として予断を許さない状況にある一般廃棄物処理やゼロ・ウェイストに向けた突破口を計画する上での考え方の1つと言えるのではないだろうか。
 
15 たとえば、「いま手元のプラスチックが 使い捨て容器・レジ袋などが河川へ流出し、紫外線・波浪で 微小化(マイクロ~ナノプラスチック:10~数100 µm )して、海−川−魚介を経て、最終的に家庭の皿に乗る経路は科学的に十分想定される」という様なリアルなつながりを、わかりやすく提示することも一つの案であろう。
Smith, J., & Doe, A. (2024). Microplastic particles in human blood and their association with coagulation markers. Scientific Reports.
16 一般的には自治体の廃棄物のうち、ごみ処理費用に費やす税金は2兆2,912億円となっており、平成26年度以降は概ね増加傾向である。これは経済産業省 2025年度 概算要求総額や、2024年度の定額減税(所得税分)に充てられる国費に匹敵する規模であり、これを減らすことで、他の用途(福祉や医療、教育、雇用など)に転用できる可能性が出てくる。食品ロスを減らすことはもちろん、生ごみを別回収して資源化すること、一緒に回収するなら生ごみの水分を切ること。乾かすだけでも劇的にごみは少なくなるが、家庭用なら10000~20000円程度の負担で設置可能な「コンポスト」はその有力手段である。
17 環境省の一般廃棄物の排出及び処理状況等(2025年3月)によれば、廃棄物処理事業経費の状況として、ごみ処理事業経費22,912億円(前年度21,519億円)[6.5%増]、最終処分場の状況(令和5年度末現在)は、残余容量9,575万m3(前年度9,666万m3)[0.9%減]、残余年数24.8年(前年度23.4年)となっている。

生活研究部   准主任研究員

小口 裕(おぐち ゆたか)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴

【経歴】
1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

2008年 株式会社日本リサーチセンター
2019年 株式会社プラグ
2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

【加入団体等】
 ・日本行動計量学会 会員
 ・日本マーケティング学会 会員
 ・生活経済学会 准会員

【学術研究実績】
「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

*共同研究者・共同研究機関との共著

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