PRI in Person 2024 トロント大会の概要―― Progressing Global Action on Responsible Investment ――

2024年12月09日

(日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 木村武 (編集責任者、日本生命保険執行役員、PRI理事))

(日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 岩田淳、河合浩、田中祐太朗、林宏樹、宮下雄一)

1――はじめに

PRI(国連責任投資原則)の年次コンファレンスであるPRI in Person(以下、PiP)が、今年は10月7~10日にカナダのトロントで開催された。

昨年の東京大会では、岸田文雄首相(当時)が登壇し、サステナビリティ・アウトカムへの支持を表明したことに加え、日本の7つの公的年金基金が新たにPRIの加盟に向けた作業をすることを表明した1。開催国政府のリーダーが登壇し責任投資へのコミットメントを力強く発信したことは、投資家にとって力強いサポートとなり、PiPの大きな成功として新たなスタンダードになった。この成功体験は今年のトロント大会にも引き継がれた。本大会ではカナダの副首相兼財務相であるクリスティア・フリーランド氏(Chrystia Freeland)が登壇し、「カナダ版タクソノミー(Canadian Taxonomy)」と「気候関連財務開示の義務化(Mandatory Climate-related Financial Disclosures)」を発表し、2050年までのネットゼロに向けたカナダのコミットメントを示した。東京大会で確立したベンチマークがトロント大会に引き継がれたことで、PiPの開催がポリシーエンゲージメントのグローバルなモメンタムを維持する重要な機会として投資家にみなされるようになった。来年のブラジル・サンパウロ大会においても、このモメンタムが維持されることが期待される。
 
1 昨年の東京大会の概要については、下記レポートを参照。
ニッセイ基礎研、「責任投資:約束から行動へ―― PRI in Person 2023東京大会の模様―― 」、2023年11月20日

2――大会テーマ

2――大会テーマ:Progressing Global Action on Responsible Investment

本大会では「Progressing global action on responsible investment(責任投資のグローバルな取組みの進展)」という大会メッセージが掲げられ、責任投資行動の進化とグローバルな連携を重視する姿勢が強調された。サステナビリティ課題が気候変動から自然・生物多様性や社会的不平等など様々な分野に広がり、各課題が複雑に相互関連する状況下で、投資家が各々の戦略を持ち、これまで掲げた目標を具体的な実務に落とし込むアプローチを共有する機会が提供された。

この関連で参加者の注目を集めたテーマが、PRIが新たに提唱するレポーティング・フレームワーク「Progression Pathways」である。同フレームワークは、責任投資への取組みを体系化し、進展の道筋をつけ進捗を評価するための包括的なツールとして、PRIと署名機関が共同設計しているものである。従来の一律的なアプローチとは異なり、カスタマイズされたリソースやガイダンスの提供により、各々の署名機関が投資目的に応じた方法で、責任投資の取組みを評価することが期待されている。本大会では、このフレームワークが投資家にとって価値のあるツールとなることや、グローバルなベストプラクティスと各地域の投資慣行とのギャップを埋める上で重要な役割を担い得る点が紹介された。以下、主な発言や議論内容を紹介する。
 
  • まず、ネイサン・ファビアン氏(Nathan Fabian, Chief Responsible Investment Officer, PRI)は、「署名機関自身の目標と洗練度について説明責任を果たすのはPRIの役割ではなく、Progression PathwaysはPRIに説明責任を負わせるためのものではない」とし、これらはあくまで署名機関の責任である点を強調した。
  • Progression Pathwaysの概要説明に続くパネルセッションでは、フィールド・ビルディング(field building)という概念が提示された。これは、投資家が業界全体の慣行や規範を変革し、持続可能な企業行動を促進するためにステークホルダーとのネットワークを活用する手法である。多くの署名機関は「同業者との比較」(peer comparison)を重要視しているため、Progression Pathwaysがフィールド・ビルディングのプラットフォームとして機能すれば、投資家の取組み進展が互いに促進され、業界全体にポジティブな効果をもたらす可能性があることが紹介された。この背景には、投資戦略の違いや地域ごとの規制の違いが、責任投資の慣行における収斂を難しくしている点がある。例えば、英国のスチュワードシップ・コードは投資家に対しシステムレベル・リスクに取り組むことを推奨している一方、日本のスチュワードシップ・コードには対応する原則がなく、具体的な投資活動に関する詳細な情報開示も求めていない。Progression Pathwaysが、フィールド・ビルディングの場として機能することにより、異なる開示・規制環境におけるベストプラクティスを互いに学びながら規制の断片化を防ぎ、責任投資慣行の収斂を促進することが期待されている。
一方で、プログレッション・パスウェイズは歓迎すべき進化だが、この新しい枠組みが単なる「ラベル付け」やProgression-washingに陥らないため、PRIは進捗を測定するための明確で検証可能な基準を提供する必要があるという意見もあった。適切な透明性と報告基準が求められており、本フレームワークの今後の発展に期待が寄せられている。

