以上、今回のレポートでは、EUのソルベンシーIIレビューを巡る動きについて、最終決定したソルベンシーII指令の改正内容の概要及びそれに関連しての欧州委員会やEIOPAにおける「レベル2以下」の委任規則等の検討状況等について報告してきた。
前回の基礎研レポート「
英国におけるソルベンシーⅡのレビューを巡る動向(その8)-2024年における動き(Brexit後の4年間の取組みが最終化)-」(2024.12.3)では、英国におけるソルベンシーIIのレビューの動向について報告した。英国においては、EU離脱後は独自で検討を進めることができることから、EUに比べると、より迅速に見直しが行われてきている。これに対してEUにおいては、加盟国間の調整や立法のためのEU内の各種のプロセスを経る必要があることから、より時間を有する形になっている。さらには、これからは各加盟国が国内法に導入していくプロセスも必要になってくる。もちろん、見直しの対象項目やそれらの影響等も異なっていることから、一概に両者の状況を比較することはできないが、少なくとも現時点で想定される実際の適用時期という観点からは、英国においてはEUに比べて2年は早く改革が実施される形になっている。これは、ある意味でBrexitが目指していたものを実現できているといえるのかもしれない。
これまでも繰り返し述べてきているが、今回のソルベンシーIIの見直しでは、EUと英国の改革の内容には、共通点と相違点がある。両者とも、経済活性化のための資本解放やサステナビリティへの対応といった観点から、改革が進められてきた。今回の改革では、保険業界が要望してきた資本要件の削減が1つの大きな焦点になってきた。実際に、今回の改革による資本要件の軽減額について、金利の状況等の前提条件(金利が上昇すると減少)によるが、EUでは数百億ユーロ(2023年11月のEIOPAの推計では426億ユーロ、2024年6月のS&P Global Ratingsの推定によれば最大800億ユーロ)と推計されている。また、英国では、今回の資本負担の軽減を受けて、保険会社がグリーンインフラと住宅プロジェクトに1,000億ポンドを投資することを約束している。
前回の基礎研レポートで述べたように、具体的な水準等は異なるものの、EUも英国もリスクマージンについて「修正資本コスト法」の導入や資本コスト率の引き下げにより、資本要件が大きく削減されていくことになる。
また、市場の短期的な変動への対応(変動性(ボラティリティ)の削減)という観点からは、EUではVAの改革が行われ、英国ではMAの改革が行われている。ただし、その主たる内容は、VAの改革はVA自体が抱える課題への対処を行いつつ、より会社固有の要素等を反映できるようにしたものであるのに対して、MAの改革はリスク管理体制の充実と併せて対象資産の拡大を行うことで、要件を緩和しているといった形で異なったものとなっている。ただし、いずれの改革においても、これらに伴って、かなりの資本要件が削減されることが想定されている。
なお、EUにおいては、長期株式投資についての資本要件の軽減も相当程度の水準になることが期待されているが、英国の改革ではこれに相当するものは含まれていない。
一方で、両者とも、報告要件の簡素化・削減や比例措置の拡大によって、保険会社の負担軽減を目指した改革が行われている。これに関連して、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は報告負担を25%削減するとの公約を述べていたし、英国のPRA(健全性規制機構)のサム・ウッズ副長官(deputy governor)は今回の一連の改革により報告要件を3分の1削減した、と述べている。ところが、例えばEUにおいては、流動性リスク管理計画、サステナビリティリスク管理計画、ORSAにおける長期気候変動シナリオ分析、保険契約者用と専門家用の2つSFCRの作成やSFCRに対する監査要件、先制的再建計画の作成等の新たな要件が追加されており、業務や報告の負担が増加し、規制の強化につながりかねない状況にもなっている。
いずれにしても、EUと英国の対応は必ずしも足並みを揃えたものではなくなってきていることから、EUのソルベンシーIIと英国のソルベンシーII(いわゆる、ソルベンシーUK)は、今後とも基礎的な考え方は共通しているものの、実際の適用基準等は異なるものとなってきており、その差異が拡がっていくことにもなってきている。
さて、EUのソルベンシーIIレビューについては、指令改正は最終決着し、その見直しの大きな方向性は確定したとはいうものの、実際の内容については、実施規則等の「レベル2以下」の規定に委ねられている部分も多い。これについては、現在、欧州委員会やEIOPAが検討を進めているところであり
39、今回報告したものに加えて、今後そのさらなる具体的な内容が明らかになってくるものと思われる。欧州の保険業界団体であるInsurance Europeは、業界が望む内容への改正に向けて、協議への意見表明に加えて、引き続き関係者への働きかけ等を行ってきている。
EUは各種の規制の制定等において、常に先駆的に取組みを行ってきているが、一方で各種の規制制定
40が保険会社を含む事業会社にとっては過度に複雑でコストのかかるものになってきて、他の国・地域の事業者との競争力への影響等の課題も指摘されてきている
41。これに対する対策として、今回の指令改正においても一定程度の対応が図られているが、一方で具体的な実施のための基準等は「レベル2以下」の委任規則等で規定されることになるため、その内容がどのようなものになり、それによって実際の保険会社への影響がどの程度のものになるのかが、これからの重要な注目点となってくる。
2025年からは、IAISにおけるICS(保険資本基準)が導入されたとはいえ、EUにおけるソルベンシーIIは、経済価値ベースのソルベンシー規制の先行的な例として、今後もそのレビュー等の動向については、関係者にとって極めて関心の高い事項となっていることから、その動向を引き続き注視していくこととしたい。
39 EIOPAは、80以上の文書(技術基準、ガイドライン等)のレビューが必要になると想定されている。
40 EUにおいては、この2年間で、ソルベンシーII指令の改正に加えて、IRRD(保険再建・破綻処理指令)、DORA(デジタルオペレーショナルレジリエンス法)、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)等が発効することになっている。
41 例えば、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、2024年11月27日に、規制上の課題に取り組み、イノベーションを促進し、安全性を高めることで欧州の経済的地位を強化することを目的とした取り組み「競争力コンパス(competitiveness compass)」を立ち上げるとしている、その中で、企業に対する規制の負担が重く、報告や重複が多く、遵守には複雑で費用がかかりすぎており、規則を簡素化して企業の負担を減らす必要がある、と述べている。