企業のマーケティングや営業にもサステナビリティ変革の足音-34年ぶりのマーケティング定義刷新に見る地方創生への期待

2025年02月14日

(小口 裕) 消費者行動

3|1990年代定義~サステナビリティより「成長の加速」が優先された時代
無論、今回の改訂に見られるような「サステナビリティの視点」が当時まったく欠如していたわけではない。マーケティングとサステナビリティとの関係は古く、1970年代に企業の社会的責任(social responsibility)の主張を背景にソーシャル・マーケティング13が登場した時期まで遡る。

その後、1987年に国連が公表した報告書「Our Common Future」では「持続可能な開発(Sustainable Development)」14が初めて提唱される中で、同年に採択されたモントリオール議定書では、フロン類の生産・使用削減が国際的に合意されている。一方で、国内では多重多額債務被害など消費者問題が深刻化していた時期でもあり、1990年定義の「公正な競争」という表現で示されている通り、当時のマーケティングは、競争を通じた利潤追求のみならず企業の社会的責任や社会利益の追求を取り入れようとする姿勢も見られていた。しかし、当時の日本経済は「成長を加速」することが期待され、求められていた時代でもあり、市場の持続可能性以上に、市場成長の加速が優先されていた点は否めない15
 
13 ソーシャル・マーケティングとは、企業の対市場活動であるマーケティングに、プロフィット・シンキングという、利潤追求だけでなく、より大きく社会的責任を課し、社会利益追求の考え方を導入していこうという考え方。 Lazer, W., "Marketing`s Changing Social Relationships," Journal of Marketing, Vol. 33, No. 3, 1969, pp. 3-9.
14 1987年に国連の「環境と開発に関する世界委員会(WCED)」によって発行された。この委員会は、グロ・ハーレム・ブルントラント元ノルウェー首相が委員長を務めたことから、「ブルントラント委員会」とも呼ばれている。
15 浅井慶三郎, 宇野政雄, 坂井幸三郎, 疋田聰, 濱口秀夫, 馬場房子. (1991). JMAマーケティング新定義発表とシンポジウム: 拡大するマーケティング概念と多元的市場創造. ジャーナルフリー, 11(1), 60-66.
4|2024年定義~当面の人口減少とポストグロースを意識
しかしその後、バブル経済崩壊後の長期にわたる経済停滞を経て、少子高齢化時代となり、ポストグロースという前提の下でマーケティング活動をどのように再定義するのか、本改訂の核心となっていた。 

その一つは、「持続可能な社会の実現」をマーケティングの中心的役割と位置付け、事業活動を通じて社会価値を創出する視点である。これは、企業が社会的課題の解決に貢献しながら経済的価値を創出する経営を目指す「共有価値(Creating Shared Value, CSV)」の考え方とも合致しており、企業を始めとする幅広い主体による今後のマーケティング活動の方向性を示すものといえる。
5|改訂のポイントは「価値共創」「関係性」「構想」
新たに改訂された定義の細部に目を移すと、「顧客や社会との価値共創」「ステークホルダーとの関係性の醸成」「持続可能な社会の実現に向けた構想」などの細かい表現1つ1つにその核心が見えてくる。
まず、「顧客」と「社会」が並列に置かれて表現されている点は特筆すべきである。1990年の定義では、「マーケティングは顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う」と表現されている。顧客という言葉には、本来のカスタマー以外の住民や地域社会など広義の社会的な存在も含意されていたが、今回の改訂では「顧客」と「社会」が明確に分かれて表現されており、かつ並列に扱われている点は重要な変化である。

また、「関係性の醸成」という点にも注目したい。過去のマーケティングの中心概念は長らく、モノやサービス、モノとモノをやり取りする「交換16」に置かれていたが、今回の定義からそのニュアンスが後退している。これは100年以上に及ぶマーケティング史でも画期的な変化である。この変化には、マーケティングを一過性の取引ではなく、長期・継続的な関係と位置付ける「関係性マーケティング」の考え方が反映されている。

背景には、SaaS(Software as a service)などのデジタルサービスの普及や、関連するビジネススキームの変化がある。さらに、顧客生涯価値(Customer Lifetime Value, CLV)を重視する姿勢など、企業はより長期的な視点で顧客を資本として捉える考え方へと移行している。極論すれば、製品やサービスは単なる手段にすぎず、企業の目的は顧客や社会との関係構築にある、とも解釈できるだろう。したがって、実務的によく用いられている「顧客満足(CS)」の考え方も、NPS(ネット・プロモーター・スコア)に代表される様な一過性の指標にとどまらず、今後は長期・継続的な関係性の維持・発展を評価する指標を加えていく必要がある。

