4|反競争的行為による独占力の強化
AdxとDFPを結びつけたことで強化されたGoogleの媒体社アドサーバーと広告取引所市場における独占は、Googleが媒体社サイドに関係する一連のポリシー、慣行および技術的な変更を可能にしたが、これらは媒体社の最善の利益に帰するものではなかった。これら変更はGoogleが反競争的行為を行ったことの証拠である。
このような反競争的な行為の最初のものは、ファースト・ルックである。Googleが独占力を有していなかったとしたら許される選択だったかもしれない。しかし独占力によって、自社の広告取引所をより魅力的なものとするのではなく、顧客が取引することを困難にする人為的な技術的制限を課したことは反競争的な行為である。
Googleのラスト・ルックも同様に、Googleの独占優位を固定化する反競争的な政策であった。これらはGoogleの媒体社顧客、競合する広告取引所、Google以外のアドサービスを利用する広告主に不利益を与え、競争プロセスを害した。
競争法上の問題に迫られ、Googleは最終的にラスト・ルックを終了させた。ただし、同時に統一価格ルールを導入し、媒体社が最低落札価格を他の広告取引所よりもAdxを高くすることをできなくした。最低落札価格をAdxだけ高くするのは、媒体社が収益源を多様化し、GoogleのAdxの広告市場独占を緩和するための基本的なツールであった。統一価格ルールも独占力の行使であり、第三者のサービスを使わせないための抱き合わせ行為であり、反競争的な行為である。統一価格ルールはGoogleの持つ強圧的な独占力を利用して、媒体社顧客が持っていた競争を促進する力を奪うものである。
5|コメント
この部分が本判決のもう一つの肝である。判決ではAdxの独占力を利用して、DFPを抱き合わせたと認定している。すなわち、もともとの競争力の源泉はAdWordsからの大量の広告出稿を唯一取扱えるAdxにあり、Adxを利用しようとする媒体社はDFPを利用しなければならないとするGoogleの方針あるいは技術的制約が、抱き合わせ販売として反競争的な行為と認定されたものである。上述の通り、抱き合わせ販売はそれ自体が違法とされる。
抱き合わせ販売に加えて、ファースト・ルック、ラスト・ルックが独占を維持するための反競争行為と認定されている点について違和感はない。
ただ、統一価格ルールが反競争的かどうかは検討が必要である。一見すると平等な入札方法だからである。この点、裁判所は媒体社が最低落札価格をAdxにだけ高くするのは「媒体社が収益源を多様化し、GoogleのAdxの広告市場独占を緩和するための基本的なツール」であったと認定している。つまり媒体社の行為は現在のAdx独占状態から競争を回復させるために必要あるいは有用な行為であって、それを抑圧することは反競争的行為ということになる。考えてみると、市場において支配力を有しない媒体社が設定する最低落札価格をいくらにするかは、媒体社の自由である。また、相手によって価格を変動させることも不当に差別的でない限り問題がない(後述8の1も参照)。したがって、市場の独占者であるGoogleが、自社サービスに対する価格を他よりも高くしてはならないとするのは反競争的だと言えそうである。
8――裁判所の判断-Google側の正当化事由等
8――裁判所の判断-Google側の正当化事由等
1|Googleの主張―取引拒絶にかかる免責
Googleの根本的な防御のための主張は、DFPとAdxの抱き合わせを含むGoogleによるアドテク構築は、連邦最高裁の判例のもとで、取引拒絶は競争法違反にならないということである。連邦最高裁は一般論として私的事業者による取引相手選択の自由はシャーマン法によって否定されないとしている。しかし、最高裁は同時に取引相手選択の自由が法的に適切でない場合があることを認めている。
裁判所はこの様に取引相手選択の自由が適切でない場合として、第三者が競合社と取引をする能力を制限する(排他的取引)ことや、第三者の本当に欲しいものだけではなく、商品の束を購入することを要求する(抱き合わせ)などである。
GoogleによるAdxとDFPの抱き合わせは、実力以外の理由で競争を制限する反競争的行為であり、競合する媒体社アドサーバーを市場から撤退させた。
