家計消費の動向(~2024年9月)-緩やかな改善傾向、継続する物価高で消費に温度差

2024年11月19日

(久我 尚子) ライフデザイン

(2) 交通~バス・タクシーは供給不足などを背景にコロナ禍前より低水準、レンタカー・カーシェアは増加
交通費については、2023年まで増加傾向が見られたものの、2024年に入ると横ばい、またはやや減少傾向を示している(図表4(c)・(d))。「鉄道運賃」と「航空運賃」は「宿泊料」とほぼ同様の推移をたどっている。一方、「バス代」と「タクシー代」はコロナ禍前の水準を下回ったままであり、これは需要の問題というよりも供給面の課題が影響している可能性がある。コロナ禍以前から高齢化に伴う運転手不足が指摘されていたが、コロナ禍による廃業が相次いだ結果、インバウンド需要が本格化しても供給が追いつかず、日本人の需要に十分に応えられていない状況にあると考えられる。そのため、「鉄道運賃」においては、バスやタクシーでの移動需要の一部が鉄道に移行していると見ることもできる。
なお、「レンタカー・カーシェアリング料金」は、コロナ禍において非接触志向の高まりに伴う公共交通機関の代替需要と、外出控えによる観光地での利用減少という相反する影響を受けた費目である。当初はこうした要因の相殺によりコロナ禍前を下回る月も見られたが、2022年頃からはコロナ禍前を上回る水準で推移している。これにはシェアリングエコノミーの進展や物価高による節約志向の高まりが影響していると考えられる。一般社団法人シェアリングエコノミー協会の推計によれば、2022年度のシェアリングエコノミーの市場規模は2兆6,158億円であり、移動分野(カーシェアやシェアサイクルなど)は2,630億円(市場の10.1%、なお市場の約半分はフリマアプリなどのモノのシェア)を占めており、今後も拡大が見込まれている。
(3) アパレル・メイクアップ用品~スーツは記録的猛暑で大幅減少、アパレル全般で中長期的に低迷懸念
「背広服」や「婦人用洋服」の支出は月ごとの増減が大きく、外出行動との関連が深いため、コロナ禍前を大きく下回る月が多く見られる(ただし、消費増税の影響を受けた反動減との対比で、特に10月は伸びやすい傾向にある)(図表4(e))。一方、2024年4月に「背広服」は大幅に増加しており、これは5類引き下げ後に初めての迎えた新年度におけるスーツの買い替えや入社式といった行事需要が影響していると考えられる。なお、2024年9月の「背広服」の支出額は、コロナ禍前と比較して7割以上低い水準にあり、これはコロナ禍当初と同程度の水準である(7・8月もコロナ禍と比べて約6割低い水準)。この背景には、記録的な猛暑の影響があると考えられる。また、アパレル用品全般については、オフィスのカジュアル化やテレワーク普及による出社機会の減少、さらにはファストファッションやフリマアプリ等の二次流通の普及によって、今後も支出の減少が懸念される。