また、「構想」という表現にも着目したい。企業の事業計画や方針で用いられることも多い「戦略」という言葉が、まったく用いられていない点は示唆的である。1990年代の定義では「顧客との相互理解を得ながら、公正な競争」と表現されていたが、今回の改訂では、マーケティング活動において、「競争」によって何か獲得するのみならず、むしろ「共創」によって顧客と共に価値を築くことの重要性が強調されていると言える。
 
16 マーケティングのルーツの一つは、社会学における交換理論がある。これは個人や集団の間での相互作用、つまり社会的な交換がどのように行われるかを説明する理論である。Homans, G. C. (1958). Social behavior as exchange. American Journal of Sociology, 63(6)

5――「社会との価値共創」とは何か

5――「社会との価値共創」とは何か

1|官民連携と「社会との価値共創」
「顧客との価値共創」という言葉は従前から使われていたが、あらためて、経済産業省の「価値共創ガイダンス2.0」や、日本マーケティング協会の「マーケティングの定義(2024)」にも触れられている「(地域)社会との価値共創」について具体的に考えてみる。

詳しくは別稿にて触れるが、官民連携(PPP: Public Private Partnership)は、民間資金を活用したインフラ整備・運営を行うPFI(Private Finance Initiative)や指定管理者制度、地方自治体と企業等が地域課題に向けて締結する「包括連携協定」、地域密着型のプロモーション活動などのCSR活動に至る幅広い形態がある。

かつ、その領域も「スマート化・DXによる生産性向上」「地域をフィールドとしたPoC(Proof of Concept)による新商品創出」そして「地域活性化」に至るまで幅広い。本稿では、マーケティングや営業活動という観点から、包括連携協定や民間のCSR活動による「社会との価値共創」のケースを見ていく。
2|事例1:京都市と大塚製薬株式会社による「社会との価値共創」ケース
最初のケースとして、官民連携の下で地域密着型のプロモーション活動を展開することで、商品需要喚起と社会的課題の解決に貢献したアプローチを取り上げる。
具体的には、2017年に京都市と大塚製薬が包括連携協定を締結して、「食」を通じた健康分野で「朝食摂取啓発」活動を展開した事例17(図表4)である。

同社の主力商品「カロリーメイト」を、受験生に向けた応援メッセージを添えて受験生に配布した活動だが、その配布場所として共通テスト会場近隣の京都市営地下鉄駅構内が活用されている。

この取り組みを個別企業のマーケティング活動として捉えると、その成果は、パブリックリレーションによる話題醸成とブランドの向上、当該商品の需要喚起などにあると思われる。農林水産省の調査によれば、若年層男性の朝食欠食率(まったく朝食を食べない)は2割を超えており18、その潜在マーケットの需要掘り起こしに繋げている点は、地方創生2.0の前提となっている人口減少に適ったマーケティング活動といえる。

一方で、この活動を「社会との価値共創」の側面でみると、朝食欠食率の高い若年層の健康づくりの推進であり、政策的には「健康長寿のまち」実現を掲げ、SDGs未来都市計画でも「市民が主体的に健康づくりに取り組むこと」を目標に掲げる京都市の政策と整合を持つ。さらに農林水産省の第4次食育推進基本計画19が掲げる「若年層の朝食欠食率低減」という政策目標にも貢献しており、まさに、企業のマーケティング活動と社会課題の解決が一体となり社会と価値共創する「サステナブル・マーケティング」の好例と言える。
 