3――本大会の中心的な概念

3――本大会の中心的な概念:サステナビリティ課題間の相互連関性とシステム思考

サステナビリティ課題が多様化する中、本大会を象徴する概念として「サステナビリティ課題間の相互関連性」や「システムレベル・リスク」が多くの登壇者から指摘された。投資家を取り巻く昨今の環境をみると、個々のサステナビリティ課題は単独で存在するのではなく、気候変動や社会的不平等、生物多様性の喪失など様々な課題が互いに深く結びついている。例えば、気候変動による異常気象や自然災害の増加は生態系に影響を及ぼすだけでなく、貧困層や脆弱な地域に大きな負担をもたらし社会的不平等を悪化させる原因にもなる。同時に、生態系の損失は自然災害に対するレジリエンスの低下を招き、結果的に社会が不安定化するリスクの要因にも成り得る。このようなシステムレベル・リスクは、企業レベルやセクターの枠を超えて金融システムの安定性を脅かし、長期的な投資リターンや資産の成長を損なう可能性がある。投資家が投資パフォーマンスを長期的に改善するには、金融システム全体を持続可能にすることが不可欠であり、そのためには「システム思考」に基づいたアプローチが重要となる。

4――主要トピックス

4――主要トピックス

「サステナビリティ課題間の相互関連性」や「システムレベル・リスク」という概念を軸に、この章ではトロント大会において議論された主要なトピックスを紹介する。多岐に亘るグローバル課題が、全体としてどのように構築されているかを認識することは、今後の責任投資を展望する上で重要な要素となる。
4-1. 先住民族(First Nations)
先住民族コミュニティの問題は、開催国カナダにおいて、責任投資の文脈でシステムレベル・リスクと深くかかわる重要なテーマである。トロント大会の開会式において、ファースト・ネーションズ総会のナショナル・チーフであるシンディ・ウッドハウス・ネピナク氏(Cindy Woodhouse-Nepinak, National Chief, Assembly of First Nations)や、ミシサガ族の代表であるオギマクウェ・クレア・ソー氏(Ogimaa-kwe Claire Sault, Chief, Mississaugas of the Credit First Nation)が登壇したことに象徴されるように、カナダにおいて先住民族は、国家の歴史や社会、文化において重要な位置を占めている。主な発言や議論内容は以下の通り。
 
  • 先住民族の権利と企業・投資家の責任をテーマに議論が行われたセッションでは、石油産業と先住民コミュニティの事例が紹介された。一般的に、石油産業は温室効果ガスの排出や環境保護の視点から議論されることが多いが、先住民コミュニティが石油産業プロジェクトやパイプラインの所有権を有することで経済的自立の手段として活用できる可能性がある。責任投資の重要な課題の一つとして、企業や投資家が社会的インパクトを重視しながら長期的な利益を追求する「Just Transition(公正な移行)」という概念がある。これは、気候変動対策が経済社会的な格差・不平等を生じさせないようにする考え方であり、公正さを欠く移行は社会的不平等を悪化させ、システムレベル・リスクを増大させる可能性がある。先住民コミュニティがガスパイプラインの所有権を持ち、意思決定プロセスや資金調達に影響を及ぼすことで、利益を教育や生活インフラの充実に回し、生活の質を向上させることが期待できることは、公正な移行のグッドプラクティスと捉えることができる。一方で、多くの企業が先住民族の権利を軽視し法的な問題に発展していることが、カナダやオーストラリアで発生した事例とともに紹介され、課題も認識された。
  • また、先住民族コミュニティの知識と投資への期待についても議論された。先住民族コミュニティは何世代にも亘って土地や自然と共生してきた知識を持っており、その知識が生物多様性の保護や気候変動対策に役立つと考えられている。例えば、先住民族の伝統的な土地管理方法が森林再生や持続可能な農業に効果的であることが認識されている。公正な移行を成功させながら持続可能なプロジェクトを実施するには、設計段階において先住民族コミュニティの視点が欠かせないことが指摘された。
このように、本大会では、先住民族コミュニティの権利の尊重や、伝統的な知識を活用した環境保護を通じた経済発展など、企業や投資家が先住民族コミュニティとの協働を通じて信頼を築き長期的な価値創造を目指すアプローチに対する認識が共有された。そして、投資家がとるべき行動として、先住民族コミュニティの声を真摯に聞き、意思決定のために必要な情報提供を支援することが確認された。

日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 木村武 (編集責任者、日本生命保険執行役員、PRI理事)

日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 岩田淳、河合浩、田中祐太朗、林宏樹、宮下雄一

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