保険料を主な財源とする社会保険で所得補償を行うことを中核としつつも、それが実際に機能して欠乏からの解放を導くためにはいくつか社会の前提を整える必要があるとベヴァリッジは考えていた。
具体的には国家が租税を財源とする公的扶助にて以下3つの施策を実行することが必要としている。
1)児童手当の支給
ベヴァリッジ報告では、両親に収入がある場合は第1子を除く児童に対し、両親に収入がない場合は第1子を含めた児童に対し児童手当を現金給付するとしている。児童1人あたりの給付水準は、夫婦への失業等給付あるいは退職年金の5分の1であり、児童が16歳になるまで継続して支払われる。
労働の対価である賃金は、必ずしも労働者の家族の数を反映して支給されるものではない。必然的に大家族こそナショナル・ミニマムを確保できず貧困に陥る可能性が高くなる。これを避けるための児童手当であるが、ナショナル・ミニマムの確保だけが目的ではない。
少子化による人口減の可能性がある中、ベヴァリッジは児童手当について国家を維持存続させるための施策と位置付けていた。少子化対策としては、子どもを欲しない夫婦が子どもを育てるようになる効果は期待できないと率直に評価しつつ、現状より多数の子どもを望む夫婦の出産を後押しすること、児童に健康的な生活の基盤を提供することに貢献すると考えた。
一方で、児童育成の責任は国家のみにあるのではなく両親との分担とした上で、最終案では前述の通り、両親に収入がある場合に児童手当の支給は第2子から(第1子には支払わない)との結論を導いた。
2)包括的な保健およびリハビリテーション・サービス制度
当時としては新しい概念であったリハビリテーションを含めたことにまず注目したい。疾病は稼得能力を失わせ欠乏を引き起こすものの、疾病からの治癒だけでは足りない。リハビリテーションによって労働に復帰できる状態に導くことまでが社会保障制度であるとベヴァリッジが考えていたことが伺える。
これを基本的に
11公的扶助で支えるということは受診時の患者負担ゼロを意味する。実際には巨額の財政負担に耐えられず制度として破綻し、これをもってベヴァリッジ報告を理想に走り過ぎた内容として批判する声もある。しかし実のところベヴァリッジは公的扶助を謳いながらも、財政的基礎について詳細な結論は提案できないとして、関係者による今後の調査に委ねている。強い意志をもって公的扶助で支えると述べたわけではない。
ベヴァリッジが結論を先送りにした他の課題として、社会保険の給付水準を決定するに際しての家賃が挙げられる。当時ロンドンと近郊の家賃は他の地域に比べて高額であったが、全国一律の給付額ではそういった地域で家賃を支払った後にナショナル・ミニマムを維持することは困難になる。ベヴァリッジ報告では家賃をどう給付額に反映するかを今後の調査に委ねるとしたが、この問題については、家賃の高い地域の給付額を引き上げる代わりに家賃の低い地域の給付額を引き下げる、あるいは家賃の高低を保険料に反映させることで財源の大きな変動は避けられるため、先送りにしたことも一定理解できる。
他方、医療に踏み込まず
12公的扶助で支えるとして論を進めたことは、社会保険の制度内容を精緻かつ詳細に検討したことと対比して不可思議な印象さえ受ける。
11 ベヴァリッジ報告では暫定的に社会保険料から包括的な保健およびリハビリテーション・サービス制度への拠出を一部認めている。その比率は21歳以上被用者の場合で保険料の1割強である。従来の健康保険で在宅医療の費用を負担していたことが背景にある。
12 毛利健三「イギリス福祉国家の研究 -社会保障発達の諸画期-」(1990年)201頁では、ベヴァリッジが委員会発足当初から野心的であったことを示しつつ「第一回委員会議事録から明らかなことだが、検討課題をめぐり、かれは、保健サーヴィスには深入りしないことに同意したものの」とある。