空き家所有者が「売る・貸す」選択に踏み出すためには-空き家所有者の意識変容に向けた心理的アプローチの一考察-

2025年03月27日

(島田 壮一郎) 不動産市場・不動産市況

4――回想法の効果

1回想法とは
物語を語る手法の一つとして、回想法が挙げられる。回想法とは、対象者が過去の経験等を語ることによって、心理的および社会的な支援を提供するための手法として用いられる。

回想法の対象は、認知症高齢者や精神的な健康課題を持つ人々に限らず、一般の人々の自己理解や心理的適応の向上にも応用される。その効果は、心理的な安定や認知機能の向上だけでなく、社会的なつながりの再構築や自立支援にも寄与することが多くの研究で明らかにされている。

回想法には、自発的な記憶の想起を重視する「一般的回想法」と、時間軸に沿って過去を振り返り、自己統合を目指す「ライフレビュー」に分けて考えられることが多い。本稿ではこれらの効果に着目するものであり、方法論などには触れないため、まとめて「回想法」とする。
2回想法の効果
回想法が空き家所有者の意識の変化にどのような効果があるかを示すために、回想法の具体的な効果についてまとめる。

回想法の効果について心理的効果・社会的効果・認知的効果・自立支援効果・発達的効果に分類することができる。

(1) 心理的効果
回想法は抑うつ症状を抑え、心理的安定をもたらすことが明らかとなっている10。また、自己肯定感や幸福感を高めることが分かっており11、対象者が過去の経験を言語化し、自己の人生を振り返るプロセスは、心理的負担の軽減やポジティブな感情の喚起に寄与する12
 
(2) 社会的効果
回想法は、社会的つながりを強化するための重要な手段としても機能する。高齢者間のコミュニケーションを活性化し、孤立感を軽減する効果が確認されている13。また、グループ形式での回想法は、参加者間の絆を深める要因となり、地域コミュニティにおける世代間交流を促進する効果があるとされる14。これにより、地域社会全体のつながりが強化され、参加者が社会的価値を感じる機会が増えることが示される。
 
(3) 認知的効果
回想法は、記憶力の維持および認知機能の向上に寄与することが報告されている15。特に、認知症患者においては、回想法を通じて記憶の活性化が促進され、短期記憶および長期記憶の保持が改善する効果が示されている16
感覚刺激を取り入れた回想法は、記憶の鮮明化を助けることで、対象者の認知的柔軟性や問題解決能力を向上させる結果をもたらすことが確認されている17
 
(4) 自立支援効果
回想法は、準寝たきり高齢者*1における日常生活動作(ADL)の向上に有効であることが示されている18。また、過去の成功体験を振り返ることで、自己効力感や意欲が高まり、生活の質(QOL)が改善される効果が確認されている19
さらに、自立支援プログラムの一環として回想法を導入することにより、対象者が自身の能力を再評価し、介護依存の軽減につながることが報告されている20
 
(5) 発達的効果
回想法は、対象者が人生の意味を再評価し、新たな価値観や希望を見いだす手段として機能する21。また、青年期における回想法は、自己同一性(アイデンティティ)の確立や心理的発達を促進する効果があることが示されている22。老年期においては、回想法が自己の役割や人生の意義を再確認する機会を提供し、心理的安定および自己統合*2を支援することが報告されている23
 
*1 屋内での生活は概ね自立しているが、介助なしには外出しない状態のことを指す。
*2 自らの内面について意識し、自己を理解することをさす。
3回想法の効果まとめ
回想法は、心理的、社会的、認知的、自立支援、発達的な側面において多様な効果をもたらすが、これらの効果は空き家に対する意識の変化にもつながると考えられる。個人の経験や記憶を振り返ることで、空き家が単なる「不要な建物」ではなく、過去の暮らしや家族の歴史が息づく場として再認識される可能性がある。

まず、心理的効果の観点では、自己肯定感や幸福感の向上が所有者の空き家への意識に影響を及ぼす。回想を通じて自身の生き方や経験の価値を再認識することで、「この家には大切な思い出が詰まっている」「自分の人生の一部である」といった意識が芽生え、空き家を維持したり活用したりすることへの意欲が生まれる。次に、社会的効果として、孤立感の軽減やコミュニティ内での交流が促進されることで、空き家に関する意識が変化する。例えば、回想を通じて語られる家の歴史が周囲との共通の話題となり、地域の人々との関係が深まることで、「この空き家を地域の交流の場として活かせるのではないか」といった新たな視点が生まれる。空き家が「個人の所有物」から「地域の資源」へと捉え直される契機となる。