結論として、Googleは独占力を維持するために反競争的な抱き合わせ取引を行い、その後、問題となった2つのアドテク市場において、顧客と競争への損害を拡大させる一連の排除行為に及んだ。
2|Googleの主張―競争促進的な正当性
(1) 有効な事業上の理由によるデザインの選択
Googleは、原告の主張する問題点について、有効な事業上の理由のため、競争促進的な製品デザインの選択によるものであり、競争法上の責任の根拠とはならないと主張している。具体的に問題となっている行為は安全、プライバシー保護、詐欺の防止、遅延の短縮、投資促進および価格の引き下げを改善するものであると主張する。
Googleの内部資料では、他の広告取引所のスパム(迷惑メッセージ)や詐欺の防止レベルはAdxの防止レベルと比肩できるものとされている。また、他の広告取引所から、AdxとDFPが抱き合わされていないならば、Adxと同様のリアルタイム入札が可能であると売り込みがなされていた。しかし、GoogleはAdxとDFPに対する媒体社の間で優位性が損なわれることを恐れて、AdWordsから他の広告取引所への入札は行われなかった。
AdxとDFPの提携は顧客のために、スパム、詐欺、マルウェア(ウィルスなど)を減らすのではなく、Adxを支配的な広告取引所として、DFPを支配的な媒体社アドサーバーとして定着させた。
また、各種証言からもGoogleは評判のよい他のアドテク提供者よりもスパム、詐欺、マルウェア防止のレベルが低いわけではないが、優れてもいないとの評価を得ている。媒体社は一般にAdx使用にあたり、アンチウイルスソフトを利用している。
したがってGoogleの品質に関する主張は口実か、または付随的なものに過ぎない。Googleが媒体社アドサーバー市場からほぼすべての競合社を追い出した弊害はこれら正当理由を著しく凌駕するものである。
(2) ファースト・ルック等の製品変更
Googleはファースト・ルックやラスト・ルックは媒体社により多い収入を獲得させ、広告主により多くの広告機会を与えると主張する。しかし、これはAdxとDFPの抱き合わせを正当化するに至っていない。
ファースト・ルックは、Adxが最低落札価格を最初に見ることで、本来媒体社が他の広告所経由のより高い入札で得られていたはずの利益よりも少ない利益しか獲得できないことになる。また、より高い入札をしていた広告主はより少ない表示しか得られない。
次に導入されたヘッダー入札におけるラスト・ルックも同様であり、他の広告取引所経由での入札額(例えば1クリック当たり1ドル)が分かってしまえば、入札者が1.5ドルの入札の意思があったとしても1.01ドル入札すればよいことが分かってしまう。媒体社が本来得られるべきであった収益を得ることができていない。
ラスト・ルックが収束し、導入された統一価格ルールにおいて、Googleは公平な競争環境を確立し、媒体社にとって入札状況を簡素化し、収益を増加させたと主張している。Googleは大手の媒体社が最低落札価格をAdxのみ高くしていたことを知っており、この様な入札ができないようにした。媒体社がAdx経由の入札の最低落札価格を高く設定していたのは、主にAdx経由で落札された望ましくない低品質の広告があるためであった。媒体社がAdx経由の入札のみに高い最低落札価格を設定したのは価格を引き上げることで低品質の広告を排除するためである。
統一価格ルールは競争上合理的な目的を達成するものではなく、Adxによる、DFPを利用する媒体社の収益の流れに対する支配強化を目的とするものである。このことから媒体社側から、統一価格ルールは自分たちの利益にならないと判断し、その実施に異議を唱えた。
Googleはこれら入札方法に関する変更は取引相手選択の自由にかかわる単なる製品デザインに関するものであり、競争法に違反しないと主張する。しかし、AdxとDFPの抱き合わせや、Googleが独占力を持つ市場での入札ルールを操作し、顧客の選択を制限するために行った決定を単なる製品デザインの問題とすることは難しい。
3|結論
まとめると、原告は、Googleが、DFPをAdxと結びつけ、隣接する2つの製品市場で独占力を強固にするために一連の排除的かつ反競争的な行為を行うことにより、「優れた製品、商才、歴史的偶然の結果としての成長や発展とは異なる、(独占)力の故意の獲得や維持」を行ったことを示した。
