コラム

トランプ政権の時間軸-世界や米国の有権者はいつまで我慢できるのか

2025年04月08日

(鈴木 智也) 成長戦略・地方創生

1――世界が変わった相互関税の発表

2025年4月3日、世界の様相は一変した。米国トランプ大統領は演説で「今日は解放の日だ」と宣言し、世界に一律して課す最低税率「基本税率」を導入し、貿易相手国ごとに異なる関税率を課す「相互関税」を導入することを決めた[図表1]。この結果、対米貿易黒字国には10%の基本関税を適用し、それ以外の対米貿易赤字国には個別で10%以上の上乗せ関税を課すという構図が固まった。
今回の大きなポイントは、日本に適用される相互関税率が想定以上に高かったことだろう。発表以前は、日本の対米貿易黒字は相対的に減少し、防衛費や米国からの武器購入額も増加傾向にあり、米国が中国抑止に動く状況では、日本の安全保障面の重要性が高まることから、他国比でみれば影響は小さくなるのではないかとの期待も大きかった。しかし、実際には日本に適用される相互関税率は24%と、欧州(20%)や英国(10%)、豪州(10%)などより高くなっている。

これは、貿易相手国の関税率や貿易障壁を加味するといった当初の方針とは異なり、各国の対米貿易黒字をその国の輸出額で割るといった計算が行われたことが要因となっている。トランプ政権の理屈では、貿易の不均衡が生じる背景には、関税や非関税障壁(規制障壁や環境審査、消費税など)があり、それが貿易収支を歪ませる要因になっているため、貿易赤字を考慮すれば当初方針との矛盾はないというものである。短期間で各国の税制や非関税障壁を比較評価することが困難であったことが理由であると思われるが、理論など無いに等しい根拠となっている。各国にディールを仕掛けるための口実として、無理やりひねり出した強引さが感じられる。
もう1つのポイントは、やはり中国とその他の国の扱いは明確に異なるという点だ。今回の措置では、改めて中国に対する強硬姿勢が明確になっている。すでに4月2日以前の段階で、中国を含む各国に対して、国別・品目別の追加関税措置は講じられている[図表2]。国別に導入された追加関税措置の根拠法は「国際緊急経済権限法」(IEEPA)であり、これは米国の安全保障、外交政策、経済に対する異例かつ重大な脅威に関して、大統領が緊急事態を宣言した場合に、その脅威に対処する権限を大統領に付与する法律である。今回の措置では、中国だけは既に発動された20%に加えて、相互関税の34%が重複適用される。最終的に適用される関税率は、品目や企業等によっても異なるが、一般関税率に加えて、IEEPA や「1974年通商法第301条」(バイデン政権で強化)、アンチダンピング税(AD)や補助金相殺関税(CVD)なども加わるため、すでに100%を超える関税率が適用されているものもある。さらに、ベネズエラ産原油の輸入国に追加関税を課す措置が、4月2日以降に発動可能な状態になっており、重複適用されることになれば、中国にはさらに大きな関税率となる可能性もある。この点は、選挙公約で掲げた60%という関税率を上回る厳しい措置であると言える。

一方で、鉄鋼やアルミニウム、自動車などの品目別関税には、今回の相殺関税は適用されない。輸出業者の急激な負担増加に一定の配慮を示した形であるが、影響が極めて大きいことには変わりない。

2――トランプ大統領の思考を読む (ミラン論文)

トランプ大統領の思考を理解するには、大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラン委員長が、昨年11月に公表した論文1が手掛かりとなる。この論文は、米国の過剰なグローバル化とドル高が米国製造業の国外流出を招き[図表3]、産業空洞化や雇用流出が所得格差を大きくしてきたとしている。そして、この不均衡を是正し得る手段として関税政策が有効であると提唱している[図表4]。
短期的には、関税は輸入品の価格上昇につながるためインフレ要因となる。ただ、一般的に経常収支の改善や資本の米国回帰はドル需要を喚起し、ドル高や金融引き締めがインフレの一部を相殺する。ミラン氏の論文にはないが、足元で一部報道に出ているように、米政権が企業に価格転嫁を抑止する圧力をかけているのも、このインフレ圧力を阻止するためである。中期的には、製造業の国内回帰(サプライチェーンの再構築)が進み、米国内の供給力が高まることで経済の強靭性が増して、インフレリスクは抑制される。そして、長期的には、国内製造業の輸出を支援するため、プラザ合意のような多国間協定「マールアラーゴ合意」(仮称)を結ぶことで過剰なドル高を是正し、輸出競争力と雇用の回復を目指すというものである。