また、認知的効果の側面では、記憶機能の向上が所有者の空き家に対する意識変化をもたらす。過去の生活や家の記憶を思い出すことで、「この家にはどのような価値があるのか」「どのように活用できるのか」を考えるきっかけとなる。認知症の進行を抑制するという意味でも、空き家の整理や活用に関わること自体が認知機能の維持に寄与する可能性がある。

さらに、自立支援効果として、ADLの改善や生活の質の向上が所有者の空き家への意識変化につながる。回想を通じて自分の生活環境について考えることで、「この家をどのように活かせば、より快適に暮らせるか」といった実践的な意識が生まれ、自らの暮らしや住環境を主体的に見直すきっかけとなる。

最後に、発達的効果として、回想法が人生の意義を再評価する手段となることで、空き家にも新たな意味が与えられる。「この家をどう残すべきか」「どのように次世代へつなぐか」といった考えが生まれ、空き家を放置するのではなく、新たな役割を持たせる意識が所有者に芽生える。このように、回想法およびライフレビューは、空き家に対する意識を「管理が大変な負担」から「価値ある資源」へと変化させる可能性を持つ。

5――空き家所有者の態度変容の効果について

5――空き家所有者の態度変容の効果について

空き家所有者がストーリーテリングを通じて自身の記憶や思い出を語ることは、空き家に対する意識の変化を促し、活用に向けた行動を後押しする。所有者が語ることで、空き家の価値を再認識し、新たな活用方法を見出すことができる。また、その物語が他者に伝わることで、空き家の需要や適切な活用者とのマッチングが生まれ、結果として空き家の有効活用へとつながる。

(1) 所有者が具体的な活用方法が不明確なケース(イメージできない)。
→所有者が過去の記憶を語ることは、家の特徴や歴史的価値を整理し、活用の可能性を明確にする契機となる。かつて家族が集まった場であったこと、特定の用途に適した構造を持っていることなど、所有者が意識していなかった魅力が浮かび上がる。これにより、「この家にはこんな使い道があるかもしれない」という具体的なイメージが生まれ、行動を起こすきっかけとなる。

(2) 所有者が需要(利用ニーズ)に対する理解が出来ていないケース。
→物語を語ることで、所有者自身では気づいていなかった家の価値が他者によって認識されるという効果がある。所有者が「この家は使い道がない」と思っていたとしても、語られるストーリーの中に第三者が魅力を見出し、新たな利用ニーズが浮かび上がることがある。例えば、「昔ながらの土間が残っている」「地域の人々と交流があった家である」といった特徴が、文化活動の場や地域の集会所としての価値を持つ可能性を示唆する。これにより、所有者は「この家を必要とする人がいるかもしれない」と考えるようになり、市場に出す意欲が高まる。
 
(3) 所有者が「思い入れ」があるため手放したくないケース。
→所有者の「思い入れ」があるために手放すことに抵抗がある場合でも、物語を語ることが所有者の心理的負担を軽減する。所有者が自身の思いを語ることで、その意図に共感する活用者が見つかりやすくなり、「この人ならば家を任せられる」と感じることができるようになる。単に家を処分するのではなく、価値を継承するという視点が生まれることで、納得感を持って次の所有者へ託すことが可能となる。
 
このように、空き家所有者が物語を語ることは、空き家を「不要な負担」として捉えるのではなく、「新たな可能性を持つ資源」として再認識する契機となる。所有者自身が家の活用に向けた意識を高めるとともに、第三者とのつながりを生み、適切な活用へと結びつく。このプロセスを通じて、空き家問題の解決に向けた新たなアプローチを考えていく必要がある。

6――まとめ

6――まとめ

本稿では空き家の所有者の意識を変容させるために、ストーリーテリングおよび回想法を用いることの効果について整理を行った。ストーリーテリングや回想法には自己に対する意識を向上させることや、共感や理解する能力の向上が見られる。ストーリーテリングや回想法は自己に向けられた手法だが、自分が住んでいた家を自己の人生の一部と捉えれば、同様の効果が期待できるのではないか。

そのために、空き家の所有者が自らの所有する物件について、売買や活用の意思に関わらず、物語る場を提供することが必要である。その形式としては、ワークショップやオンライン掲示板などが考えられる。実際にどのような形で行うことがより所有者の意識の変化を促すかは、回想法の具体的な技法の調査や実証実験において明らかにしていきたい。


