ヘルスケアサービスのエビデンスに基づく「指針」公表

2025年03月25日

(村松 容子) 医療

1――はじめに

現在、多様なヘルスケアサービスが提供されている。

ヘルスケアサービスが公的医療保険外の予防や治療後の社会復帰のためのものも多い。しかし、サービス内容のばらつき、アウトカム発現までの時間軸の長さ、日常生活や環境・社会要因等により、効果測定やエビデンス評価が難しく、エビデンス構築のための研究手法が十分に確立していないと考えられている1

サービスを効果的に社会で活用していくためには、サービスを開発・提供する事業者がエビデンス構築を通じて差別化を実現し、ビジネスモデルを成立できること、利用者はサービスの特長と効果を理解し、自分にあったサービスを選定できることが重要となる。

公的医療保険の対象の技術やサービスについては、安全性や効果を評価し、取り入れる仕組みがあるが、保険外の技術やサービスについては、その効果や信頼性を評価したり、サービス提供事業者、アカデミア、利用者の間で合意形成を図る仕組みが確立されていない。

経済産業省とAMED(日本医療研究開発機構)は、ヘルスケアサービスのエビデンスを構築し、社会実装していく仕組みを2022年度から行ってきた。2024年度に、1次予防に関して、中年期の高血圧、糖尿病、慢性腎臓病、老年期の認知症、サルコペニア・フレイル、職域のメンタルヘルス、女性の健康の7分野で策定が行われ、指針が順次公表され始めている。そこで、本稿では、その背景について紹介する。
 
1 AMED「ヘルスケアサービスの現状と課題」(https://healthcare-service.amed.go.jp/

2――ヘルスケアサービスをとりまく環境

2――ヘルスケアサービスをとりまく環境

1|個人・企業や自治体における健康意識の高まり
内閣府の「国民生活に関する世論調査2」によれば、今後の生活の力点として「健康」をあげる人は全体で69.0%と「資産・貯蓄(41.8%)」「食生活(37.0%)」「所得・収入(34.6%)」等と比べて大幅に高い。さらに、近年、健康維持・増進に向けたスマホアプリや、精度が高い血圧計や体組織計、ウエアラブル端末の普及にともない、個人の心身の状態を手軽に保存・利用できるようになった。コロナ禍における外出自粛や感染症への不安等から、日ごろから自分の健康に関心が向くようになった可能性が考えられる。

しかし、2025年1月に日経BP総合研究所とAMED(日本医療研究開発機構)が20~60代の男女を対象に行った調査3では、デジタル技術(IT)を活用した予防・健康づくりのためのヘルスケアサービスを利用しているか尋ねた問に対して、利用している割合は無料サービスを個人的に利用している割合が6.5%と、有料サービスや自治体、勤務先が提供するサービスを上回る程度にとどまり、利用者はほとんどいない。その他、25.7%が「まだ利用を検討していないが、興味はある」、57.8%が「利用するつもりはない」と回答していた。

日本の場合、病気になった場合は公的医療保険で受診ができることや、学校や勤め先、居住地で健康診断が提供されていることから、自分自身で健康を作って行こうとする意識が低いのかもしれない。
無料のサービスに次いで高いのは、勤務先が提供するサービス(2.9%)だった。近年、高齢化や医療費の高騰といった社会環境のほか、健康経営の推奨等もあり、企業や自治体による健康への関心も高まっている。2015年以降、日本再興戦略(2013年閣議決定)によって、すべての公的医療保険の保険者は、レセプト(医療機関による診療報酬明細書など)や健診結果の情報などのデータ分析に基づき効率的・効果的な保健事業を実施するための「データヘルス計画」を作成し、実施・評価結果を公表することが義務づけられた。

データヘルス計画では、保険者に対して、外部のヘルスケアサービス提供機関に委託することを推奨している。企業においては、法定外福利厚生費が横ばい、あるいは低下トレンドをたどる中、ヘルスケアサポートについては増加を続けており、福利厚生の中で、健康増進サービスを提供する企業もある。
 