Googleがその反競争的行為に対して提示する競争促進的な正当化理由はいずれも無効かつ不十分であり、この行為による競争促進的な利益はその反競争的効果によってはるかに凌駕されている。したがって、Googleはシャーマン法1条および2条の責任を免れることはできない。
4|コメント
上述の通り、GoogleがOD媒体社アドサーバー市場およびOD広告取引所市場において独占をしており、かつその独占の維持・獲得が意図的なものであることまで認定された。最後の正当化事由は、それでもGoogleが行った行為はその害よりも消費者の利益の方が大きいことを示さなければならない。ここでGoogleが示したのは、自社のサービスが高品質であること、およびファースト・ルックなどの行為については、媒体社により多くの収益をもたらし、広告主により多くの広告機会を提供すると主張する。
高品質であることについては判決文の中で明確に否定されているので、コメントは省略する。また、ファースト・ルックやラスト・ルックでは、自然体で入札したときと比較して媒体社が適正な収益を得られていたとは考えられず、問題性が高い。また統一価格ルールでは、媒体社がGoogleの独占を排し、自由な価格設定をすることを抑圧するものであり、自然な市場形成を阻害するものと考えられる。
以上より、Googleの主張する正当化事由は認められず、OD媒体社アドサーバー市場およびOD広告取引所市場における競争法違反が認定された。
9――おわりに
9――おわりに
判決文では、OD媒体社アドサーバー市場およびOD広告取引所市場における独占および抱き合わせ販売に関する競争法違反解消のための救済方法(remedies)について原告・被告双方の合同提案を提出すべきこととされている。現在はこの救済方法について双方の主張や議論が行われている段階にある。
Googleと言えば、動詞(Google)になっているように一般検索エンジンとして独占的なシェアを誇る。こちらのほうも、スマートフォン上の検索枠の配置などに関して、コロンビア特別区連邦地裁で競争法違反とする地裁判決が出ている
8。一般検索エンジンは無償サービスなので、その収益は検索連動広告で生み出している。一般検索広告は閲覧者が検索した用語に連動して広告を掲出するもので、購買意欲の高い閲覧者が見る広告として広告主から人気がある。
原告の訴状では、Googleはこのような経緯を経て、運用型広告サービスへ参入したとする。Googleの各種サービス(Google検索、YouTube、Gmailなど)へ広告を送り出すとともに、自社で媒体社アドサーバーを有しない媒体社、および広告主向けにアドテク商品を総合的に提供することで、多数の媒体社の広告枠を多数の広告主に販売できるようになった。
これだけであれば、自然な成長による高シェアの獲得ということで競争法上の問題とは見なされなかった可能性が高い。しかし、Googleはオープンウェブ・ディスプレイ広告向け市場において、いずれも自社サービスの、広告主向けツールであるAdWordsからの入稿をAdxに限定し、Adxに入札リクエストを出すには媒体社向けサービスであるDFPを利用しなければならないとした。
そして、ファースト・ルック、ラスト・ルック、統一価格ルールと独占力を背景にした合理性を欠く入札システムを作り上げ、いわば独り勝ちのような状況を作り出した。これらは公正な競争とは言いがたいだろう。
現段階で救済方法は定まっていない。本稿執筆後の2025年5月5日に米国司法省は、救済方法として、(1)Adxの即時事業分割、(2)DFPのオープンソース化および事業譲渡、(3)反競争的行為の禁止、(4)データの透明性確保といった主張を裁判所に提出した
9。Googleはこれらの措置に反発している
10。司法省の主張する措置は劇薬であり、簡単に結論が出るものではないと考えられるが、今後の動向を見守りたい。
保険研究部
取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長
松澤 登(まつざわ のぼる)
研究領域:保険
研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務
【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2025年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)