1. 島田、壮一郎. 空き家の除却と物語 -アップサイクルで繋がる空き家の物語- . (2024).
2. 島田、壮一郎. 空き家の物語の活用 ―よりよい居住を売却価値に― . (2023).
3. 公益財団法人 東北活性化研究センター. 空き家等で地域を活性化する方法. https://www.kasseiken.jp/kassecms/wp-content/uploads/2024/04/2023fy-02-00.pdf (2024).
4. Tatjana, K. Storytelling as a Teaching Tool: The Importance and Benefits for Business English Students. International Journal of Humanities, Social Sciences and Education 8, 105–109 (2021).
5. Rokhmawan, T. et al. Teachers and Students Benefits Bringing Oral Storytelling in Front of the Classroom. Bulletin of Community Engagement 2, 70–88 (2022).
6. Wright, C. Z. & Dunsmuir, S. The Effect of Storytelling at School on Children’s Oral and Written Language Abilities, and Self-Perception. Reading & Writing Quarterly 35, 137–153 (2019).
7. Zengo, L. Storytelling in the Digital Age: How It Came to be and what should or Should Not Be Done. Interdisciplinary Academic and Research Journal 4, 531–560 (2024).
8. Brockington, G. et al. Storytelling increases oxytocin and positive emotions and decreases cortisol and pain in hospitalized children. Proc. Natl. Acad. Sci. 118, (2021).
9. Ramamurthy, C., Zuo, P., Armstrong, G. & Andriessen, K. The impact of storytelling on building resilience in children: A systematic review. J Psychiatr Ment Health Nurs 31, 525–542 (2024).
10. 古村美津代. 抑うつを伴う施設入居高齢者の構造的ライフレビューによる心理的プロセス. 日本看護研究学会雑誌 30, 4_53-4_59 (2007).
11. 古橋啓介. 健康高齢者の記憶機能に及ぼす回想法の効果. 福岡県立大学人間社会学部紀要 20, 45–52 (2012).
12. 野村信威 & 橋本宰. 地域在住高齢者に対するグループ回想法の試み. 心理学研究 77, 32–39 (2006).
13. 志村ゆず, 唐澤由美子 & 田村正枝. 看護における回想法の発展をめざして :文献展望. 長野県看護大学紀要 5, 41–52 (2003).
14. 永末正志 & 古橋啓介. 健康高齢者の将来展望に及ぼすグループ回想法の効果. 福岡県立大学心理臨床研究 6, 103–110 (2014).
15. 堀理江. ライフレビューに見出されるがん患者の希望 *. 日本がん看護学会誌 27, 56–64 (2013).
16. 藺牟田洋美, 安村誠司 & 阿彦忠之. 準寝たきり高齢者の自立度と心理的 QOL の向上を目指したLife Review による介入プログラムの試行とその効果. 日本公衆衛生雑誌 51, 471–482 (2004).
17. 緒方泉. 認知症高齢者が語り描く生活体験  集団回想描画法を用いた事例研究. 生活体験学習研究 9, 1–11 (2009).
18. 田村恵子 & 小島操子. 末期がん患者の人生や存在の意味づけへの援助の開発-ライフ・レビュー・インタビューを取り入れて-. 日本看護科学会誌 17, 242–243 (1997).
19. 野村信威 & 橋本宰. 青年期における回想と自我同一性および心理的適応の関連. パーソナリティ研究 15, 20–32 (2006).
20. 来島修志, 石井文康, 山中武彦 & 水谷なおみ. 回想法を活用した認知症予防のためのまちづくりに関する研究─A市における人材育成に着目したアクションリサーチを通して─. 日本福祉大学社会福祉論集 130, 117–144 (2014).
21. 山崎久美子 & 林千晶. 高齢者のクオリティ・オブ・ライフに及ぼすライフレビュー法の効果研究. 日本保健医療行動科学会年報 25, 185 (2010).
22. 太田有希 & 井上健. 高齢者及び認知症患者に感情表出を促す回想法の効果について. 人文論究 58, 59–69 (2009).
23. 別所遊子, 細谷たき子, 長谷川美香 & 吉田幸代. 寝たきり高齢者の訪問看護における回想法活用の効果. 日本地域看護学会誌 6, 25–31 (2003).

社会研究部   研究員

島田 壮一郎(しまだ そういちろう)

研究領域:不動産

研究・専門分野
都市・地域計画、住民参加、コミュニケーション、合意形成

経歴

【職歴】
 2022年 名古屋工業大学大学院 工学研究科 博士(工学)
 2022年 ニッセイ基礎研究所 入社
【加入団体等】
 ・土木学会
 ・日本都市計画学会
 ・日本計画行政学会

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