3では、新聞記事調査の結果から、女性会社員から職場の男性上司らに義理チョコを贈る日本独特の習慣は、1980年代に定着し、1990年代に最盛期を迎えたが、2000年代ごろから徐々に形式化、衰退していったこと、それと入れ替わるように、自身に"頑張ったご褒美"として購入するパターンが増え、直近ではバレンタインデー自体が、女性自身が楽しむイベントと化してきたことを紹介した。
このような女性会社員たちの贈答行為の変化には、景気変動やコロナ禍における行動制限など、様々な外的要因があると考えられるが、新聞記事調査のところどころでも「働く女性」に言及があったように、女性会社員のキャリアの向上が関連していると考えられる。
2-2で説明したように、そもそも義理チョコの贈答行為に「職場に大きな男女格差が残る中で、女性会社員が有利な状況を引き出そうとするため」という内発的動機があるなら、女性のキャリアが向上すれば、その動機が減退すると考えられる。逆に、女性の購買力は上がり、仕事の疲れを慰労する必要は増すと予想できる。
2005年1月30日産経新聞に掲載されていた、東急百貨店広報のコメント「『手の届く贅沢な物』を自分の"慰労"のために買う」)や、2021年2月12日読売新聞群馬版に掲載されていた高崎高島屋のコメント「頑張る自分用として買い求める人が増えている」からも、バレンタイン商戦の最前線に立つ小売り担当者らが、働く女性に、自分用チョコの購買意欲や購買力が高まっていると実感していることが分かる。
ここで、1980年代から現在までの、働く女性の国内の状況を概観する。1980年代に国連で女性差別撤廃条約が採択されたことを受けて、男女雇用機会均等法が施行され、企業による女性の採用が増えたものの、当時は採用や昇進などの男女均等が企業の努力義務にとどまっていたことや、女性を主に「一般職」、男性を主に「総合職」として採用するコース別雇用管理制度が大企業で導入されたことなどから、実際の配置や賃金には大きな男女格差があった。一般職の女性は短期雇用が想定され、幹部登用を見据えた育成の対象となりにくく、2-2でみた「OL」の典型だったと言える。
1990年代に入ると、育児休業法(現在の育児・介護休業法)など、働く女性を支援する法制度が拡充された。1990年代末には均等法が改正され、採用や昇進の男女均等が義務化され、様々な職場や職種に女性が増えていった。2000年代には、次世代育成支援対策推進法が始まり、女性が仕事と家庭の両立をしやすい環境が整備されてきた。2010年代に入ると、働く女性の結婚・出産退職は少数派となり、社会全体で「働き方改革」が進められてきた。2010年代後半からは、女性の管理職登用が推進され、現在に至る。このような流れの中で、企業によるコース別雇用管理制度の見直しが進み、事実上、性でキャリアパスを分けていた制度も無くなりつつある。
統計的にも、かつて義理チョコ贈答の主役だったと思われる20歳代から30歳代の女性の就業率は、過去約40年で20~30ポイント前後上昇した(図表1)。男女間賃金格差も、ゆっくりとしたペースではあるが、縮小しつつある(図表2)。長期雇用の女性会社員も増えてきた
3。
現在の女性会社員の状況をまとめると、2-2で紹介したような、かつてのOLたちの「どうぜ頑張っても昇給・昇格もない」という状況とは様変わりし、男性上司への「サービス」ではなく、職務の成果が求められるようになってきたと言える。企業によっては、管理職昇進までが期待されるようになった。つまり、かつてのOLたちが様々なメッセージを包み隠していた義理チョコという媒体自体が、必要がなくなり、また効果も薄れてきたと言えるのではないだろうか。