新設された5歳児健診とは?-法定健診から就学までの期間における発達障がいや虐待リスクに対応、その後のフォローアップ体制には課題も

基礎研REPORT(冊子版)4月号[vol.337]

2025年04月08日

(乾 愛) 医療

1―はじめに

2023年12月に閣議決定された「子ども未来戦略」における、今後3年間の集中的な取り組みである「加速化プラン」の具体的な施策のひとつとして乳幼児健康診査(以下、乳幼児健診)の推進が掲げられた*1。その中で、2023年度補正予算により「5歳児」健康診査支援事業が創設され、全国展開が進められている。

本稿では、乳幼児健診に関する市町村の取組み状況や5歳児健診のポイント、課題について概説する。
 
*1 子ども家庭庁(2023)子ども未来戦略「子ども・子育て支援加速化プラン」p4

2―乳幼児健診の位置づけと取組状況

1|乳幼児健診の位置づけ
乳幼児健診は、母子保健法の第12条(義務)で、「市町村は1歳6か月児健診及び3歳児健診を実施しなければならない」とされている。それ以外の妊婦健診や新生児聴覚検査、3~6か月児健診や9~11か月健診などは、地域の実情に応じて任意で実施できるものと規定され、財源についても地方交付税が裏付けとなっている。
2|自治体の取組状況
2022年度の全国の自治体(1,793市区町村)における乳幼児健診の実施状況を整理した結果[図表]、法定健診である1歳6か月健診や3歳児健診の実施率はいずれも95%前後(集団健診)、地方交付税で運営される3~5か月健診や9~11か月健診の実施率も高い水準であるのに対し、これまで公費で負担されていなかった1歳児健診や5歳児健診は低い水準に留まっている。

3―5歳児健診のポイント

1|目的と意義
5歳児健診は、「幼児期において幼児の言語の理解能力や社会性が高まり、発達障害が認知される時期であり、保健・医療・福祉による対応の有無が、その後の成長・発達に影響を及ぼす時期である5歳児に対して健康診査を行い、こどもの特性を早期に発見し、特性に合わせた適切な支援を行うとともに、生活習慣、その他育児に関する指導を行い、もって幼児の健康の保持及び増進を図ること」が目的とされている。また、内容としては、(1)身体発育状況、(2)栄養状態、(3)精神発達の状況、(4)言語障害の有無、(5)育児問題となる事項の確認(生活習慣の自立、社会性の発達、しつけ、食事、事故等)、(6)その他の疾病及び異常の有無等を確認することである。

特に、5歳児では社会的な発達状況を評価するのに最適な時期とされている。例えば、集団経験がない場合、発達障がいに関するスクリーニング評価が難しいことがあるが、保育園・幼稚園・認定子ども園のいずれかに就園している5歳児の割合は、2020年度時点で99.3万人(98.1%)であり*2、遊びや人間関係を通して社会的な発達を評価しやすい。また、社会生活を経験していれば、食事・運動習慣や生活リズムがある程度固まってくるため、過度な偏食による栄養状態の偏りや肥満傾向、近年問題視されているメディア視聴状況などについても評価できる。これらを踏まえて、保健指導や養育相談の体制を整えることができれば、偏食による欠食問題や不規則な生活リズムによる不登校など、就学後に与える影響を低減させることに期待ができる。5歳児健診の導入は、義務教育期間の生活にスムーズにつなげるためにも非常に意義があるものと考えられる。
 
*2 株式会社NTTデータ経営研究所(2023)「未就園児等の把握、支援のためのアウトリーチの在り方に関する調査研究」より、5歳児の就園率について算出
2|実施体制
5歳児健診は、情緒、社会性の発達状況や育児環境の課題等に対する気づきの場としての役割があり、多職種によるこども・家族の状態に応じた支援を開始し、就学に向けて必要な準備を進めていく必要があるため「集団健診方式」での実施が推奨されている。医師や保健師、管理栄養士や心理相談員等の専門職に加えて、こども家庭センター、保育所等 、医療機関、療育機関、児童発達支援センター等の関係機関と連携する。健診の結果や専門職の評価を踏まえて、その後の支援方針を決定する必要があるため、普段の幼児の生活の場に関わる所属機関との連携は非常に重要な役割を担うこととなる。
3|問診項目とその解釈
5歳児健康診査マニュアルによると*3、問診票の「精神・神経発達」などの項目では、しりとりを3往復以上できる標準発達を基準に、知的能力やルールの理解、対人コミュニケーション能力について確認を実施する*4。知的能力に限らず、質問が聞き取れない場合、難聴の可能性を疑うことや*5、その他の所見と合わせて自閉症スペクトラム障害も視野に入れて評価している。