「ファンデーション」や「口紅」はコロナ禍前を下回る月が多いものの、2023年以降は改善傾向が強まっている(図表4(f))。メイクアップ用品の支出額が増加傾向にある背景には、5類引き下げに伴う消費行動の平常化、特にマスク着用機会の減少が大きく影響していると考えられる。
(4) 対面サービス~インフルエンザをはじめとした感染症の季節を問わない流行で診療代は高水準で推移
「医科診療代」や「マッサージ料金等(診療外)」、「理美容サービス」は、いずれも必需性が高いため、外出行動に関連する費目の中で、コロナ禍でも比較的早期に改善傾向を示してきた(図表4(g))。2023年以降、「医科診療代」が高水準で推移している背景には、外出行動の平常化に伴い、インフルエンザなど他の感染症も季節を問わず流行し始めたことにより、医療機関の受診が増加した可能性がある。
(5) 外食~特に「飲酒大」は改善傾向だがコロナ禍前より低水準、行動変容と物価高で消費抑制対象の可能性も
外食の「食事代」は、2023年後半にコロナ禍の終息とともに改善傾向を示したが、2024年入ってからその傾向は鈍化している(図表4(h))。一方、2023年には改善傾向が弱かった「飲酒代」は、2024年も引き続き改善傾向を維持している。両項目ともコロナ禍前の水準にはまだ届いておらず、国内旅行や遊園地などと比較して改善傾向が弱い。この要因としては、テレワークの普及により就労者の外食機会(昼食や職場の飲み会)が減少したことに加え、物価高が続く中で消費抑制対象となっている可能性が考えられる。
2|コロナ禍で増加していた費目
(1) 内食・中食~出前は大幅伸長が継続、物価高で外食控えによる手軽な中食需要や安価な食材選択も
ここからは、コロナ禍の影響で支出額が増えていた費目について考察する。内食(自炊)や中食(冷凍食品や総菜、出前)に関連する費目は、コロナ禍初期には「巣ごもり需要」によって増加していたが、2021年以降、外食の再開傾向が強まる中で、コロナ禍をきっかけに供給量が増えた「出前」(名目値であることに注意)と家飲み需要に関連する「チューハイ」を除くと、減少傾向を示すようになっている(図表4(i))。一方で、現在の傾向は費目ごとに異なり、「パスタ」は2023年半ばに、「冷凍調理食品」は2024年頃から再び増加に転じている一方(ただし、「冷凍調理食品」は2024年半ばから再び減少傾向)、「生鮮肉」は緩やかな減少傾向が続いている。物価高が継続する中で、外食控えによる代替手段として需要が増している費目もあれば、消費者が安価な食材を求める中で需要が弱まっている費目も見受けられる。
(2) デジタル娯楽~デジタル化の進展で消費行動平常化でも電子書籍やアプリ類はコロナ禍前より高水準
コロナ禍による巣ごもり生活で需要が増加した「電子書籍」やソフト・アプリ類は、消費行動が平常化した後も、デジタル化の進展を背景に支出額はコロナ禍前の水準を上回っている(図表4(j))。これらの費目については消費者物価指数が存在しないため、名目値で示しているが、物価高の影響を考慮しても、コロナ禍前より高水準にあると考えられる。2024年9月の消費者物価指数(「持家の帰属家賃を除く総合」)は2019年9月と比較して+10.3%上昇しているが(「教養娯楽」は+11.7%)、デジタル娯楽関連の支出の増加率はこれを大きく上回る。とはいえ、2023年半ば以降、「音楽・映像・PC・ゲームソフト」の支出は減少傾向を示している。一方、書籍の電子化に伴い、「電子書籍」は高水準で推移している。

4――おわりに

4――おわりに~個人消費の改善は可処分所得の持続的増加が鍵

本稿では、総務省「家計調査」を用いて、コロナ禍以降、2024年9月までの二人以上世帯の消費動向を捉えた。その結果、2023年5月の5類引き下げ以降、消費行動は平常化に向かっているものの、物価高による可処分所得の制約から、食料や日用品などの日常的な消費は抑制される一方、コロナ禍で控えられていた旅行・レジャーなどの非日常的な消費が比較的優先される傾向にあり(とはいえ、コロナ禍前より低水準)、消費者の選択性が高まっている様子がうかがえた。また、娯楽の中でも優先度や割高感の違いなどにより温度差が生じている様子が見受けられた(例えば、国内旅行や遊園地と比べて、海外旅行や外食の回復が遅れているなど)。さらに、これまでも指摘してきたように、バスやタクシーの運転手の高齢化による供給不足やテレワークの普及など行動変容に伴う支出額の減少といった、社会や消費構造変化の影響も確認された。

冒頭で述べたように、個人消費は緩やかな改善傾向を示しているものの、2024年9月時点では依然としてコロナ禍前の水準を下回っている。その要因として、可処分所得が増加していないため消費が抑制されている可能性や、不安定な金融市場を背景にした先行き不安の影響が考えられる。一方で、実質賃金における「きまって支給する給与」(主に基本給)は依然としてマイナスだが、2023年以降は改善傾向が続いており、プラス転換が近づいている(「現金給与総額」は前年比▲0.1%:速報値)。今後、可処分所得が実質的に増加し、その状況が継続することで、消費者が可処分所得の増加を持続的なものと認識できるようになれば、個人消費はコロナ禍前の水準を超えて改善していくだろう。

生活研究部   上席研究員

久我 尚子(くが なおこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴

プロフィール
【職歴】
 2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
 2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
 2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
 2021年7月より現職

・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

【加入団体等】
 日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
 生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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