■要旨
ゼロ・ウェイスト(Zero Waste)とは、ごみの焼却や埋立てといった「出口対策」に依存するのではなく、そもそもごみを発生させないことを目指す概念である。単なるリサイクル推進にとどまらず、製品の設計から流通、使用、廃棄に至るまでのバリューチェーン全体の再構築を志向する、包括的な環境・社会政策と言える。
こうしたゼロ・ウェイストの理念を、生活者の視点に引き寄せてみると、日常生活における具体的な行動である「ゼロ・ウェイスト行動」が見えてくる。たとえば、家庭ごみの分別排出(可燃物の分別・資源化)や、マイバッグ持参(Refuse=不要なものを受け取らない)、必要な量だけ購入する(Reduce=消費を抑える)、マイボトルやマイカップの使用(Refill=繰り返し使う)、リサイクル(Recycle)、そして生ごみのたい肥化(Rot)といった行動が中心となる。
ただし、こうした行動がどれほど浸透しているかは、また別の問題である。日本リサーチセンターが2025年1~2月に実施した全国調査(15~79歳、n=1,200、無作為抽出・個別訪問留置方式)によれば、法・制度に支えられた行動~容器包装リサイクル法による分別排出や、レジ袋有料化によるマイバッグ利用~の実施率は7~8割に達する一方で、節約や食品ロスの削減、リサイクルといった任意行動の実施率は4~5割にとどまり、家庭でのコンポスト導入といった"設備を伴う行動"は1割未満に過ぎない。さらに、義務化された行動ですら、男性や若年層の実施率は相対的に低く、年代や属性を問わず均等に広がっているとは言い難い実態が浮き彫りとなった
こうした現状に対して、幅広いアプローチを試みている自治体もある。たとえば神奈川県逗子市では分別支援アプリを導入し、藤沢市でもICTを活用した可視化型のごみ分別支援が進む。東京都町田市では、地場プロスポーツチームへの応援消費とゼロ・ウェイスト行動を結びつける仕組みを設け、市民の関与を促している。いずれも共通するのは、「行動のハードルを下げる」「自分ごと」として捉えてもらう仕掛け」を設計している点であろう。
サステナブル・マーケティングの視点では、単に「情報が伝わっていない」のではなく、「その情報が自分の生活とどう結びつくかが見えていない」ことこそが、消費者(市民)の行動変容の阻害要因の1つだとされる。そのため、ゼロ・ウェイストの実践には消費者の「生活のリアル」に深く根ざして理解と行動を促す施策が必要と思われる。消費者/市民が「自分に関係がある」と思える様な「ユーザー体験を通じた共感」の設計は、その有力なアプローチの1つと言えるのではないだろうか。
■目次
1――はじめに
1|ゼロ・ウェイスト~「ゴミを発生させない」ことをゴールとした環境・社会政策
2|家庭系ごみ排出量の現状~過去10年で減少傾向も、リサイクル率は横ばい
3|「ゼロ・エミッション/ゼロ・ウェイスト」の認知率は約1割に留まる
~見えにくい消費者との関わり
2――消費者のゼロ・ウェイストに向けた行動の実態調査結果
1|ゼロ・ウェイストに向けた行動タイプ
~義務化行動・任意行動・それ以外(例:コンポスト設置など)
2|調査結果(全体・性年代別)
~義務化行動は7割を超えるが、任意の行動は半数程度に留まる
3|義務化行動であっても、全世代に等しく浸透しているとは言い難い
4|ゼロ・ウェイスト行動の課題
~「やりたいけど、できていない」意識・行動ギャップをどう埋めるのか
5|調査結果(地域・都市規模別)
~地域差・都市規模の差は性別・年代差ほど大きくはない
3――自治体の取り組み事例~ICTで「障壁意識」を抑制、応援消費で社会的土壌を形成
1|自治体の事例1
~ICTで障壁意識(契機がない、わからない)を抑制 (神奈川県逗子市・藤沢市)
2|自治体の事例2
~プロスポーツの応援消費とつなげる(東京都町田市)
4――家庭系ゴミ排出量のさらなる削減に向けて~サステナビリティ行動の促進アプローチ
1|サステナビリティ行動変容の促進に向けた4つのアプローチ
2|町田市のケース
~日常行動の延長線上で無理なくエシカル消費に参加できる体験設計
3|ゴミ分別が、なぜ自分にとって大切なのか
~自分ごと意識(使命感)を高める施策が欠かせない
5――「自分ごと意識(使命感)」と「責任意識」をどのように高めるのか
~「ユーザー体験設計」の視点を