就労世代の熱中症リスクと生活習慣~レセプトデータと健診データを使った分析

2025年03月28日

(村松 容子) 医療

1――熱中症を引き起こす要因のうち、「からだ」に関する情報は少ない

2024年の夏は暑い日が続き、熱中症による救急搬送者数は9万7578人と、2008年に現在の形で調査が始まって以降、もっとも多かった1(図表1)。
熱中症を引き起こす要因は3つあるとされる2。まず、気温が高い、湿度が高い、風が弱い等の「環境」要因である。環境要因に対しては、環境省が全国およそ840地点3における暑さ指数(WBGT)を予測し、「熱中症警戒アラート」や「熱中症特別警戒アラート」で注意を呼びかけている4。次に、激しい運動や屋外での作業等の「行動」要因である。行動要因に対しては、WBGT別に日常生活5や運動6における熱中症予防指針が設けられており、学校なども参照している。最後に、高年齢や乳幼児など年齢や、肥満や持病があるといった「からだ」要因である。実際、2024年も救急搬送者の6割近くが65歳以上の高齢者だった。しかし、からだ要因については、年齢や持病等以外の情報は少ない。

また、熱中症患者に関する情報として取得できるのは、主として上述の救急搬送者数だけであり、自分で病院を受診した人についての情報はない。

そこで、本稿では、日本生命保険相互会社が健康保険組合等から許可を得て取得した健康診断結果のデータと医療機関を受診した際に発行される診療報酬明細書(レセプト)が蓄積されたデータベースを使って、まず、熱中症による医療機関の受診者数を推計したあと、熱中症による受診と関連がある健康診断項目を確認し、からだ要因についての情報を得たい。なお、このデータベースは匿名加工が施されており、個人を特定する情報は含まない。
 
1 集計対象の月は、2008~2009年7~9月、2010~2014年、2020年6~9月、2015~2019年、2021~2024年5~9月。
2 たとえば環境省の熱中症予防情報サイト「熱中症の基礎知識」(https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness.php)など。
3 2025年1月時点。環境省熱中症予防サイト「当サイトで提供する暑さ指数(WBGT)について」(https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_detail.php)。
4 暑さ指数(WBGT)と熱中症搬送者数の関係は、村松容子「暑さ指数(WBGT)と熱中症による搬送者数の関係」ニッセイ基礎研究所 研究員の眼、2024年10月3日(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/79839_ext_18_0.pdf?site=nli)等。
5 日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針Ver.4」(2022)
6 (公財)日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」(2019)

2――レセプトデータを使った熱中症受診状況の分析

2――レセプトデータを使った熱中症受診状況の分析

熱中症患者に関する情報としては、原則5~9月の期間、総務省消防庁から「救急搬送者数」が週ごとの都道府県別に公表されている。救急搬送者について、元データとしては、性、年齢区分、傷病程度(死亡、重症、中等度、軽症、その他)、発生場所の情報を取得しているが、性別は公表データには含まれない。

医療機関を受診した人の情報としては、厚生労働省から「患者調査」や「社会保障診療行為別統計」が公表されている。前者は3年ごとに10月に実施されていて、後者は毎年6月審査分について公表されており、いずれも熱中症のような季節ごとや年による変動が大きい傷病等の分析には不向きである。同じく、厚生労働省から、国全体の診療報酬明細書(レセプト)の一部がNDBデータとして7公表されているが、傷病情報については公表されていない。

そこで、本稿では、上述のいくつかの健康保険組合等による健康診断8とレセプトのデータベースのうち、これまでで2番目に救急搬送者数が多かった2018年4~10月のデータを使用する。
 
7 年間の全国の医療機関による診療行為と特定健診について、年齢群、都道府県別の集計表がNDBオープンデータとして公表されている。対象は、電子化されたレセプト情報(労災、自賠責、自費等の保険適用外のレセプトは対象外)。また、診療行為の算定回数や処方薬・調剤の数量、特定健診の結果について基本的な集計を行えるNDBオープンデータ分析サイトがある。
8 39歳以下も対象とする労働安全衛生法に基づく法定健診と、40歳以上を対象とする高齢者の医療の確保に関する法律に基づく特定健診(特定健康診査、いわゆる「メタボ健診」)の結果。

3――2018年における熱中症による受診者数は推計60万人

3――2018年における熱中症による受診者数は推計60万人

まず、2018年4月1日~10月30日まで、連続して同一健康保険組合に在籍する加入者(組合加入者本人とその扶養家族)のうち、居住地の都道府県情報が得られる人を抽出した。

抽出されたのは約122万人で、性・年齢の構成は図表2のとおりである。男性が56%、女性が44%と、男性の方が多い。本データは健康保険組合のデータであることから、就労者とその家族が加入しているため、65歳以上の人数が少なく、75歳以上の人は含まれない。
2018年は7月が非常に暑く、今回のデータで熱中症を理由に受診した人の6割が7月に発生していた(図表3)。
日々の受診率を、受診日の居住都道府県の日最高WBGT、性・年齢群を説明変数として、重回帰モデルで推計した。性・年齢群は、熱中症による受診は、ICD10(2013年国際疾病分類)コードがT679を含むこと、または傷病名称に「熱疲労」「暑気あたり」「熱痙攣」「日射病」「熱中症」「熱性浮腫」「熱性虚脱」「熱性失神」「熱中症」「無汗性日射病」のいずれかを含むレセプトとした。受診日の日最高WBGTは、居住地の都道府県の原則として県庁所在地の受診日における日最高WBGT10とした。

図表4に、日最高WBGT別の受診率の推計結果、および性・年齢群(男女20歳刻み)の受診率の推計結果を日最高WBGTが20以上25未満の場合と30以上の場合について示す。日最高WBGT別救急搬送者数の分析11と同様に、日最高WBGTが30を超えると受診者は急激に上がる。性・年齢群別では、若年で男性が高く、高年齢で女性が高い傾向があった。
また、全国の熱中症による受診者数を推計した結果、74歳以下で熱中症によって受診した人数は全国で約34万人となった。75歳以上の受診者数は、70~74歳の受診率と、70~74歳と75歳以上の熱中症による死亡者数の比から推計すると、約26万人となった。合わせて2018年の熱中症による受診者数は全国でおよそ59万人と推計される。この結果は、環境省「熱中症環境保健マニュアル202212」の受診総数推計(60万人弱)とおおむね合致した。

2018年は、救急搬送者数が9.8万人だったことから、受診者数は救急搬送者数のおよそ6倍となる。
 
12 環境省「熱中症環境保健マニュアル2022」(https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_full.pdf、2025年1月20日アクセス)
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