コラム

グリーン車から考える日本の格差-より多くの人が快適さを享受できる社会へ-

2025年03月18日

(金 明中) 社会保障全般・財源

東海道本線、横須賀線、常磐線に続き、3月15日から中央線快速・青梅線でもグリーン車の運行が開始された。グリーン車の運行区間は、中央線快速が東京~大月間、青梅線が立川~青梅間となっている。グリーン車を利用するには、運賃とは別に「普通列車グリーン券」が必要であり、デッキや通路に立っている場合でも購入が必要となる。

「普通列車グリーン券」の料金は、紙のきっぷの場合、50キロまでが1,010円(Suica利用時は750円)、100キロまでが1,260円(Suica利用時は1,000円) となっている。

筆者が2025年3月14日のお試し期間中に体験したグリーン車は、本当に快適で、一度グリーン車に乗ると、他の車両には戻りたくなくなる気持ちになると感じた。しかし、毎日通勤で利用するとなると、Suicaを利用しても往復で少なくとも1日1,500円の追加負担となる。

2024年のビジネスパーソンの平均ランチ代が424円1であることを考えると、いくら快適であっても、毎日の電車代に追加で1,500円を支出できる庶民は多くないだろう。

実際、筆者はお試し期間が終わり、グリーン車の本格運用が始まった3月15日に中央線快速を利用した際、少し違和感をおぼえた。グリーン車の4号車と5号車は空席が目立つ一方で、その隣の一般車両は乗客で溢れかえっていたからだ。また、「グリーン車に乗る」と泣き崩れる子どもを抱えながら、一般車両へ移動する親の姿も目にした。

グリーン車の運用初日ということもあり、混乱があったのかもしれない。しかし、グリーン車両と一般車両の対比を目の当たりにして感じたのは『格差』だった。日本社会に広がる格差を、在来線の普通列車という身近な場所で実感した。なぜか、気持ちが沈む。

もちろん、グリーン車の導入を批判する気持ちは微塵もない。快適な座席に座って移動したいという需要が増えれば、それに応じたサービスを提供するのは企業として当然のことだ。ただ、グリーン車を目にすると、どうしても世の中の格差を思い出してしまう。

実際、日本の所得格差の拡大はジニ係数の推移からも確認できる。市場所得基準のジニ係数は、2018年の0.5594から2021年の0.5700へと上昇し、再分配所得のジニ係数も同期間に0.3721から0.3813へと増加した。これは、日本国内の所得格差が拡大していることを示している。

また、中位所得の50%以下に該当する世帯の割合を示す相対的貧困率は、2021年時点で15.7%となり、G7諸国の中で最も高い数値を記録した。さらに、66歳以上の高齢者の貧困率も20%に達している。

慶應義塾大学の山本勲教授と石井加代子特任准教授2は、全国の家計を追跡したパネルデータを解析し、次のように分析結果を説明している。

「パンデミック初期に導入された経済支援策は、特に低所得層の収入低下を防ぐ効果を発揮し、その結果、コロナ禍以降の中期的な所得格差の拡大は見られませんでした。(中略)しかし、コロナ禍を経て、全体的にウェルビーイングは悪化しました。特に、所得階層別にみると、高所得層ではウェルビーイングが向上した一方、低所得層では悪化したことが分かりました。つまり、コロナ禍を経て、所得格差に連動する形でウェルビーイングの格差が拡大したと解釈できます。」3

二人の分析によれば、新型コロナウイルスの感染拡大以降、政府からの助成金により所得格差は拡大していないという結果が示された。しかし、政府からの助成金が終了し、円安による輸入物価の高騰などの影響で、実質賃金は3年連続でマイナスとなっている。その結果、庶民の生活はますます厳しさを増している。

今後、国民の所得水準が改善されるとともに、所得格差が解消され、より多くの人が「グリーン車」の快適さを享受できる社会になることを願う。
 
1 株式会社エデンレッドジャパン(2024)「2024年ビジネスパーソンのランチ実態調査」
2 Ishii, Kayoko and Isamu Yamamoto (2024) "Trend in Income and Well-being Inequality During the COVID-19 Pandemic in Japan," Social Indicators Research,
3 慶應義塾大学「コロナ禍がもたらした新たな格差の実態 -所得格差に連動したウェルビーイング格差の拡大-」プレスリリース、2025年1月20日2頁より引用。

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中(きむ みょんじゅん)

研究領域:社会保障制度

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴

プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
       東アジア経済経営学会理事
・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)

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