「情緒・行動に関する設問」では、癇癪度合いや集中力などの状況を確認することで、衝動性や不注意な行動特性が日常生活にどれほど影響を与えているかを評価し、行動特性が酷い場合には、心理発達相談などの専門職への相談や児童精神科への診察へつなぐ必要もある。

「メディアの視聴や睡眠に関する設問」では、テレビやスマホの視聴時間や入眠前の視聴有無、睡眠への影響について確認し、家族を含めたメディアリテラシーについて評価を実施している。幼児期のテレビの視聴は、時間が長いほど7歳時点でのADHD(注意欠如・多動性障害)に関連する問題が多いことや*6、幼児や低年齢の子どもほど影響を受けやすい事が知られており*7、重要な確認項目である。「親や子育ての状況」では、子どもの特性による育てにくさや、育児協力者の有無、子育てサービスの利用状況などを確認し、必要時適切なサポートにつなげる必要がある。また、「子どもが大人同士の喧嘩を見る機会がある」などの項目は、児童虐待防止法における心理的虐待の一種である「面前DV」に該当する。東京都目黒区では*8、面前DVに関する子どもへの影響などもHP上に公開しており、憂慮すべき重要な項目として位置づけている。2020年三重県の調査では*8、9割近くが「面前DV」という言葉を知らない実態が示されているため、5歳児健診では、日頃の子どもへの養育態度を振り返る機会に加えて、どの様な対応が児童虐待に該当するのかを知る重要な機会ともなる。
 
*3 令和3年度~5年度 子ども家庭科学研究費補助金「5歳児健診マニュアル」
*4 ルールを教えると理解できる場合有
*5 耳垢塞栓症で回答不可の場合もあり、知的能力に限らず多角的評価が必要。
*6 Christakis, D.A. ,Zimmerman. ,DiGiuseppe. D.L., & McCarty, C.A. (2004). Eary television exposure and subsequent attentional problems in children, Pediatrics,113,708-713.
*7 平成28年度 文部科学省委託調査 「青少年を取り巻くメディアと意識・行動に関する調査研究」
*8 目黒区HP「子どもの前での夫婦げんか(面前DV)」
*9 三重県子ども・福祉部子育て支援課「配偶者等からの暴力に関するアンケート」の実施結果報告

4―5歳児健診後の諸課題

1|乳幼児健診後のフォローアップ体制
乳幼児健診におけるスクリーニングの結果、発達状況の再評価や専門機関の診断へつなぐ(紹介)必要がある場合は、別日に設定された心理相談等を経る必要があるため、大半が集団に所属している5歳児では親のスケジュール調整が難しい場合がある。また、地域行政が設置している発達フォロー教室なども平日の日中に実施していることが多く参加しにくい現状が懸念される。
2|児童精神科の初診までの期間と療育
行政のスクリーニングから児童精神科への初診に至るまで数か月~1年ほど要すると言われている*10。これは、自閉症スペクトラムに関する認知度の上昇、不登校・自殺企図など子どもが抱える精神疾患が多様化したことが影響している。また、児童精神科では、一つの検査に1時間程かかるものが存在し、当日の体調によって再検査となるなど結果を導くまでに時間を要するのが特徴的である。さらに、療育を担う施設は、2012年の2,106か所から、2020年の7,722か所へ増加、利用者数自体も2012年の47,074人から2020年の118,850人へと増加しており*11受け皿の確保も重要な視点となる。
 
*10 神奈川県立こども医療センター,児童思春期精神科「当科外来の現状について」より参照
*11 植田紀美子(2023)「療育と児童発達支援の現状と課題」社会保障研究,Vol8,NO1,p4-p16.
3|教育機関との連携体制
地域行政によるスクリーニングや発達支援教室、専門機関での診断や療育を経た後にも、就学に向けた各教育機関との連携が必要となるが、就学先に対応可能な人材が揃っているか否か(人員配置や資格の有無)などの受入体制に左右されることもある。子ども側の行動特性を考慮した配慮の必要性や、医療処置の有無などによる追加配置の必要性なども影響し、受け入れ体制を一律に規定することもできない。この度の5歳児健診の新設を契機に、その後のフォローアップ体制の整備や受け皿の拡充、教育機関との連携体制の強化も併せて検討していく必要があるだろう。

生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛(いぬい めぐみ)

研究領域:

研究・専門分野
母子保健・不妊治療・月経随伴症状・プレコンセプションケア等

経歴

【職歴】
2012年 東大阪市入庁(保健師)
2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
2019年 ニッセイ基礎研究所 入社

・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)

【資格】
看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

【加入団体等】
日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

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