2 内閣府「国民生活に関する世論調査(令和6年)」(https://survey.gov-online.go.jp/r05/r05-life/
3 AMED・日経BP 総合研究所「デジタルヘルスケアサービスに関するアンケート」(2025年1月実施)https://www.nikkeibp.co.jp/atcl/newsrelease/corp/20250214_2/
2|健康サービス利用の実態
保険者が外部のサービス提供機関と契約するときの事業者選定の基準について、保険者にヒアリングを行った結果が公表されている4。これによると、事業者選定の基準として、スピード感や信頼感、予算が合うこと、セキュリティへの対応等のほか、当該領域に実績のあることをあげている。しかし、応募事業者のサービス内容には大差なく、予算面が決め手となった等、内容における選定が難しいといった発言がある。今後の希望として、サービス内容の違いがわかるように、第三者認定の仕組みや事業者の強みが見えることなどがあげられている。また、サービス内容に対する評価基準は定めていない。

こういったことから、これまで、ヘルスケアサービス提供機関に委託する場合にも、サービスの内容について選定・評価することが難しい環境にあったと考えられる。
 
4 厚生労働省 健診等情報利活用ワーキンググループ 民間利活用作業班 第6回「資料3 民間PHRサービス利用者へのアンケート調査結果等」(2021年2月)https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/chosakekka.pdf
3|PHRシステムの民間利用
このような中、国が整備を進めている医療DXで構築される全国医療情報プラットフォームのデータは、個人の健康管理のためにPHRとしてマイナポータルから閲覧が可能となっている。PHRシステムでは、自分の健康診断の結果やレセプトの情報を、民間が提供するヘルスケアサービスと連動してより充実したサービスを受けることが可能となっている。民間ヘルスケアサービス提供事業者に対しては、総務省、厚生労働省、経済産業省が、国のPHRを介して得た個人の健康情報を管理、利活用をする場合に守るべきルールを「PHRサービス提供者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針5」として整備している。

なお、2024年3月に厚生労働省が公表した調査結果6では、マイナポータルから情報を連携しているヘルスケアサービス提供事業者は増加傾向にあるが、調査時点でおよそ7割がPHRと連携を検討していなかった。調査の中で、「シニア層が普段の健康維持のために使えるような新サービスを展開する可能性はあると考えている。」「一方で、真に利用者が利便を享受できるようなサービスとして具体的な構想があるわけではない。」「連携によって取得した情報を活かしたビジネスについて、具体的な展望が見えていない。」「診療情報等については、その活用可能性を研究している段階。」といった意見が出ていた。

マイナポータルを介した情報連携に対する利用者個人のニーズがわからないことや、診療情報の利用と提供できるサービスの内容について慎重な意見が多いことがあげられていた。
 
5 経済産業省「民間 PHR 事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210423003/20210423003-1.pdf
6 厚生労働省 健診等情報利活用ワーキンググループ 民間利活用作業班 第13回「資料3 「PHR基本的指針」の適用状況及び民間PHRサービスの現状調査報告書 概要版」(2024年3月)https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001231147.pdf
4|ヘルスケアサービス市場の規模拡大
こういった環境のもとで、ヘルスケアサービスの市場規模は拡大している。

経済産業省は、公的医療保険外のヘルスケア・介護に係る国内市場規模を、PHRや健康経営を推進することで、2020年の約25兆円から2050年には77兆円とすることを目標として掲げている。このうち約60兆円が健康保持・増進にはたらきかけるもので、約17兆円が患者や要支援・要介護者の生活を支援するものである7

他業態からの参入も活発である。PwCが2022年に実施した「ヘルスケア事業新規参入に関する企業意識調査」では、業種を問わず70%の企業がヘルスケア事業への参入に関心を寄せており、約25%の企業が「すでに事業実施中」と回答していた8。国のPHR事業においても、異業種連携を通じた、生活者のニーズに即した多様な PHRサービスの創出を目指している9
 
7 経済産業省第 健康・医療新産業協議会第5回「資料5 新しい健康社会の実現に資する 経済産業省における施策について」(2024年7月)https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/kenko_iryo/pdf/005_05_00.pdf
8 PwC Japan「ヘルスケア業界への参入をPwCコンサルティングが組織横断で支援」(2023年3月)https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/newsletters/hpls-newsletter/back-number2303.html
9 経済産業省第 健康・医療新産業協議会第5回「資料5 新しい健康社会の実現に資する 経済産業省における施策について」(2024年7月)https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/kenko_iryo/pdf/005_05_00.pdf
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