17 京都市(2025年1月10日付プレスリリース)「京都市×大塚製薬株式会社 \朝食で受験生を応援!企画/」
18 農林水産省「食育に関する意識調査」(2019年10月実施) 調査によれば、男性の21%、女性の11.8%が朝食をほとんど食べず、週2~3回のみ食べる層を含めると、男性の3割以上が朝食欠食傾向にある。
19 食育基本法に基づき、食育の推進に関する基本的な方針や目標。令和3年3月に食育推進会議で決定
3|事例2:新潟県粟島浦村とカルビー株式会社の「社会との価値共創」ケース
また、官民連携の枠組みの中で、民間企業が地方・地域の持続可能な農産物から新製品開発を行い、地域の農業・産業振興を貢献するアプローチについて考えてみる。
その好例として、新潟県粟島浦村におけるカルビー株式会社との官民連携事例「カルビー miino 粟島 一人娘プロジェクト」がよく知られている。栗島浦村は日本海の離島であり、「粟島浦村のまち・ひと・しごと・まなび創生」(平成28年3月)20では、同島の農林資源を商品化(観光商品・特産品)するための生産・加工・販売の仕組み構築や、着地型観光の推進、体験プログラムを通じた消費促進が課題とされていた。

もともと粟島浦村は、甘みが強く大粒の青大豆(品種名:一人娘)の産地であったが、カルビーの担当者がこの青大豆の原材料としての優位性を評価して、粟島浦村と事業協力しながら2021年にテスト栽培を開始、翌2022年には同村の観光協会主体で島外からの収穫ツアーの受け入れを始め、青大豆を原材料とする菓子商品を限定数量で販売している21(図表5)。

2024年には同島の青大豆の耕作栽培面積が約10倍にまで拡大し、離島経済の活性化や持続可能な農業モデルとして注目されており、内閣府の「地方創生SDGs 官民連携優良事例」に認定22されている。

この取り組みのマーケティング活動面の成果として、パブリックリレーションによる話題創出やブランディングにとどまらず、新商品開発による収益化にまで拡大している点は興味深い。また「社会との価値共創」の観点では、地方創生で「農業の担い手確保と新規参入支援」として重点化されている農業後継者不足や休耕地問題の解消と、地方創生2.0で課題とされている「関係人口の増加」に繋がる取り組みであり、こちらも官民連携の枠組みによるサステナブル・マーケティングの代表的な成功例と言えるだろう。
 
20 粟島浦村人口ビジョン「まち・ひと・しごと・まなび創生」(平成28年3月)
21 カルビー株式会社 (2024年4月15日付プレスリリース)「今年は栽培面積の拡大により価格が約1/3に!新潟県・粟島の青大豆 「一人娘」を使った『miino一人娘 しお味』」
22 内閣府 地方創生SDGs官民連携プラットフォーム 連携事例「カルビー miino 粟島 一人娘プロジェクト」
4|市場を攻めて、刈り取る「戦略」から、市場を育成・深耕する「構想」へ
ここまで「社会との価値共創」の具体的事例を見てきたが、これまでの企業の事業活動は、売上やシェア拡大を通じた成長が大義であった。

しかし、人口減少を当面の前提とする社会では、単なる量的な拡大成長だけでは、逆に、市場としての地域社会が徐々に疲弊してしまい、持続的な成長に繋がりにくい「合成の誤謬」に陥るリスクが生じる。
そのような中で、企業に求められるのは、市場をどのように攻め、刈り取るかという戦略発想のみならず、市場をどのように育成・深耕していくかという共創的な視点である。すなわち、地方創生の視点でいえば、「社会との価値共創」を通じて、地域の外部経済を拡大し、外部不経済を抑制していく活動であり、たとえ一時的に利益を減じる局面があったとしても、顧客や社会のベネフィット(利益)の総量拡大に寄与しながら、長期的に持続可能な成長を目指していくという発想が求められていると言えるだろう。

また、ニッセイ基礎研究所の調査では、地方部(三大都市圏以外)において、地域の持続可能性に配慮された生産物や製品が支持される傾向が見られており23、これらもプラスの側面として留意したい(数表4)。
 
23 (前掲)ニッセイ基礎研究所「サステナビリティに関する消費者調査」/(2024年調査)調査時期:2024年8月/有効回答数:2500s サステナビリティに関する日常行動として28項目をMA形式で聴取しており、うち2項目を抜粋・集計している。三大都市圏は関東圏(一都三県)、中京圏(3県)、近畿圏(5府県)の合計(n=1616)としており、それ以外を「三大都市圏以外」(n=844)としている。

生活研究部   准主任研究員

小口 裕(おぐち ゆたか)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴

【経歴】
1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

2008年 株式会社日本リサーチセンター
2019年 株式会社プラグ
2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

【加入団体等】
 ・日本行動計量学会 会員
 ・日本マーケティング学会 会員
 ・生活経済学会 准会員

【学術研究実績】
「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

*共同研究者・共同研究機関との共著

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