東南アジア経済の見通し~景気は堅調維持、米通商政策が下振れリスクに

2025年03月21日

(斉藤 誠) アジア経済

1.東南アジア経済の概況と見通し

(経済概況:輸出拡大により景気回復)
東南アジア5カ国(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム)の経済は2024年は輸出の回復と良好な内需により緩やかな拡大を続けた。外需は米国の底堅い消費需要や国際的なIT関連需要の増加により財輸出が回復し、サービス輸出も継続的に拡大した。また内需はこれまでの金融引き締めの累積効果が重石となるも、インフレ圧力の緩和や労働市場の改善、政府主導のインフラ開発などが下支えとなり堅調な伸びを維持した。
2024年10-12月期の実質GDP成長率(前年同期比)をみると、ベトナム(同+7.6%)とタイ(同+3.2%)、インドネシア(同+5.0%)の3カ国が前期から上昇した一方、マレーシア(同+5.0%)が前期から低下、フィリピン(同+5.2%)が横ばいだった(図表1)。総じて経済の輸出依存度の高いベトナムとマレーシア、タイは輸出拡大により製造業が回復して景気が堅調もしくは回復基調にあり、フィリピンは年後半の悪天候の影響により2四半期連続で低めの成長だった。
(物価:緩やかな伸びにとどまる)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は落ち着いた動きとなっている(図表2)。2023年はエネルギー価格の下落や各国中銀の金融引締め等によりインフレが鈍化、昨年前半に食品高や通貨安により底入れしたが、現在も落ち着いた動きが続いている。

先行きのインフレは上向くが、緩やかな伸びにとどまる展開を予想する。雇用環境の改善や賃金上昇など各国の雇用所得環境は改善しており、需要側の要因からインフレ率が上向くだろうが、これまでの金融引き締めの累積効果が続くほか、外需への逆風に起因する成長の下振れが徐々にディスインフレ圧力を生むだろう。国別にみると、インドネシアは付加価値税率の引き上げと今年1-2月の電気料金50%割引措置の終了、マレーシアは最低賃金の引上げや燃料補助金の一部削減など政策要因が物価動向を左右するだろう。
(金融政策:インドネシアとフィリピンが追加利下げ実施)
東南アジア5カ国の金融政策は、インフレの沈静化や昨年後半の米国の利下げ観測の高まりを受けて利下げ余地が生まれ、幾つかの国では金融緩和サイクルが始まってる。フィリピンは米国に先行する形で昨年8月から3会合連続の利下げ(計0.75%)、インドネシアは昨年9月と今年1月に段階的かつ慎重な利下げ(計0.5%)、タイは景気回復の遅れにより昨年10月と今年2月に利下げ(計0.5%)を実施している。
先行きはフィリピンとインドネシアが金融緩和を続けるだろう。各国は足元の物価が落ち着いた水準にあり、先行きの物価上昇圧力が強くないため利下げ余地がある。現在もなお金利水準の高いフィリピンとインドネシアは今年末にかけてそれぞれ計0.75%の利下げを実施すると予想する。もっとも経常赤字を抱える両国は多額のドル建て債務を抱えており、為替レートは米国との金利差に強く連動する。特にトランプ米政権の関税措置や大規模減税はインフレを加速させ、米国金利を押し上げる可能性があり、アジア通貨の減価要因となる。通貨安は経常赤字を拡大させ、それが更に通貨を下落させるという悪循環を招く恐れがあるため、金融市場を睨みながら慎重に金融緩和を進めるだろう。一方、マレーシアとベトナム、タイは輸出拡大により景気が堅調(もしくは回復基調)にあり、将来の利下げ余地を確保するため年内は金融政策を据え置くと予想する。
(経済見通し:米トランプ政権の通商政策の影響次第では成長下振れの可能性も)
2025年は外需が弱まるものの、内需を中心に堅調な成長を維持するだろう。

外需は、IT関連需要の継続的な増加が予想され、当面は輸出拡大が景気のけん引役となるだろうが、トランプ政権による保護主義的な貿易政策が強まるなかで米国や中国の経済が減速して、年後半は輸出の増勢が鈍化するだろう。また、これまで東南アジア諸国は米トランプ政権の通商政策の直接的な対象となっていなかったが、4月に発動予定の相互関税では標的となりかねない。主要貿易相手国である米国から追加関税を課されれば、東南アジアも打撃を受けることとなる。しかしながらトランプ関税のメインターゲットは中国であり、既に今年2月と3月に計20%の追加関税が課されている。東南アジア諸国にとって中国向けの輸出はマイナスの影響を受けるが、中国からの生産移転先として海外からの投資流入が続くこととなるため成長にはプラスの影響が期待される。このほか、インバウンド需要は中国人観光客の回復が遅れており、今後の伸び代があるため外国人観光客数の増加は続くと予想される。しかし2025年はコロナ禍からの経済正常化により盛り上がりをみせた過去2年間と比べて増勢が鈍化して、景気のけん引力は低下しそうだ。
内需は堅調な伸びが予想される。良好な雇用環境と賃金上昇、インフレ圧力の緩和によって家計の実質所得が増加するため、民間消費は堅調に推移するだろう。また投資は、グローバルサプライチェーンの再構築やデータセンターの投資ブームなどから域内への海外資本の流入が続くため、民間投資を中心に底堅い成長が続くと予想する。また金融緩和を実施した国では、これまで家計・企業の活動を圧迫していた金融引締めの累積効果が和らぐだろう。

国別にみると、経済の輸出依存度が高いベトナム、マレーシアは2025年に輸出の増勢が鈍化して成長率が低下しよう(図表4)。一方、フィリピンは悪天候、タイは政府支出の停滞により2024年の成長率が押し下げられていたこともあり2025年は景気の改善を予想する。

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠(さいとう まこと)

研究領域:経済

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴

【職歴】
 2008年 日本生命保険相互会社入社
 2012年 ニッセイ基礎研究所へ
 2014年 アジア新興国の経済調査を担当
 2018年8月より現職

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