【推しの子】のヒット要因のひとつとして、小学生女子を対象としたコンテンツの空白があるのではないか、という指摘がある。たとえば「プリキュア」シリーズは4歳から9歳をメインターゲットにしているが、それ以降、小学校高学年を主軸としたアニメ作品は意外と少ない
15。高学年になるにつれ、彼女たちはドラマや音楽番組など、より大人向けのコンテンツに触れ始めるようになる。姉や母など身近な大人が消費しているメディアを自然と共有することで、消費対象は徐々に"年上向け"へと移行していく。【推しの子】も、そうした"背伸び"をしたい層にとっての受け皿として機能しているといえるだろう。
たしかに、過度な露出や刺激的な描写が含まれていれば、子どもがそのまま享受するのは望ましくない。だが、【推しの子】のビジュアルや楽曲、キャラクター性に関しては、青年誌掲載作品でありながらも、子どもが触れても必ずしも問題とは言えない程度にとどまっているように見える。むしろ、プライムタイムのテレビ番組や、子どもに人気のあるYouTuberの動画の方が、グレーゾーンに近い内容を含んでいることすらある。
前述したとおり、原作者が「親御さんのケアのもとで楽しんでほしい」と呼びかけているように、コンテンツの供給側は本作が青年誌掲載作品であることを踏まえた上で、子どもたちからの需要に応えようとしている。問題はむしろ、消費者側、特に"子どもたちの情報取得環境"のほうにある。どれだけ親が注意していても、ネット上には、子どもにとって有害なコンテンツや広告があふれており、SNSでは成年向けの表現を含む投稿も日常的に目に入ってくる。年齢フィルターやミュートワードを設定したところで、それらをすり抜けてしまうことは珍しくなく、もはや完全な"遮断"は現実的に困難だ。
こうした背景のなかで、子どもたちにとって【推しの子】のようなコンテンツを"どう楽しませるか"は、ますます難しい課題となっている。特に本作のように、ビジュアルや音楽は子どもを強く惹きつけながらも、ストーリーにはセンシティブな描写が含まれる場合、保護者や大人たちはどこまでを許容し、どこから制限すべきかの判断を常に迫られる。このような「子どもとコンテンツとの距離感」は、現代の情報環境において一筋縄ではいかない問題と言えるだろう。
『鬼滅の刃』のときにも同様の議論があった。人気はあれども、過激な描写を理由に「子ども向けではない」とする声も多く、子どもに見せるべきかどうかが問われた。だが、興味を持った子どもは、たとえ禁止されても、何らかの手段でそのコンテンツに触れようとする。重要なのは、遠ざけることではなく、"どこまでなら安全か"を大人が見極めながら付き合わせてあげることではないだろうか。
【推しの子】も例外ではない。少し検索すれば、ストーリー上のセンシティブな展開に容易にアクセスできてしまう。確かに、「一切見せない」ようにすれば、もっとも安全なのかもしれない。しかしそれは現実的とは言い難く、また、子どもたちの間で話題になっているコンテンツを一方的に取り上げてしまうことは、友人との会話や共有体験の機会を奪ってしまう可能性もある。何より、子ども自身が「好き」と思ったものを制限されることは、大人が想像する以上に"心の自由"を損なう行為になってしまう。
だからこそ、【推しの子】のようにセンシティブな表現を含むコンテンツであっても、キャラクターのビジュアルや音楽といった"表層的・記号的な要素"にとどめておくという形で、あらかじめ線引きをしながら、安全な消費環境を整えていくことが求められる。 "ゾーニングすべきコンテンツ"と"ゾーニングが難しい情報環境"が併存する現代において、それこそが、子どもたちとコンテンツを無理なくつなげる一つの方法なのではないだろうか。
もちろん、それもまた理想論に過ぎない。子どもたちの「もっと知りたい」「本編を見てみたい」という好奇心を完全にコントロールすることはできないし、家庭でどれだけ注意していても、学校や友人との関係のなかで、より強い情報に触れてしまう機会は日常的に存在する。つまり、
ゾーニングや、ペアレンタル・コントロール16とは"制限"することだけではなく、"適切な距離感"を一緒に考えるプロセスそのものではないだろうか。子どもたちが安心して「好き」を楽しめるように、大人ができることは、完全に守ることでも、押しつけることでもなく、
寄り添いながら伴走していくことでもあるのだと思う。
15 早川清一朗「小学生の女の子が『推しの子』展に殺到した理由 少女たちが観るアニメがない?」マグミクス2024/05/16 https://magmix.jp/post/231155
16 「ペアレンタル・コントロール」と「ゾーニング」は、どちらも子どもが不適切なコンテンツに触れることを防ぐための仕組みだが、その担い手や手段、適用範囲には明確な違いがある。ゾーニングは、主に企業やメディアなどコンテンツの提供側による取り組みであり、視聴者の年齢や時間帯に応じて番組やコンテンツの配置を調整することで、社会的に適切な視聴環境を整えることを目的としている。たとえば、暴力や性的な表現を含む映画や番組は深夜帯に編成し、子ども向けのアニメや教育番組は朝や夕方に放送するといった措置がこれにあたる。また、映画やゲームにおける年齢別レイティング(G、PG12、R15+など)や、YouTubeなどのプラットフォームにおける年齢制限機能も、ゾーニングの一種といえる。
一方で、ペアレンタル・コントロールは、家庭内で親や保護者が担う個別的な対応であり、子どもの年齢や成熟度に応じて視聴コンテンツや使用時間を管理・制限する行為を指す。これは、テレビやスマートフォンに設定された視聴制限機能の利用や、インターネット上のフィルタリングソフト、アプリの使用制限などを通じて実施される。たとえば、「夜9時以降はYouTubeを見ない」「R指定の映画は見せない」といった家庭内のルールづくりも、ペアレンタル・コントロールの具体的な一例である。
このように、ゾーニングが「社会全体に向けた構造的な枠組みづくり」であるのに対し、ペアレンタル・コントロールは「個々の子どもに対する直接的な関与」である。両者はそれぞれ異なるレベルで機能しながら、相互に補完し合うことで、子どもにとって安心・安全なメディア環境を支えている。