この考え方に基づけば、トランプ大統領がドル安発言を繰り返している背景には、短期的な株価の下支えを期待する面と、中長期の時間軸に沿って国力を押上げるという面の2つがあると考えれば理解できる。過剰なドル高の是正は、ドルの信認を傷つけるとの懸念もあるが、この点は多国間協定により調整することで、基軸通貨としての地位は維持できるとされる。関税の目的は「不均衡の是正」「ディールの手段」「経済安全保障」であり、単に保護主義的な措置に留まらず、関税を戦略的に自国の利益につなげる構想となっている。

ただ、関税を自国の優位性を確保するために使う今回の措置は、経済的な手段を用いて自国の地政学的な利益を確保しようと試みる「エコノミックステイト・クラフト」そのものであり、他国にとってみれば経済的な攻撃である。最後に多国間協定によって過剰なドル高を是正するのは、攻撃された相手国が米国に協力する形となるため、実現には相当な外交努力が必要になると思われる。もちろん、ミラン氏自身も、この論文を思考実験的なものとの扱っており、実際に政権の政策ロードマップになっている訳ではないが、このような背景を理解しておくことは有用である。
 
1 Stephen Miran「 A User's Guide to Restructuring the Global Trading System」(November 2024)

3――世界はトランプ大統領の時間軸に付いて行けるか

トランプ大統領が就任以降、矢継ぎ早に政策を打ち出しているのは、来年秋頃に予定される中間選挙を睨んだ動きでもある。最も穏当な読み筋としては、ディールの材料を作るために高めの球を多く投げ、ディールを重ねる中でより多くの成果を得ようとの考えだと思われる。中間選挙で勝つためには、経済が本格的に悪くなると劣勢を強いられるため、相手からある程度の妥協を引き出した段階で、関税措置を緩和して行くことは考えられる。この想定であれば景気後退は回避可能だ。

ただ、懸念される点が2つある。1つは、不確実性が高まることでセンチメントが悪化し、本格的に経済が腰折れしてしまうことである。前回のトランプ1.0では、2018年に米中対立が本価格化し、先行きの不透明感が高まったことで、企業の設備投資や生産が鈍化し、景気後退へとつながった。今回も不透明感が高まっている。世界の経済政策不確実性指数[図表5]は、過去10年で最高水準にあり、恐怖指数(VIX指数)[図表6]にみられる金融市場の不透明感も高まっている。世界がトランプ大統領のディールの成果を待てるかは予断を許さない。仮に、待てないとすれば景気後退の可能性は高まる。
2つ目の懸念は、米国は製造業を国内に取り戻すために一定の措置は永続するのではないかという点である。仮に、いまの措置が一部でも残ることになれば、企業はサプライチェーンの再構築に動かざるを得ないだろう。そうした場合、供給制約が残る中で関税コストの一部は価格に転嫁され、米国のインフレを再度上昇させて長引くことが予想される。政権は、関税を米国回帰に必要なコストであると見做すだろうが、米国民の不満や負担は高くなる。トランプ大統領が2024年の選挙で再選を果たした原動力には、インフレに対する国民の不満があった。岩盤支持層は、まだ我慢を受入れているように見えるが、それにも限界はある。どれだけ有権者が我慢できるかで政権の動きは変わる。

いずれにしても先行きは不透明であり、トランプ大統領が追加関税を撤回して、世界経済が急回復という可能性もない訳ではない。しばらくは朝令暮改の政策展開が続く可能性が高く、日々の動向に注意を払うことが必要になる。

総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也(すずき ともや)

研究領域:

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴

【職歴】
 2011年 日本生命保険相互会社入社
 2017年 日本経済研究センター派遣
 2018年 ニッセイ基礎研究所へ
 2021年より現職
【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員

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